「失敗上等」で攻める。コロナ禍も推進し続けるJR東日本スタートアップの挑戦
柴田裕(JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長)
2020.08.06

2018年に設立したJR東日本スタートアップ。鉄道事業と並ぶ新たなビジネスの柱を創出すべく、スタートアップ企業と協業してこれまで57もの実証実験を行ってきた。多くの企業が新事業の推進をためらうコロナ禍でも、その勢いは止まらないどころか、むしろ加速。ウィズコロナ、アフターコロナを見据えた新しいサービスを次々と仕掛けている。

今回は、仕掛け人である代表取締役社長の柴田裕氏にお話をうかがった。この難しい状況のなか、多種多様なスタートアップ企業とのプロジェクトを同時並行で、どのようにして進めているのだろうか。その裏側には、JR東日本という鉄道インフラを持つ安定した大企業でさえ、事業転換せざるを得ないほどの危機感があった。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太

コロナ禍で次々と新事業をリリース。秘訣は協業プロジェクトの蓄積にあり

HIP編集部(以下、HIP):HIPでは、JR東日本スタートアップが設立されて間もない2018年5月に取材させていただきました。あれから2年以上が経ち、今年の春以降はウィズコロナ、アフターコロナを見据えた実証実験や新規事業を毎月のように発表していますね。

柴田裕氏(以下、柴田):じつは、今年発表した数々のプロジェクトも、新型コロナウイルスが広がる前から進めてきたものです。「コロナショックが起きたから立ち上げた」という事業はひとつもありません。

JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長の柴田裕氏

HIP:ワーケーションや多拠点居住の推進事業、複数の経営者が駅ビル・駅ナカの飲食店舗をシェアしながら営む「シェアリングレストラン」事業などは、まさにウィズコロナ、アフターコロナを見据えた取り組みだと感じますが、もともと構想自体はあったと。

柴田:はい。ワーケーションに関しては、コロナショック以前から地方でのニーズはあると感じていました。それを広めるために、多拠点移居住の事業を展開している株式会社アドレスさんと共創プランを練っていたので、サービスのリリースがたまたまコロナ後になっただけです。

シェアレストラン事業も、流れとしては同じですね。「腕はあるけど開業資金のない」料理人たちに場所を提供する株式会社アスラボさんのビジネスモデルは、地方創生にもつながると前々から考えていました。そんななかでコロナショックが起きたので、いまはニーズに合わせてテイクアウトやデリバリーの展開も検討しているところです。

地方との関係構築や人口の創出を目的として、多拠点に定額で住めるサービス「ADDress」を展開する株式会社アドレスと2019年10月に資本業務提携し、「ワーケーション&多拠点居住 応援プラン」を提供(画像提供:JR東日本スタートアップ)
飲食業を支援する株式会社アスラボとの新サービス開始を2020年6月に発表。JR東日本の駅ビルや駅ナカなどの空き店舗を活用したシェアレストラン事業、テイクアウト事業を展開する(画像提供:JR東日本スタートアップ)

柴田:そのほかの多くのプロジェクトも、以前からおつき合いがあるスタートアップ企業と、これまで協業してきたものです。なかには何らかの理由でいったん計画が止まっていたものもありましたが、その間も各スタートアップ企業とはつながりを持ち続けていました。直近で発表した新規事業や実証実験に関しては、これからの時代において特に必要になると判断してアクセルを踏んだプロジェクトです。

「失敗上等」の精神で攻め続ける。JR東日本が抱える危機感が原動力に

HIP:緊急事態宣言の発令以降、JR東日本グループの本業である鉄道事業は大きな打撃を受けたと思います。当然、新規事業や実証実験をいったんストップする動きがあってもおかしくないですが、逆にぐっとアクセルを踏み込んだのはなぜですか?

