「この二人をつなげば、きっと面白い新規事業が生まれるはず」
HIP:そもそも、このプロジェクトはどんな経緯で発足したのでしょうか?
青木:ぼくと塚田は「食料カンパニー」、橋本は「情報・金融カンパニー」に所属していますが、橋本とはプロジェクトが発足する前から交流があり、互いに情報交換などもしていました。
そんな折、食料カンパニー内で、中堅社員に対して新規事業のアイデアを募集する取り組みがあり、採用されたのが塚田の「パーソナライズド・ニュートリション事業」のアイデアでした。ぼくはこのアイデアのプレゼンを受けたとき、AIを使って、一人ひとりの生活に適した栄養素の食品をレコメンデーションするサービスはすごく面白いと思いました。
それからこのアイデアを事業化するためにプロジェクトに関わっていったのですが、これを実現するには、食品の栄養にまつわる膨大なデータと、それを分析して見える化する仕組みが必要でした。そこで、情報部隊の橋本の力を借りることにしました。
橋本:私は情報・金融カンパニーで、新規事業開発を担当しています。当時、以前出向していた会社の元部下から、「味香り戦略研究所」という食品の味覚を多角的に分析し、定量化している企業の紹介を受け、彼らと新しいビジネスが作れないか、諸々検討していたところでした。
彼らが扱っていた「味のデータベース」は、これからの時代のマーケティングや販促に絶対ミートすると感じ、まず情報・金融カンパニーが出資する「ウイングアーク1st」というデータ活用に長けた企業を巻き込み、三社で交流が生まれていきました。話し合いが進むにつれ、味のデータベースを見える化できれば、販促はもちろん、商品開発にも生かせるのではないかとアイデアが膨らんできました。
偶然にもそのタイミングで青木から話をもらうことになり、塚田を紹介されたのです。彼の熱い思いを聞くなか、ぜひ一つのプロジェクトとして、やっていきたいと思いました。
青木:そこからは早かったよね? たしか、2、3週間後には二人から最初のプレゼンを受けた記憶があります。
橋本:そうですね。塚田は栄養素から、私は味から、とお互いに切り口は異なるものの、「食のデジタル化」を、という方向性は一緒だったと思います。二人で密に打ち合わせを重ねて、最初にプレゼンしたときには、ほぼ現在のFOODATAのコンセプトに近いものができあがっていたと思います。
塚田:私のアイデアは、AIでレコメンデーションして消費者に届けるというものでしたが、橋本との話し合いを経て大きく進化しました。日本の食品業界のバリューチェーンである、メーカー、商社、卸し、小売は各工程にも何100社とあって、各所にさまざまなデータが散在していて、有効に使えていないという課題がありました。これをまとめて使えるようにしていこうと。そして、そのなかでも負荷がかかっている企画・開発領域の課題から解決していくことを決めました。
栄養素や味を見える化するだけでなく、そこにマーケティングの要素なども取り入れて、食品企業の商品企画・開発をサポートするようなサービスにするというところまで、すでにその時点で骨子ができあがってきました。
青木:二人を引き合わせたら何か面白いことになるんじゃないかとは思っていましたが、ぼくの想像以上の化学反応を起こして、勝手にどんどんプロジェクトが進んでいった感じでしたね。
熱量がチームに伝播し、カンパニー横断プロジェクトが実現
HIP:ちなみに、これまでにもカンパニーを横断する共同プロジェクトはあったのでしょうか?
