INTERVIEW
書くことと向き合うコクヨのIoTペン。成功を生んだ「共感」のつくり方とは?
中井信彦(コクヨ株式会社 事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ グループリーダー)

INFORMATION

2019.10.10

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100年以上の歴史を誇る老舗企業コクヨ株式会社(以下、コクヨ)が、2019年7月、自社初となるIoT文具「しゅくだいやる気ペン」を発売した。勉強への取り組みを見える化し、親子のコミュニケーションを深めることで、宿題へのやる気を出してもらおうという商品だ。

発売40年以上になる「キャンパスノート」をロングセラー商品として抱えるコクヨ。「書くこと」を真剣に考えてきたメーカーの思いが、この新規事業のベースにあるという。

今回話を聞いたのは、プロジェクトリーダーの中井信彦氏。1年目の挫折を乗り越え、商品完成前のリリース発表やクラウドファンディングなど、前例のない手法に果敢にチャレンジ。発売初日は40分で完売するほどの人気商品を生んだ、裏側の試行錯誤を聞いた。


取材・文:橋本史郎 写真:朝山啓司

キーボードやスマホ入力の時代に、「書く」意味を問うプロジェクトから生まれた

HIP編集部(以下、HIP):「しゅくだいやる気ペン」の開発は、どのようなきっかけでスタートしたのでしょうか?

中井信彦氏(以下、中井):最初は、「書く」ことを追求しようというテーマを掲げた、研究に近いようなプロジェクトから始まったんです。単に「書き心地の追求」とかではなく、「書く」という行為自体に秘められた大切さ、特別さを探っていました。

例えば、キーボードやスマートフォンでのタッチ入力が増えているなかで、「紙に書く」大切さがどこにあるのか。タブレット端末に書くときとノートに書くときとで、脳波を測って比べてみると、ノートのほうが脳にかかる負荷が少なそうだという結果も出たりしました。

事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ グループリーダー 中井信彦氏

中井:特に、大人は日常生活で「書く」シーンがかなり減ってしまったけれど、子どもたちは違う。「どうしたら、小さい頃から書くことに親しんでもらえるか」というテーマで、教育系の大学の先生とディスカッションさせてもらったりもしながら、できることを探っていました。

HIP:基礎研究のようなプロジェクトだったのでしょうか。

中井:そうですね。私が所属する「事業開発センター」では、文具やオフィス家具など、既存の枠組みにとらわれない新たな事業を開発するミッションを担っています。

IoT文具の開発自体は、じつはとても軽いノリでスタートしたんです。情報技術が進化するなか、センサーを搭載してデータを取得して……という取り組みは、いまどこもチャレンジしていますよね。コクヨでも「IoT」で何ができるのか? 模索するところからスタートしたんです。

それが3年ほど前なのですが……途中プロジェクトが大きな壁にぶち当たって頓挫しかけたこともあり、ローンチまでは本当に長い道のりでした。

デバイスを鉛筆に取りつけて宿題をすると、センサーが加速度を感知して「やる気パワー」がたまる。たまったパワーを親のスマートフォンアプリに注ぐと、「やる気の木」が成長するという仕組み

1年かけて企画を理論武装。なのに、ユーザーにまったく響かなかった

HIP:まず、何からスタートしたのですか。

中井:コクヨはいろいろな文具を出していますが、データを取って意義がありそうな文具ってなんだろうと考えると、やはりペンじゃないかと。それから、データの使い道を考えて、「親が子どもを見守るツール」というコンセプトを導き出しました。共働きの家族が増えているなか、社会的な課題の解決にもなるし、ニーズがあるんじゃないかと考えたんですね。

さまざまな可能性をブレストし、そのなかから社会的意義の大きな「子ども見守りツール」にフォーカスすることに(資料提供:コクヨ株式会社)

HIP:「宿題のやる気が出る」という現在のコンセプトとは、当初は少し違ったものだったんですね。

中井:はい。それで1年目は、会議室や実験室にこもって、商品コンセプトやハードウェアの実現性、社会課題分析、3C(Customer[顧客]、Competitor[競合]、Company[自社])分析、4P(Product[製品]、Price[価格]、Place[流通]、Promotion[販売促進])分析など、企画の理論武装を延々とやったんです。