柴田:止める気は、まったくなかったですね。そもそもJR東日本スタートアップって、「失敗上等」なんですよ。JR東日本グループ内でも出島組織として、アウトロー的な立ち位置の会社ですから。ほかの動向はまるで気にしません。むしろ、ほかが新規事業を先送りしている状況だからこそ、うちはブレずに攻め続けるしかないだろうと。

これまでも先が読めない時代でしたが、コロナショックが起きて、ますます予想はつかなくなった。誰も経験したことのない社会がやってくるからこそ、「失敗上等」じゃないと新しいことに踏み込めないと思うんです。加えて、親会社のトップが早々に「未来への投資を止めない」と宣言してくれたのも心強かったですね。

HIP:その宣言は、日本屈指の大企業であるJR東日本でさえ、既存事業を守るだけでは立ち行かなくなる時代がついにやってきたというふうにも受け取れます。

柴田:まさにそのとおりです。ただ、いまに始まったことではなく、コロナ以前から危機感は抱いていました。

これまでJR東日本では、ダイヤを秒刻みにしたり、1時間に1本でも多く山手線を走らせたりと、既存事業である「移動」の効率化を追求してきました。ですが、少子高齢化により人口減少が加速し始めた。

これは鉄道事業にダイレクトな影響を及ぼすので、近い将来、都心ですら鉄道の車両内が閑散とする日々がくるだろうと予想していたのです。だからこそ、鉄道輸送を土台としたサービスだけでなく、人や暮らし、データなどを軸にしたサービスへと徐々にシフトしていくべきだと考えていました。

そんななか、新型コロナウイルスによって、「近い将来」が突然目の前の現実としてやってきた。徐々に事業の軸を変えていくはずが、ドラスティックに変えていく必要に迫られてしまったのは事実です。

57のプロジェクトを100%事業化したい。ひとつも中止したくない理由とは

HIP:急ピッチでさまざまな新規事業を展開している背景には、そうした危機感があったんですね。

柴田:もともとJR東日本グループでは、2018年から「変革2027」という約10年後を見据えた経営ビジョンが掲げられています。ですが、いまではトップから「すべてのプロジェクトを10年前倒しにするつもりで取り組んでほしい」と発破をかけられていますね。だからいま、大変なんですよ(笑)。中期的にやっていく予定だったメニューも、スピード感を持ってすぐに取りかからないといけませんから。

HIP:実証実験を経て本格的に事業を推進するものと、中止するものを取捨選択していくことになると思いますが、その判断基準を教えてください。

柴田:判断基準はありません。中止になったのは、力及ばずにKPIが達成できなかったり、条件が合わなかったりして事業化に至らなかったものだけ。あくまで、やり切った結果です。つまり、私たちはスタートアップとの協業プランをすべて事業化しようと思っています。

会社を設立した2018年から数えると、57の実証実験を行って、そのうちの20を事業化してきました。まだ事業化まで至っていないものも半数以上ありますが、どれも諦めてはいません。

たとえば、空気環境改善の技術を持つエネフォレスト株式会社との協業プランも、2年前は事業化を断念しました。しかし、そのときの実証実験の結果を活かし、2020年5月にJR東日本の施設内で紫外線照射装置「エアロシールド」を導入することができました。失敗を繰り返しながら最適なビジネスモデルを模索し続け、57のプロジェクトすべてを100%事業化するつもりです。

感染対策を強みとするエネフォレスト株式会社と、2018年に空気環境改善の実証実験を開始。2020年5月より、JR東日本が現在進めているJR渋谷駅改良工事の各工事事務所に対し、紫外線照射装置「エアロシールド」を導入(画像提供:JR東日本スタートアップ)

スタートアッププログラムで採択し、一度でも関わりを持った企業は「家族」だと考えています。たとえ、いったんは事業化が見送られたとしても関係性は持ち続け、何か相談事があればすぐに応じる。また、必要であれば、さらなる出資も行う。

単なるパートナーとして事業を支援するのではなく、私たち自身がビジネスオーナーとして「自分ごと化」の意識を持って取り組むことが大事。その意識が諦めない姿勢や、つねにチャンスを狙い続ける気持ちにつながります。私を含め、当社のメンバー全員がこの想いを持っていると思います。

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