いずれは、新規事業で稼いだ収益で鉄道事業を支えなければならない日がくるかもしれない。
HIP:近年、さまざまな大企業がアクセラレータープログラム、オープンイノベーションに取り組んでいます。しかし、そこから決定的なイノベーションが生まれた事例は多くはありません。その理由についてはどうお考えでしょうか。
柴田:一般論ですが、大企業は安定した事業基盤を持っています。その基盤を壊してまでイノベーションを起こすという決意を持てないのではないでしょうか。
しかし、社会構造は変わりつつあります。最大のリスクは人口の減少。信じられないかもしれませんが、いずれは新規事業で稼いだ収益で鉄道事業を支えなければならない日がくるかもしれません。そのときのために、いまイノベーションを起こす決意をする必要があります。
中村:同じ答えになってしまいますが、私も覚悟の問題だと感じています。覚悟ができないのは、危機感がないから。他社の事例で恐縮ですが、銚子電鉄さんは、経営危機の際に、「ぬれ煎餅」を売って乗り切りました。これもある意味、イノベーションと言えるでしょう。これは、覚悟と危機感があったからできたことだと思います。まずは、そういった覚悟、危機感を社内に浸透させる必要があるのかなと思いますね。
熱意あるベンチャーを応援するのは、大企業の義務でもある。
HIP:現代の鉄道事業者が担う役割とは、どのようなものであるとお考えでしょうか。
柴田:われわれは鉄道事業者でありながら、駅ビルでの小売りやSuicaでの決済など、極めて生活に密着したサービスも提供しています。ということは、われわれのサービスが変われば、お客様の日常が変わるということ。たとえば、いまでこそSuicaで電車に乗り、コンビニで料金を支払うことは当たり前ですが、一昔前には考えられなかった。
手前味噌ですが、私たちのインフラと新しい知見を組み合わせれば、もっと世の中を変えられるはず。JR東日本では「次の当たり前をつくろう」というスローガンを掲げていますが、そのポテンシャルは持っているし、持っているからこそ世の中を変えていくミッションがあると自負しています。それにより、お客様や地域の人の豊かな暮らし、そして元気な街をつくっていくことは、JR東日本の大きな役割です。
中村:東京を基盤に事業を行う東京メトロとしても、東京をロンドンやニューヨークにも負けない都市にする、という役割があると考えています。先ほどの、待ち受け型という意識は変えていかなくてはならないと思います。
漠然としていますが、個人的には、東京で日々生活していたり、東京に訪れてくれたりする方に、東京に住んでいて良かった、東京を訪れて楽しかったという気持ちになっていただきたい。そのための事業を行う企業でありたいですね。
柴田:もうひとつ、「恩返し」をするというのも大きな役割だと考えています。いまでこそ大企業と呼ばれるわれわれも、この30年間、さまざまな企業や人々にご協力をいただけたからこそ、着実に成長してこれたと思っています。
今回のプログラムを通じて出会ったベンチャー企業は、「未来をもっと良くしたい」という、とてつもない熱量で仕事をしています。仕事のスピードの速さも、その熱意からくるものでしょう。われわれも、そういった熱意が原点ですし、これからも同じ気持ちを持ち続けていくつもりです。彼らの熱意や夢を応援することは、大企業である私たちの責務でもあり、その応援を通じて未来を良くすることが、社会への恩返しになるとも思っています。