INTERVIEW
放置も過干渉もしない。キリンと社内ベンチャーが「いい距離感」を築ける理由
日置淳平(株式会社リープスイン 代表取締役CEO) / 西前純子(キリンホールディングス株式会社 経営企画部 主査)

INFORMATION

2019.11.20

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事業を成長させるために、大企業がイントレプレナーに取るべきスタンスとは?

HIP:西前さんは、キリンとしてどのようなサポートをしているのですか?

西前:日置がやりたいことを自由にできるように、会社から一定の距離感を保ってあげるのが私の役割だと思っています。ですが、LeapsInはキリングループの100%子会社。会社のリソースで取り組んでいるからには、自由にさせすぎても、放置しすぎてもいけません。

どこまで当事者に任せるか、どこまで踏み込むかの基準は人や事業によって変わるからこそ、それぞれで「一定の距離感」を保つことを意識しています。

日置:ある程度自由にやらせてもらっていますが、緊張感を持つようにはしています。キリンは株主ですし、甘えたくはありませんから。

西前:よくある押し着せのメンタリングもしていません。事業や顧客のことは本人がいちばんわかっていますから、私は第三者目線で「筋が通っているか」を確認するに留めています。ただ、「いつまでにこれくらいまで成長していないと、継続が厳しくなる」という部分は口酸っぱく言うようにしていますね。

新規事業を軌道に乗せるには、社内の潮目と、市場や顧客といった外の潮目を読むことが重要です。外の潮目を読むのは日置の仕事で、社内の潮目を読むのは私の役目。新規事業に割くリソースは、企業戦略との兼ね合いで決まります。新規事業もいくつかあるなかで、どれに注力するかを判断しなければいけません。

事業の評価基準は売上や利益率に限りませんが、「キリンのリソースを使う」ためのロジックは必要です。コンテストの時点では強く求めてはいませんでしたが、今後の事業を判断するうえでは「なぜキリンがやるのか」というストーリー、必然性が重要になるでしょう。

日置:そもそもある程度の距離を置くために出島化したので、現時点では既存事業とのシナジーを求められてはいませんが、やがて必要になると思います。西前は事業化前から継続的に見てくれていますが、今後担当者が変わる可能性もある。そのときにシナジーを説明できないと、「なんでやっているんだっけ?」となってしまいますから。

無理やりつくるパワポ資料に意味はない。事業の進捗報告は口頭で

HIP:大企業発の新規事業は、立ち上げと同じくらい「評価」が難しいといわれますね。

西前:大企業は、既存事業と新規事業を横並びで比べてしまいがちです。何百億円規模の既存事業と比較すれば、当然、新規事業の初期の売上は低いでしょう。しかし、既存事業もこれまでの蓄積があるからこそ大きな規模に成長した。「ゼロからスタートしたものがいきなり何百億円にはならない」という意識は必要だと思います。

西前:キリンでは、事業検討のステージごとに評価項目を定めています。プロダクトの新規性、顧客の有無、課題認識の粒度、市場規模など、新規事業の評価としては基本的なものばかりですね。もちろんビジネスモデルやステージによって評価軸は変わりますが、各プロジェクトに共通する指標の策定も今後の課題だと考えています。

HIP:評価のための進捗報告はどのように行なっていますか?

日置:月1回の定例会で、PL(損益計算書)などの数値の進捗やそのときの課題を共有します。わざわざPowerPointで資料をつくるスタイルではありません(笑)。

周囲のイントレプレナーのなかには、報告の頻度や手間で苦しんでいる方も多いので、そこはありがたいですね。「とりあえずまとめて」と言われて資料をつくる作業に、どれだけ工数がかかると思っているんだ、と(笑)。もちろん、決算など然るべきタイミングには資料をつくる必要があると思っていますが。

西前:資料があると、報告するほうも確認するほうも安心してしまいがちですよね。けれど、私は無理やりつくった資料の中身に興味なんてありません(笑)。それに、プレイヤーにとって時間は貴重なもの。コミュニケーションは必要最低限に留め、事業に集中する時間を捻出してあげたいのです。

ピボットしやすいのが出島のメリット。一方、苦労したことは?

HIP:LeapsIn設立から1年が経ちました。あらためて、日置さんは出島であることのメリットをどのように感じていますか?

日置:よく言われることですが、やはりスピード感ですね。アライアンスや秘密保持契約を結ぶ際も上層部にあげる必要がなく、私の裁量で決断できます。

日置:現在のフェーズでは、ビジネスモデルをピボットしやすいのも大きなメリットかもしれません。

いまはプロダクトマーケットフィット前の段階なので、都度マネタイズ方法のチューニングが必要になります。社内事業だったら、「定款にあるんですか?」などと言われたりして時間がかかるのではないでしょうか。現在も来年度に向けて、ビジネスモデルをブラッシュアップしようとしているフェーズです。

西前:ピボットすることを計画に盛り込んでいるかは重要ですね。新規事業において計画が変わるのは百も承知ですが、それを評価する親企業側に、「変える」という決断をどのように下すつもりなのかを示してほしいです。

HIP:逆に、「出島」であることによって苦労する点はありますか?

日置:人的リソースの調達です。現在はキリンから経理と法務の担当者がLeapsInに出向しており、グループファイナンスとの接続やパートナーシップを組む際の契約書作成などにおいて大変助かっています。

キリンにいたときは、バックオフィスや営業のみなさんが無条件で一緒に仕事してくれました。しかし、出島化したいまは自分で人的リソースを調達する必要があります。クライアントに対しても同じですが、スタッフを集めるときも、まずは事業のビジョンに共感してもらい、少しずつ業務をご一緒していく。その繰り返しで、現在は10人程度のチームに成長しました。

LeapsInがロールモデルに。新規事業の創出から、目指すは社会課題の解決

HIP:LeapsInの現在の課題や、今後のビジョンを教えてください。

日置:短中期的には「食品製造のインフラになる」ことを掲げています。アナログで非効率な食品業界を効率化することで、豊かな食が生まれるエコシステムを構築していきたいですね。

食品業界は規模が大きく複雑なため、いちプレイヤーが業界全体を網羅するプラットフォーマーになるのは難しい環境。ですので、「いかにほかのプレイヤーとパートナーシップを組み、サービスと会社を大きくするか」を考えています。

HIP:キリンとしては、今後どのように新規事業の創出を進めていくのですか?

西前:今年度からの中期経営計画では、食から医にわたる領域で価値を創造し、社会課題の解決につながる事業の創出を重点課題としています。「何年で何個の事業をつくる」という具体設定はしていませんが、事業のポートフォリオを意識しながら進めていきたいと考えています。

昨年日置のLeapsInが生まれ、それに続こうと事業開発に取り組む社員も存在します。ロールモデルが少しずつ生まれ、新規事業の評価基準なども整備していくフェーズですね。ちょうど今年度の事業提案コンテストが動き始めたところですが、ここからどのような新規事業が生まれるのか、私自身も楽しみです。

ときに笑いを交えながら、フランクに新規事業の裏側を語ってくれた二人。軽妙洒脱な掛け合いから、お互いへの厚い信頼関係が垣間見えた

Profile

プロフィール

日置淳平(株式会社リープスイン 代表取締役CEO)

2008年、キリンビバレッジ株式会社に入社。生産管理や研究開発に携わったのち、社内の事業コンテスト採択をきっかけに、2018年7月、社内ベンチャーとして株式会社リープスインを設立。同年より現職。

西前純子(キリンホールディングス株式会社 経営企画部 主査)

1994年、キリンビール株式会社に入社。営業、マーケティング、人事、広報に携わり、2018年4月より現職。

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