けれどそのあとで、いざユーザーにアンケートを取ったら……すごく刺さりが悪かった。想像以上に激しいギャップで、とてもショックでした。

HIP:先ほどおっしゃっていた、頓挫しかけたというのはこのときですか。

中井:はい。正直なところ現実を受け止めるのが辛すぎて、なんとか結果をいいように解釈できないかとも一瞬考えたくらいです。でも、無理にローンチしても苦しくなるだけだと判断して、上層部にもその旨を報告し、一度プロジェクトはストップしたんです。

HIP:断腸の思いだったんですね……。

中井:このときの気持ちは「悔しい」というのが近いですね。企画と開発を20年やってきた者として、既存の枠組みにとらわれず、ゼロからものを生み出すことに挑戦するチャンスだった。人に幸せや喜びを届けたいと本気で思っていたのに。「最大のリスクは、誰も欲しくないものをつくること」という、教科書の1ページ目に書いてあるような事態にまんまとハマってしまったのです。

でも、惜しいところまでいっている予感はありました。「子どもに書くことを好きになってほしい」というコンセプト自体はきっと間違っていないはず。ということは、考えを進めるプロセスが間違っていたんだろうと。そこを見直したいなと思いました。

前職は電機メーカーで、企画・開発を担当していたという中井さん。スペック重視など会社の事情による開発も多く、ゼロからものを生み出す機会はなかなかなかったそう

その商品で、ユーザーが「心から幸せ」になるか?

HIP:プロセスを見直すために、どんなことに取り組んだのですか。

中井:とにかくいろんな方法論を知るために、文献をあたったり、セミナーに行ってみたり、思いつく限りありとあらゆることをやりました。そんななか出会った『図解リーン・スタートアップ成長戦略』という本に、「自分たちが幸せにしたい顧客が誰なのか」考えることが、ビジネスをつくる際に最も重要だと書かれていた。シンプルなことですが、これこそが自分たちに一番足りていなかった発想だと気づいたんです。

HIP:もちろんそれまでも、ユーザーのことをまったく考えていなかったわけではないと思うのですが、何が違ったのでしょうか?

中井:それまでは、ユーザーが「幸せになっている」イメージを具体的に描けていなかったと思います。正直、「こんなふうに使うんだろうな」という程度でした。

4コマ漫画で考えてみるとわかりやすいと思うんです。ひとコマ目に課題を抱えたユーザーがいたとして、その人が最後のコマでハッピーになる絵が描けるかどうか。極端な話、「どう使ったか」とか、「途中」はどうでもいいんです。大切なのは最後のオチ。それも、「ちょっといいね」じゃ足りない。「めちゃめちゃハッピー」まで持っていかないといけないんです。

議論は後回し。1週間でダミーをつくり、身近な子ども3人に使ってもらった

HIP:そこに気づいたことによって、議論の質が変わっていったと。

中井:大きく変わりました。使う側である「子ども」の体験にフォーカスした企画へと、大きく舵を切ることにしたんです。

でも、子どもの反応を見るのって難しくて、使ってもらわないことには何もわからない。なので、とりあえず議論は後回しにして、ダミーのアプリとツールを1週間くらいでつくって、身近な子ども3人に使ってもらったんですね。短期間で仕上げたので、完成度の低いおもちゃのような代物です。

それでも、子どもの反応がすごくよかった。普段だったら嫌で仕方がない宿題で、笑顔になったんですよ。それだけで、ぼく自身もすごくハッピーになったし、方向性は間違っていない、「ここに脈が絶対ある」って思えたんですよね。

「最初のユーザーの声を聞く」のに、一度目は1年かかったけれど、二度目はたった2週間ですんだ。それから細部を詰めていったんです。最小の機能だけでまずスタートし、そこから得られるユーザーの体験をもとにスケールを上げていくというやり方です。「UXデザイン」という手法で、すでに確立された手法のひとつです。

HIP:通常の商品開発と違う方法をとったということですが、社内でのオーソライズはどのように取っていったのでしょうか?

中井:これは、「幸せにしたいユーザーの姿」を直接見てもらえたことが大きかったです。ユーザーの声を聞く過程で、50人の子どもが宿題をしている場面を、親に動画で撮影してもらったんです。すると、子どもが途中で飽きて遊び始め、親が我慢できなくなって怒るというシーンばかりだったんですよ。

なぜ親は子どもの宿題で怒る? そのインサイトが商品コンセプトにつながった

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