書くことと向き合うコクヨのIoTペン。成功を生んだ「共感」のつくり方とは?
中井信彦(コクヨ株式会社 事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ グループリーダー)
2019.10.10

「幸せにしたい親子の姿」を動画で可視化。ゴールへの共感がもたらす効用とは

中井:さらにインタビューを重ねていくと、親がガミガミ言う裏には、「子どもの学習に関わりたい」「近くに寄り添ってなんとかしてあげたい」という思いがあるということがわかりました。

当初考えていたコンセプトは、「見守りペン」という「遠くから監視するツール」。つまり、インサイトの真逆を行ってしまっていたんです。親は、直接子どもと接して関わりたい。となるとぼくらがつくるべきなのは、宿題をきっかけに親子の会話が生まれるツールじゃないかと。

ペンに溜まった「やる気パワー」を、Bluetoothでつながった親のスマートフォンに注ぐ仕様のため、遠隔で管理・コミュニケーションはできないのがミソ(画像提供:コクヨ株式会社)

HIP:徹底的にユーザーと向き合ったことが、コンセプトの発見につながったんですね。

中井:このコンセプトを話して、役員にも動画を見せたんです。すると否定的な意見を言う人は誰もいませんでした。隣の部署の人も、社外の人も、みんなが建設的な意見をくれた。「誰を幸せにしたいのか」というゴールを示して、そこに共感してもらうことの大切さをすごく感じましたね。

この価値観を示せたことで、商品開発からウェブサイト制作までずっとブレずにいけました。途中メンバーが入れ替わったり、さまざまなパートナー企業さんに入ってもらったりもありましたが、全員で「幸せにしたいユーザーの姿」を共有できていたんです。

HIP:中井さんご自身もお子さまがいらっしゃるそうですが、思いが重なる部分もあったのでしょうか?

中井:じつは「見守りペン」を考えていたころは、「会社は会社、家は家」という感覚でした。会社では不思議と、自分がパパであることを忘れていたんですね。いまとなれば、生活者である自分をなんで忘れてしまっていたんだろうとすごく思います。

一方で、ぼくは今回のターゲットである「母親」ではないので、それは逆によかったです。思い込みを排除し、ユーザーに聞きながら進めるようにしていました。

商品完成を待たずにリリース発表。「とにかく無我夢中でした」

HIP:「しゅくだいやる気ペン」は、製品の開発途中でリリース発表やクラウドファンディングを行ったそうですね。

中井:はい。一般的にクラウドファンディングは、商品のテストマーケティングで使う例が多いと思いますが、ぼくたちはリターンとして、商品ではなく「企画会議への参加権」を差し上げるかたちにしました。投資していただいて、さらに意見をくださいなんてめちゃくちゃですよね(笑)。でも、それでも来たいという方の意見が聞きたかったんです。

21組の親子に来ていただき、コンセプトや値段、発売タイミングなどについて意見を聞いたり、サンプルを使ってもらったりして検証しました。

HIP:まだ企画途中の段階で、発売目標時期も明記してリリース発表を行ったというのは、かなりの英断ですよね。

中井:社内でも前例がなく、当時はかなり物議を醸しました(笑)。いまとなれば「よくやったな」と思いますが、そのときはとにかく無我夢中でしたね。誰かからの指示だったら、リスクを理由に断っていたかもしれませんが、プロジェクトに賭ける思いがあったのでなんとかやりきることができました。

実際、ユーザーとの企画会議で得たものはとても多かったです。結果を受けていろいろとブラッシュアップしたので、商品化のための社内りん議を通したときと、実際に発売したときとで、4Pは全部変わったんですよ。

HIP:プロジェクト開始当初、机上の議論に1年を費やしたことを思うと、180度進め方が変わりましたね。

中井:当初は確度の高いものを一発で狙い、一度「こう」と決めたら死んでも曲げてはいけないと考えている節もありました。でもそうではなく、トライしたことを一つひとつ振り返って、次の方向性を探りながらピボットしていくことが大切なんですよね。

初めて自社ECサイトのみで販売。初日は40分で完売

HIP:2019年7月の発売後、反響はいかがですか。

中井:初日は40分で完売し、連日サイトがパンクしてしまうほどで……ご迷惑をおかけしてしまったんですが、想像以上の反響をいただきました。まったく新しい商品なので、伝えたいことをきちんと伝えたうえで手にとってもらいたいと、自社ECサイトのみで販売したんです。これも大きなチャレンジでしたが、それでも買ってくれる人が多くいるとわかったのは収穫でしたね。

商品はこれで完成とは思っていなくて、継続してお客さまの要望をいただきながら改善していきたいと思っています。一過性でなく、本当に役に立つものとして長く愛される商品にしたいですね。

「しゅくだいやる気ペン」ウェブサイトより

HIP:流通の仕方まで、初の試みだったんですね。

中井:本当にむちゃくちゃをやらせてもらいました(笑)。そんななかで、経営層が相談レベルからディスカッションさせてくれたりと、プロジェクトにコミットしてくれたことにはとても助けられました。

異端や亜流ではなく、メインストリームの先を示す。これも新規事業のひとつの役割

中井:そういう環境をつくってもらえたのは、テーマ設定がよかったおかげもあると思います。「子どもたちに書く楽しみを」というテーマは、自分が夢中になれるのはもちろん、今後の会社の方向性のど真ん中にあたるだろうと選んだものでもあったんです。会社がいままさに探し求めている価値を、つかめるきっかけになるんじゃないかと。

新規事業のつくり方として、異端や亜流のところで、いままでにないことをやる方法はたしかにあると思います。でも、既存の事業から距離を置いた視点で、会社のメインストリームの先にあるべき姿を示すことも、新規事業に課せられたひとつの役割なんじゃないかと思うんです。

HIP:今後、取得したデータを活用して、新たなビジネスにつなげる展望もあるのでしょうか。

中井:ただ単に、ビッグデータを販売するみたいなことは考えていないです。何よりも、ユーザーの行動をよりよく理解し、「幸せなユーザーをもっと幸せにするにはどうしたらいいか」を突き詰めるために活用したいと思っています。

HIP:この商品を皮切りに、今後コクヨとしてさらにデジタルを強化していくのですか。

中井:今回は解決したい課題に対してIoTがうまくはまりましたが、今後もデジタル一辺倒でとは考えていません。たとえばコクヨは、原宿に「THINK OF THINGS」というショップ&カフェを出していて、ロングセラー商品の「測量野帳」という手帳をはじめ、生活や仕事に刺激や発見をもたらす道具を新しい提案で売っているんです。若者にすごく人気なんですが、これはまさにアナログですよね。

あくまでも、ユーザーの生活を豊かにすることを第一に、手法にはこだわらずにつくっていけたらと思っています。

Profile

プロフィール

中井信彦(コクヨ株式会社 事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ グループリーダー)

1999年、関西学院大学大学院 理学研究科修了。同年、シャープ株式会社入社。液晶パネルの研究開発に従事したのち、海外向け液晶テレビの商品企画、手書きデジタル機器のプロジェクトマネージメントを経験。2013年、コクヨ株式会社へ入社。以来、デジタル文具の企画・開発に従事。UXデザイン(ユーザー体験設計)をとおして、デジタルとアナログの融合価値を追求している。2018年、総務省「異能vationプログラム」ジェネレーションアワード受賞。

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