オムツやウェットティッシュに使われる不織布。ここで使われる繊維の研究から、まるで皮膚のような極薄の膜をつくる技術が、花王から生まれた。その名も、「Fine Fiber(ファインファイバー)」。ある一人の研究者が10年以上前に着目して以来、部署の垣根を越えた仲間とともに実用化を目指し一歩ずつ進んできた。
メイクやスキンケア、ゆくゆくは医療分野への応用も視野に入れ、未だ開発中のこの技術。商品化を待たずして公表した意図とは? そもそも、Fine Fiberはいかにして生まれたのか?
当事者の二名に聞くと、身近な商品を下支えするテクノロジーの裏側と、研究者をイノベーションの中心に据える花王流のアプローチ法が見えてきた。
取材・文:大橋博之 写真:丹野雄二
まるで「新しい皮膚」。画期的なテクノロジーの始まりは、あの人気お掃除商品
HIP編集部(以下、HIP):「Fine Fiber(ファインファイバー)」の技術を紹介する動画を拝見したのですが、まるで肌の上にもう一層、薄い皮膚ができるような、不思議な技術ですね。
東城武彦氏(以下、東城):専用の機器を使い、肌に向かって溶液を直接吹きつけることで、直径0.5ミクロン(0.0005ミリメートル)ほどの極細の繊維が一瞬にして重なり合って膜になります。でき上がった膜は、端にいくほど薄くなるため肌との境目が見えません。また、密着性が非常に高く、剥がすときには日焼け跡の皮がめくれるような感覚です。
いまは、スキンケアや化粧品、将来的には医療に応用することも視野に入れて研究開発を続けています。
HIP:そもそも、どういった経緯で生まれた技術なのでしょうか?
東城:私は研究開発部門のなかで、シート型製品の製造技術や材料開発を担当しています。今回の研究の出発点となった不織布は、紙おしぼりやオムツなどに使われているシートですね。
じつはFine Fiberのベースとなる研究を始めたのは、もう10年以上も前のことなんです。不織布でできた掃除用の商品「クイックルワイパー」を改良するにあたり、活用可能な基礎技術を探すことが当時の私のミッションでした。
HIP:「クイックルワイパー」のための研究から始まったとは驚きです。
東城:不織布の繊維を細くすることで現れるさまざまな特性に着目して研究を重ねていくなかで、あるときふと思い立って膜を肌の上に置いてみたところ、ぴったりと吸着して、まるで一枚の薄い皮膚のようだなと。
面白い技術ですが、「クイックルワイパー」に応用できるのかというと疑問でした。むしろ化粧品やスキンケアに使えるのではないかと思い、社内の会議で提案したのです。
一つの技術と向き合うこと、10年超。研究開発チーム横断で、専用デバイスを開発
HIP:長澤さんは社内で化粧品やスキンケア商品の開発を行っているそうですね。最初にこの技術のことを聞いたとき、どう思いましたか?
長澤英広氏(以下、長澤):技術としてはすごいなと思いました。が、商品化することを考えると、新しすぎて何に使えるのかと悩みましたね。
HIP:画期的すぎたということですね。
長澤:活用方法を探るべく、われわれはFine Fiberの性質を分析することから始めました。実際に素材を触りながら特徴を詳細に理解したうえで、お客さまや世の中のニーズと照らし合わせることで、商品化までの道筋がクリアになっていきます。
「これは商品として使えそうだな」と感じたFine Fiberの特徴の一つに、「毛管力」があります。絡み合った繊維を伝って、化粧品の溶液が均一に広がっていくんです。さらにこの毛管力により、繊維の隙間に取り込まれた化粧品の溶液は長く保持される。この特徴をうまく利用すれば、スキンケアやメイクにまつわるお客さまの困りごとを解決できるのではないかと思いました。
HIP:10年以上前にタネを見つけてから、長い時間をかけて開発を進めてこられましたが、苦労したのはどのような点だったのでしょうか?
東城:技術をどう使うか、そしてどう使いやすくするか、というところですね。当初は肌の上に直接吹きつけるのではなく、シート状にして貼る方法を考えていました。しかし、非常に薄い膜なので、それでは扱いがとても難しい。「直接噴射する」というアプローチへの転換で、一歩大きく実用化に近づきました。
長澤:肌に直接噴射できるよう、包装容器、安全性、解析などといった社内のさまざまな専門部署の技術を持ち寄って、小型の専用装置を開発しました。プロトタイプの段階ですが、すでに持ち運べる大きさです。まだ、具体的な実用化についてはお伝えできないのですが、2019年中にはなんらかの発表ができたらと考えています。
HIP:先ほど「社内の会議で提案した」というお話が出ましたが、基礎研究と商品開発の間で、研究者同士が情報交換や議論をする場があるのですか?
東城:そうですね。花王では、私の所属する基礎研究の部署を「基盤研」、長澤の所属する商品開発の部署を「開発研」と呼んでいるのですが、月に一度、基盤研と開発研が情報交換をできる場があるんです。「I-マトリックス研究会議」と呼ばれています。