INTERVIEW
「失敗上等」で攻める。コロナ禍も推進し続けるJR東日本スタートアップの挑戦
柴田裕(JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長)

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2020.08.06

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スタートアップ企業との協業は、若手が感化されて急成長するのも利点

HIP:とはいえ、そうなるとやるべきことがどんどん増えていきますよね。2020年度もスタートアッププログラムを開催し、新たな協業パートナーを採択されたとうかがっています。新たなプロジェクトも増えていくなかで、一つひとつをしっかり着地させるコツはありますか?

柴田:各プロジェクトの担当者に責任と権限を与え、しっかり「チーム」として機能させることだと思います。JR東日本の現場を巻き込むことも重要です。課題は必ず現場にありますから、現場が動かないとかたちになりません。ですから、ひとつのプロジェクトに対し、必ずスタートアップ企業とJR東日本の事業部門、そしてわれわれが入り、三人四脚でみっちりと事業をつくり上げていきます。

この三位一体こそが、大きなイノベーションを生むために必要だと思っています。一方、私自身はSlackなどでプロジェクト全体を見ていますが、基本的には若いメンバーに任せて、過度に干渉しないように心がけています。

HIP:干渉しないのは、なぜですか?

柴田:若い感覚を持っていない私のような人間が口を出すと、ろくなことがないんですよ(笑)。特にスタートアップ企業との協業では、私から見て「なんだか変なことをやってるなぁ」と若干不安になるくらいのほうが、うまくいったりしますから。

ぐっと我慢して任せる、それにより若いメンバーに当事者意識を持ってもらうことが重要なのではないかと。最近はJR東日本スタートアップの若い社員がスタートアップ企業のパートナーに影響されて、一皮も二皮もむけてきている印象もある。頼もしいですよ。

取引先ではなく、ひとつのチーム。迅速に事業化を進めるスタンスとは

HIP:スタートアップ企業との協業といえば、今年の6月に高輪ゲートウェイ駅付近に「STARTUP STATION(スタートアップステーション)」を開設されました。こちらは、どのような施設になるのでしょうか?

柴田:スタートアップ企業が持つ優れたアイデアや先端技術と、JR東日本グループの経営資源を掛け合わせて、新たなビジネスを創出することを目的としたインキュベーション施設です。事業戦略に詳しい強力な外部パートナーに気軽に相談できる制度や、協業マッチングを推進するイベントなど、協業シナジーを生み出す仕組みをたくさん用意しています。

2020年6月より高輪ゲートウェイ駅エリアに開設した、JR東日本グループとスタートアップ企業の事業共創拠点「STARTUP STATION」(画像提供:JR東日本スタートアップ)
「STARTUP STATION」のミーティングスペースに飾られたインパクトのある苔の空間装飾。消臭効果や室内湿潤の調整(ウイルス感染予防)などの効果も見込める。この苔のプロジェクトも、新潟県の農業生産法人の株式会社グリーンズグリーンと協業中

HIP:リアルな場で、できることをやっていくと。ただ、いまは時世柄、テレワークやオンライン会議なども主流になりつつあります。リアルな場所ならではの利点は何だと思いますか?

柴田:やはり雑談のしやすさですね。アイデアの種は、ふとした会話から生まれることが多いと思います。ミーティング後の何気ない雑談のなかで、お互いの妄想がつながったりしますし、そこから生まれる信頼関係も事業共創には不可欠です。これらは、オンラインではなかなか生まれにくいのではないでしょうか。

現に、スタートアップ企業との雑談がきっかけで生まれたプロジェクトもすでにありますよ。たとえば、米からエタノールをつくる技術を持つ株式会社ファーメンステーションの方とお話するなかで、「りんごからエタノールをつくれませんか?」という無茶振りをしたんです。

その会話がきっかけとなり、産業廃棄物になるりんごの搾りかすからエタノールを抽出して、りんごの香りがするアロマディフューザーやルームスプレーが生まれました。商品化して、駅ナカや駅ビルで販売したり、観光列車に装備したりしましたね。

ファーメンステーションと青森りんごでつくったエタノール配合のルームスプレー(画像提供:JR東日本スタートアップ)
現在は、岩手のオーガニック米と青りんごでつくったアルコール消毒液も実証実験中

柴田:「STARTUP STATION」ができたことで、他社との他愛もない会話や無茶振りが事業につながるケースはさらに増える気がします。もちろん、情報共有などはオンラインでも良いと思いますが、誰もが驚くような事業共創をしたいのであれば、リアルで集まって話す機会が必要ではないでしょうか。

HIP:「STARTUP STATION」ができたことで、東日本グループとスタートアップ企業の関係性はどう変わっていくと思いますか?

柴田:関係性はより親密になっていくと思いますが、協業における基本的なスタンスはこれまでと変わりません。私たちとスタートアップ企業の関係は、出資する側とされる側でもなければ、クライアントと取引先でもありません。一緒にゼロイチの事業をつくり込んでいく、「ひとつのチーム」です。

これまでも、JR東日本グループ本体のりん議を一緒に突破するために、すさまじい回転でトライアルアンドエラーを繰り返しながら、苦労をともにしてきた仲間です。そうした下地があるからこそ、コロナ禍においても、複数の企業とさまざまなプロジェクトを迅速に立ち上げることができたのだと思います。

スタートアップ協業は、青春のリベンジ。自分が果たせなかった「夢」を託したい

HIP:最後に今後のビジョンを教えてください。

柴田:鉄道が果たしてきた「地方と都市の移動」という社会的役割に加えて、新しい生活や働き方に関する「暮らし」のアップデートを提供していきたいです。コロナショックによって、たしかに人々の生活に対する価値観は変わりました。でも、新たな働き方や旅などにおいて、「移動」が人々の幸せと密接な関係であることは変わらないと思うんです。

だから、私たちの鉄道インフラやリソースを使い、新サービスの開発に取り組みたいと名乗りを挙げてくれるスタートアップがいるんだと思います。社会課題を解決したいスタートアップ企業のアイデアを温めて、孵化までのサポートをする。それがわれわれの役割なのかなと。また、個人的にはそうしたスタートアップ企業を応援することで、自分自身が果たせなかった夢を託しているようなところもありますね。

HIP:どんな夢ですか?

柴田:新卒や若手の頃は「みんなの役に立つ仕事がしたい」という強い思いがあり、地域に根ざした活動から社会を変えていこうと、高い志を持っていました。でも、いつの間にかそんな想いよりも、部署の目標が達成されるか、自分の提案が上司に採用されるかを優先して仕事をするようになってしまった。おそらく、大きな組織にいる人間は誰しも、そういった経験をしていると思います。

そんな私たちがいつしか失ってしまった「夢」みたいなものを、現在協業しているスタートアップ企業の経営者たちは本気で実現しようとしています。目先の金儲けのためではなく、大きな社会課題を解決するために動く、彼ら彼女らをとことん応援して一緒に夢を叶えたい。スタートアップ企業と一緒に事業をつくることは、いわば私の青春のリベンジでもあるんです。

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プロフィール

柴田裕(JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長)

1991年、東日本旅客鉄道株式会社に入社。2018年、JR東日本スタートアップ株式会社の代表取締役社長に就任。「JR東日本スタートアッププログラム」の開催や、スタートアップ企業とJR東日本の橋かけ役を担う。

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