橋本:前例はあまりなかったようですね。ですから、一つひとつ新しいルールを固めて進めていく労力はかかりました。ただ、塚田を中心に各所へプロジェクトの構想や思いを伝えていくうちに、熱量が伝わり、積極的に協力してくれる人が周りに少しずつ増えていったのです。
青木:やはり人の心を動かすには、面白いと思ってもらえるようなアイデアと、絶対に事業を成功させるという熱量がいちばん大事だと実感しましたね。情報・金融カンパニー側も知見やリソースを惜しみなく、提供してくれました。
さらにいえば、伊藤忠に限らず、世の中全体がDXの方向に進んでいることもあり、「データを使った新しいビジネス」に対して抵抗する人がいなかった。むしろ、逆に期待感を持って受け止められ、積極的にアドバイスやサポートをしてくれる人が増えていったという点では、タイミングも良かったんだと思います。
橋本:このプロジェクトでは、プロトタイプをつくるという極めて初期の段階から、協業企業の皆さんも進んでリスクテイクしてくれて、スピーディーにPoCを開始することができたことも大きかったです。おかげで、商品設計の初期段階から企画・開発のプロフェッショナルの方々から生の声を聞けたのは、大きなアドバンテージになりました。
複数企業がアライアンスを組むプロジェクトだと、初期段階では遠慮もあり、なかなか本音が語られません。結果として、リリース間近でモチベーションやベクトルの違いが顕在化するということが、経験上ありました。しかし、このプロジェクトでは、キックオフ当初から各社が密にコミュニケーションを重ね、共通の目的を初期段階から皆でつくっていった。それにより、チームが一丸となって、まっすぐ走り切ることができました。
塚田:あと、関わってくれる人たち全員が「良い人」でしたね。誰もが他人を思いやることができて、自分のためではなくチームのために行動することができるメンバーばかり。「一緒に仕事をしたい」と思える人たちと推進できたのは大きかったです。
具体的には、青木はいつも「いいよ、どんどんやって」と背中を押してくれましたが、その裏では、青木自らが会社上層部に当事業を進める「意義」を説明して回ってくれ、プロジェクトを進められる環境を整えてくれました。
また、橋本は橋本で、思いが突っ走りがちなぼくに俯瞰的な立場でアドバイスをくれて、うまくプロジェクト全体をコントロールしてくれました。二人には、とても感謝しています。
橋本:ぼくも、食品に関わる新規案件の相談を青木によくしますが、「業界がこうだから」や「過去こうだったから」ということで、ハナからダメ出しされることはまずありません。いつも「こうすればうまくいくよ」というポジティブな返しをもらえます。若手がチャレンジできるよう、上司が応援する組織風土が伊藤忠にはあるのかもしれません。
青木:会社のなかでは、皆誰しも何らかの組織・部署に属しているので、「食料カンパニーは食料カンパニー」「うちは情報・金融だから……」と、自ら枠を設けてしまうことも少なくはないと思います。ですが、その枠を超えていくことで、新しいビジネスのチャンスが生まれてきます。個人の行動力や部署を越えたネットワーク、それらを生かしていくことが、新規事業を成功させるための大切な要素の一つだと思います。
HIP:ただ、別々のカンパニーで動いていると、やりづらい部分もあったのではないかと思います。新規事業部をつくることは考えなかったのでしょうか?
青木:いえ、今回は新しい組織はつくらず、関係者全員が現在の部署に属したまま、足りない要素をそれぞれが補完し合うようなかたちで進めていきました。結果的に、それがカチッとハマりましたね。
おっしゃるとおり、これまでにないものをつくるときは、先に組織をつくるケースもありますし、そのほうが事業推進に安定感をもたらすケースもあります。一方で場合によっては、そうすると逆に自由な動きがとりづらくなったり、成果を出すことばかりに気を取られたりして、アイデアが小さくまとまってしまうケースもある。
その点、今回は、部署・協業企業間で自然に協力関係がつくれたため、スピード感と枠にとらわれないアイデアが生まれました。それができたのも、人と人のつながりを大事にしてきた総合商社だからこそ、という気がしますね。
塚田:サービスリリースまではそれでよかったのですが、今後は新たな体制づくりも考えていかなくてはならないと思います。7月にサービスがローンチし、お客さまへのサポート体制もさらに強化していく必要がある。さらには扱うデータもますます広がるため、各領域での専門知識を持つ人材・企業が必要になっていきます。人員が増えると業務効率化を考えなくてはなりません。
組織ありきではなく、ビジネスが拡大していくにつれて、それに最適な組織をつくっていく。もしかしたらその先に、社内ベンチャーやスピンアウトのような道もあるのかもしれません。個人的にはその順番のほうがしっくりくるし、うまくいくような気がしますね。そのためにも、いまは始まったばかりのこのサービスを一生懸命育て、実績をつくっていきたいと思っています。