INTERVIEW
女性の健康を「個人の問題」にしない。LEANの信念が生み出す新たなビジネスチャンス
立道友緯(株式会社LEAN 代表取締役)/ 大岡令奈(慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室 助教)

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2025.05.13
取材・執筆:多田慎介 撮影:北原千恵美 編集:CINRA

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女性の健康課題に取り組むことは「売上」に直結する

HIP
課題に対する手段として、LEANではどのような解決策を提供しているのですか。
立道
部活などの女子スポーツチーム向けに、コンディション管理のソリューションを提供しています。選手が日々のコンディションをメッセージアプリで共有し、そのデータを指導者が一元管理して日々の練習などに生かせるようにしました。
女性アスリートのパフォーマンスを最大限に引き出すために開発された、女子スポーツチーム専用のコンディション管理アプリ「Lean sports(リーンスポーツ)」
立道

ポイントは、選手と指導者間のコミュニケーションギャップを防ぐことです。たとえば生理中の選手が誰にも伝えずにいつもどおり練習を続けることもあり、事情を知らない指導者からはその選手の動きが明らかに悪く見える。それで「やる気を出せ!」と指導者が強く指導してしまうこともあります。指導者の側では、セクハラになってしまう危険性を鑑みて、選手に生理かどうかを直接聞けないというジレンマも生じがちです。

そのため、LEANのシステムでは「疲労度を10段階から選ぶ」「気分は天気マークで表す」「怪我や生理痛の痛みの強さをマークで選べる」など、選手が自分のコンディションを申告しやすいようにしました。

HIP
生理の重さも数値に置き換えられるのですね。
立道
はい。指導者は、生理に関するデータもほかの指標と一緒に確認できます。実際の選手の状況には複雑な面もあって、「生理痛がひどくて体調が悪いけど気分はいい」ということもあるんですよ。そうしたときは体が心についていかないので、怪我をしやすくなります。体と心の状態が違うことに驚く指導者も多いですね。
HIP
このソリューションはスポーツ以外の分野でも活用できそうですね。
大岡

企業の勤怠管理を補助するような仕組みになればいいですよね。

タイムカードや勤怠管理システムでの労務管理が一般的となり、そのデータは人材マネジメントや事業計画に生かされています。同じように、女性の健康をモニタリングすることが企業経営にプラスとなるのではないでしょうか。

立道

そのとおりだと思います。私が目指しているのは、女性の健康課題を個人の問題にさせないこと。産後うつや更年期障害などの問題についても、女性一人の問題として「自分のせい」だとしまいこんでいる人が多いように感じます。

だからこそ、女性の健康課題に組織全体で取り組む社会を作りたいと考え、スポーツ分野でも選手個人ではなく監督やコーチなどの指導者層にアプローチしています。

HIP
周囲の人たちのリテラシーは、どうすれば高まるでしょうか。
立道
大前提として、スポーツにおける指導者、企業における役職者が、女性の健康課題を「パフォーマンスに影響する課題」だと認識することが重要だと思います。スポーツ選手のパフォーマンスに影響するのと同様に、ビジネスパーソンのパフォーマンス=売上に影響するんです。つまり社会貢献だけではなく、売上・利益といった結果に直結するからこそ取り組むべきだと考えます。
大岡
その認識があれば、女性の健康課題のとらえ方は大きく変わりますよね。立道さんの指導者向けのアプローチは、企業でいえば新任マネジャー研修などで学ぶ項目として組み込んでもいいと思います。

「中高生向けは儲からない」といわれ、起業魂に火がついた

HIP
立道さんはなぜ、この領域での起業を決断したのですか。
立道

私自身も学生時代にバレーボールをやっていて、重い生理痛に悩んでいました。20歳のときに初めて婦人科でピルを処方してもらい、痛みをそれまでの2割くらいに抑えられたんです。生活が大きく変わり、「この選択肢をもっと早く知りたかった」と強く思いました。

友人が子宮内膜症を患い手術をしたことも起業のきっかけです。生理痛や生理不順の背後には大きな病気が潜んでいることもある。これほど重要なことを知らないまま過ごしているのは、大きな問題だと感じました。

