新しい取り組みを導入するときに経営者が大切にすべきこと
HIP:具体的にはどんなことをされたんですか?
北野:一例ですが、4年前からカットコンテストを開催しています。海外も含めて各エリアの予選会を勝ち抜いたスタイリストが11月に全国大会に出場し、大勢の仲間が見守るステージで15分間でウィッグをカットするんです。自分の得意な技法を多種多様に駆使して作りあげる「フリースタイル部門」と、その場でお題が明かされて同じスタイルを作りあげる「規定部門」、そして今年からはハサミで面を作り美学を追求する「スポーツ刈り部門」が加わり、3部門での競演です。海外店舗のスタイリストも参加するんですけど、海外メンバーが入賞すると日本のスタイリストの職人魂にも火が点いたりするんです。15分間という本当に短い時間で仕上げなければならないという過酷な制限があるからこそ、深まる価値があるんです。燃えあがるんですね。観客席の見守る側の人も、仲間への関心が劇的に高まる瞬間です。
HIP:あくまで仲良しという意味での関係性ではなく、切磋琢磨し合える関係性作りですね。
北野:そうです。刺激し合ったり認め合った仲間、チャンピオンになった仲間が、QBハウスの価値感を情熱的に語れる状態になっていたら、たとえ厳しい環境に陥ったとしても、チームとして廃れることはないと思うんです。でも、実はこの試み、最初は反対されたんですけどね。
HIP:そうだったんですか?
北野:新しい取り組みは基本的に最初は反対されますよね。そういったときは、小さな規模からまずは始めます。焦らないことが大切です。あと、現場のスタイリストと相談しながら、そして少しずつ流れを作っていく。やらされ感の中では長続きしませんから。
HIP:相談ですか。
北野:「こういうことを始めようと思うんだけどどう思う?」って相談するんです。こちらから相談すると、みんなもいろいろ意見を出してくれますから。ただ待っているだけだとなかなか社長に意見なんて言えないですからね。人の上に立てば立つほど、相談していくことが大切だと思います。情熱で引っ張る場面も必要ですが、相談も必要。いずれにしても、大切なことは仲間を「巻き込む」ことです。
海外の店舗が、一斉になくなる事件が勃発
HIP:QBハウスと言えば、海外展開における成功企業というイメージがあります。そんなに簡単ではなかったんじゃないかと思うのですが……。
北野:ここまでの道のりはかなり大変でした。海外に展開していた20数店舗のフランチャイズ店舗が、ある日、すべてのお店の看板が全部別のブランドに変わってしまっていて。
HIP:全部ですか!
北野:はい、全部です。業態はまったく同じままで、看板だけ別のブランドにかけ変わってしまったんですね。私が入社したばかりのときに起きた出来事でしたが、「日本では考えられない」と強い衝撃を受けたことをはっきりと覚えています。その後、法廷で争いながら、出店攻勢をかけていきました。今度はフランチャイズではなく、自分たちがきちんと見られる直営店の形で出店し始めました。
HIP:徹底抗戦ですね。
北野:その通り。でもそれがうまくいかなかった。マーケティングをしっかり行う余裕もなく、家賃相場もわからない中で出店し、同時に海外での裁判にも非常にお金がかかりました。裁判での出費と直営店での赤字がどんどん積み上がっていきました。
HIP:かなり厳しい状況ですね。
北野:それから1年以上裁判と新規出店が続き、銀行からなんとか新規融資を受けながら資金を繰り回していました。まさに自転車操業です。社内では海外事業を継続するのか、撤退するのか、毎日喧々諤々の議論を重ねました。最終的には「裁判をもうやめて、赤字の直営店もすべて閉鎖して、力のある人材を海外に派遣し、最後にもう一度挽回にチャレンジしよう。これでダメだったら撤退。」となりました。
HIP:海外での再起を図ったんですね。再スタートはどのように行われたんですか?
北野:お金は底を尽きてしまっていたので、お金のかからない出店の仕方を模索しました。そこで投入されたのが「QBシェル型」という店舗です。カットに必要な空間を、1坪サイズにカプセル装置化したもので、搬送・組立・設置が簡単にできて、ちょっとしたスキマや小さなスペースにも展開できるというものです。もともと国内で展開するために開発されたものでしたが、国内規制の壁を越えられず日の目を見ずにお蔵入りとなっていたものです。
HIP:すごいアイデアですね!
