家電や家具、園芸用品やペット用品など、数多くの商品開発・販売を手がけるアイリスオーヤマ。2013年には東北で約300年続く農家「舞台ファーム」と提携し、精米事業に参入。同年に「アイリスフーズ」を設立し、東北のお米を軸とした食品事業を拡大してきた。
これまでにも家電をはじめとして、既存の巨大マーケットに後発で参入し、他社との差別化で存在感を示してきたアイリスグループ。同じく巨大マーケットである食品事業では、どのように道を切り拓いていったのか。2022年3月、アイリスフーズの社長に就任した北尾利徳氏に、異業種参入から10年の歩みと今後の展望を聞いた。
文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:坂口愛弥
徹底的な差別化で巨大市場に割って入る。アイリスが食品事業を始めたきっかけ
HIP編集部(以下、HIP):アイリスグループが2013年に食品事業を始めたきっかけを教えてください。
北尾利徳氏(以下、北尾):きっかけは2011年の東日本大震災です。アイリスオーヤマの本社は仙台にあり、東北の復興に携わりたいという強い思いがありました。そこで、東北で約300年にわたり農業を営んできた舞台ファームと合弁で精米事業の「舞台アグリイノベーション株式会社」を設立し、食を通じた復興に取り組んでいくことにしたんです。東北のお米を販売することで被災した農家を助けるだけでなく、新しい食品をつくる工場を設立して、雇用を促進する狙いもありました。
HIP:同じ2013年にはアイリスフーズを設立し、舞台アグリイノベーションで精米したお米の販売をスタートさせています。
北尾:自社で精米したお米の販売から始まり、その後、独自の製法を使った「生鮮米」や「パックごはん」の開発へとつながっていきました。また、2021年からは飲料水事業に参入し、天然水と強炭酸水の生産・販売をスタートさせています。
HIP:農業の専門家と手を組んだとはいえ、グループにとっては未知の事業です。勝算はあったのでしょうか?
北尾:アイリスグループは食品事業に限らず、これまで家電など既存の巨大マーケットに後発で参入してきました。新規参入だからこその当社のアイデアや視点が、結果的に他社との差別化につながっていると考えております。単に競合メーカーのプロダクトをベンチマークにするのではなく、私たち自身が生活者の視点をもって社会に望まれるプロダクトをつくる文化が根づいているんです。
お米でいえば「低温製法」という独自の製法を開発しました。お米の保管に最適とされる15℃以下の低温管理のもとで保管、精米、包装までを行ない、鮮度を保つというものです。このお米の美味しさへのこだわりを訴求し地道に売り込むことで、少しずつ皆さんに受け入れてもらえるようになっていきました。ただ、それでも当初はやはり苦戦しましたね。
販売店が増加した理由は?「賞味期限」の記載がターニングポイントに
HIP:特に、何に苦労しましたか?
北尾:販売の現場においては、販路の確保ですね。たとえば、スーパーにはすでに既存のメーカーの商品が置かれていて、そこに新規参入の私たちが割って入ることは簡単ではありません。そこはもう、地道に一歩ずつですね。私たちのお米がどのように鮮度や美味しさにこだわっているのか、粘り強く説明していきました。
HIP:先ほどの「低温製法」などをアピールしながら差別化をはかっていったと。
北尾:そうですね。低温製法もですし、もう一つ大きかったのは「1年間の賞味期限」を表示したことです。これは当時では画期的なことでした。お米は生鮮食品ですので、通常は賞味期限や消費期限の表示はされていません。
代わりに精米年月日を表示することが法律で定められているのですが、精米日から長い時間が経過したお米は「新鮮ではない」と消費者から敬遠されてしまう傾向がありました。
そこで、あえて賞味期限を表示し「1年間は品質が保たれる」ことを訴求しました。「アイリスの生鮮米」は、低温製法で精米したお米を、脱酸素剤と窒素入りの高気密パックに小分けすることで、美味しさが長持ちするんです。このようなこだわりをお客さまにも知っていただき、安心してお買い求めいただけた。この点が評価され、徐々に店頭に置いてくださるお店が増えていったんです。
HIP:今までの課題を解決していった結果だったんですね。
北尾:その後、賞味期限表示は業界の標準になってきたんです。