ただ、この領域へ進もうとした際にはいろいろな人から止められましたね。「中高生を対象とした事業は一番儲からない領域だ」といわれたこともあります。

HIP
「中高生は儲からない」というのは悲しい言葉ですね。
立道

私はこの言葉で逆に燃えました。「儲からないと思われている領域だからこそ、問題が根深いのでは」と感じました。

高齢者や働く女性向けのソリューションは増えていますが、中高生の領域は着手する人がほとんどいなかった。「誰もやっていないなら自分がやるしかない」と決意しました。

HIP
大岡さんはLEANのメンタリング担当として、医療専門家の観点からソリューション開発の監修にあたっていると聞きました。
大岡

慶應義塾大学医学部が主催する健康医療ベンチャー大賞にLEANが参加してくれたことがきっかけでした。

立道さんが指摘するとおり、中高生を対象としたフェムテック事業はまだまだ少ないのが現状で、健康医療という切り口では、市場が大きいと見られる高齢者向けのリハビリやアンチエイジングが目立ちます。私たちはベンチャー大賞を通して、主流から離れたニッチな領域で熱い思いを持っている人たちにスポットライトを当てたいと思い活動していますが、強い意志を持つLEANに出会えたことが本当にうれしいですね。

立道
産婦人科医という専門性を持つ大岡さんのメンタリングを受けられることはとても心強いです。LEANでは現在、婦人科受診をおすすめするべき人を洗い出す機能の開発を行っており、そのプロセスでも貴重な助言をいただいています。

生理で悩む人を一人にさせない社会を創る

HIP
女性の健康課題に対するソリューションを広げていくうえで、ビジネスやアカデミアの現場では、今後どのような連携が求められるでしょうか。
大岡
大学では企業との共同研究を進めたいというのはありますね。確固たるデータを得られれば、大学としては新たな研究成果の創出やプレゼンス向上といった次のステップにつながりますし、データ提供企業側にとっても、その成果を活用した新たなビジネス展開や社会への技術普及といった発展が期待できます。
立道
LEANのソリューションを導入したチームでは毎日データを取っており、選手の入力率は約90%です。「自分とチームのために」という目的意識が明確になれば、選手はしっかり対応してくれると分かりました。
大岡
素晴らしいですね。研究者が扱うデータにはノイズも多いので、これだけ純粋なデータが集まっているのはとても貴重です。こうしたデータを活用し、関連するステークホルダーからマネタイズする仕組みを拡大していけたらいいですね。
立道
私たちとしては、産婦人科医療との連携を強化していきたいと思っています。理想は、チームにずっと産婦人科医が帯同する状態です。
大岡
たしかに、整形外科医はスポーツドクターとして帯同することが多いですが、産婦人科医が帯同するケースはほとんど聞きません。その場で対処できることは少ないかもしれませんが、選手の悩みごとをスポットで相談できる産業医のような存在にはなれるかもしれません。医療従事者にとってもビジネスチャンスです。
HIP
LEANが目指す世界観と、その実現に向けた展望を教えてください。
立道

私たちのソリューションが日本のスポーツ界、特にサッカーやバスケットボール、バレーボールなどの団体競技において、当たり前に導入される仕組みにしたいと考えています。

たとえばサッカーでは、指導者がライセンスを取る必要がありますが、そのカリキュラムには女性特有の知識を学ぶ項目はまだありません。私はこの状況を変え、全国の指導者が知識を持つようにしたいと考えています。「生理で悩む人を一人にさせない社会を創る」というビジョンを実現し、将来的には、アスリートにアプローチしたいと考えている企業からのマネタイズも進めていきたいと思っています。

大岡
私も全力で応援します。今日の対話を通じ、産婦人科医として「社会が女性の健康リテラシー向上をスタートアップに委ねるだけでなく、医療側からも動かなければいけない」と強く感じました。女性の健康課題にまつわるリテラシーをみんなが早く持てるよう、積極的にスタートアップとコラボしていきたいですね。
立道
実際に健康医療ベンチャー大賞でのリーグ優勝をきっかけに慶應大ハンドボール部へのアプリ導入が決まったり、ある大企業の新規事業の方とつながることもできてビジネスが広がっている実感があります。

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Profile

プロフィール

立道友緯(株式会社LEAN 代表取締役)

2020年に慶應義塾大学法学部を卒業後、証券会社を経てBtoBマーケティング支援会社の執行役員に就任、戦略立案から実行まで携わる。自身の生理の悩みをきっかけに、2023年に株式会社LEANを創業。女性アスリートが月経に左右されず競技に集中できる環境を目指し、女子チーム向けのコンディション管理サービスを提供している。

大岡令奈(慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室 助教)

2017年慶應義塾大学医学部卒業。2019年より慶應義塾大学産婦人科学教室にて大学病院・地方病院で勤務。産婦人科医として臨床に励みながら、幹細胞に関する基礎研究プロジェクトも継続して従事している。2019年より健康医療ベンチャー大賞実行委員として活動し、2022年より実行委員長を務める。

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