北野:たとえ出店先で何か言われたとしても、約2時間で撤収できるんですよ。空港内コンコースや商業施設の廊下やデッドスペースなどに設置して、目立ちますので注目を集める効果もありました。お客さまを味方につけることができたら、デベロッパーの方々も味方してくれるようになるので、その後の店舗出店もしやすくなりました。
苦労したシンガポールでの人材育成
HIP:そして再び、どんどん海外でも広がっていたと。
北野:そうですね。でも、現地のスタイリストの人材育成が軌道に乗るまでは大変苦労しました。日本のスタイリストと違って、シンガポールのスタイリストは男性のスタイルであればバリカンでほとんど仕上げます。国内のQBハウスではベースはバリカンで作りますが、細かな仕上げはハサミを必ず使うと決めていて、おもてなしや仕上がりの心地よさを大切にしています。バリカンですべてを仕上げてしまうと技術者としては楽かもしれませんが、技術を高めていくという目標を持つことができません。メインの道具をバリカンからハサミへと変えてもらおうとしたのですが、現地スタッフは当初はかなり抵抗しました。
HIP:どのように向き合っていたんですか?
北野:ハサミ技術の奥深さを知ってもらうために、日本から敏腕のスタイリストを送り込んで、現地スタッフの教育を担当してもらいました。最初は嫌々研修に参加して壁にもたれて話を聞いていた人たちも、回を重ねるごとに前のめりになっていき、終わる頃には「次はいつ?」という声が大半を占めるようになりました。現地スタイリストは日々ハサミ技術が上達することで「楽しい」と感じ始め、日本人以上に真面目に勉強するようになるんです。誰かが上達し始めると、他の人も負けじと技術を習得するようになって切磋琢磨が始まる。毎年、各国でカットコンテストの予選会が開催されるのですが、惜しくも最終予選で敗退してしまったスタイリストが悔しくて泣き崩れている姿を見た時、まさに技術者魂が国境を越えたと感じた瞬間でした。
HIP:現地の人も技術者としての誇りを見出していったんですね。
北野:研修に本気で力を入れるようになって、シンガポールでは人が辞めなくなっていったんです。ここにいると成長できると思ってもらえるようになったんですね。
QBハウスの尽きない可能性
HIP:この先、キュービーネットとしてどのようなことに取り組まれていきますか?
北野:もっと多くの人のライフスタイルに歩み寄ってサービスを提供していきたく、高齢化社会における新たなニーズの高まりに応えて、介護施設等への訪問理美容事業も立ち上げています。また、QBハウスをより便利かつお手軽にご利用いただける機会を作るために様々な機能を搭載した「カットカルテ」というアプリを今年9月にリリースしました。海外についてもアジアの国々を始め欧米の国々にも「日本式のお手軽なサービス」を広めていきたく準備を進めています。制限ある環境の中でこそ深まる大切なものがあるということをここまでの歩みの中で実感していますので、これからもどんどん困難にチャレンジして進化を遂げていきたいですね。
北野さんが選ぶ、次回のHIP talkゲストは……?
HIP:では、次回のHIP talkのゲストを北野さんにご指名いただきたいのですが。
北野:取材前から質問いただいていたんで、考えていたんですけどね。注目している企業が多くて、1社に絞るのはものすごく難しかったです。東京ディズニーランドの運営をされているオリエンタルランドさんはやはりとても気になりますね。継栄力が群を抜いていると、訪れる度にそう感じています。つまり、継続して栄える力です。喜んで集まるお客様と従業員が増え続け、長期間にわたって栄え続けている本物のチームですね。また、国内外で飲食店、学習塾、介護事業などを営んでいるプランズの深見さん。自分たちとはやり方やスタンスも異なるけれど、とにかくエネルギーがすごい。若い経営者の中でも特に期待しています。
また、KUMONはサービス業の経営者にとって大変興味深い会社です。子どもの育て方、教え方のベストプラクティスをグローバルで共有するという地道な取り組みはなかなかできないことです。世界に「教育」というサービスを輸出し、世界展開の中で「質」を高めて進化する。グローバル展開の意義を実証しているKUMON社は、サービス業のみならずその他の業界の企業経営においても目標となっていると思います。
HIP:ありがとうございました!