INTERVIEW
遠山正道、林千晶が2017年に注目する人とは? 『HIP Fireside Chat』後編
遠山正道(株式会社スマイルズ 代表)/藤村龍至(建築家)/林千晶(株式会社ロフトワーク 代表取締役 / MITメディアラボ 所長補佐)/伊藤亜紗(美学研究者)

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2017.03.27

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メディア、アート、ビジネス、テクノロジーを牽引するトップランナーたちが今年チャレンジしたいこと

イベントの最後にはラップアップとして、登壇者それぞれが2017年にチャレンジしたいことを一言ずつ発表していった。

左から児玉太郎、佐々木紀彦、杉浦太一、津田大介、南條史生、若林恵、遠山正道、林千晶

児玉:約2年前にFacebook Japanを辞め、いまは海外の会社の日本進出をサポートする仕事をしようとしています。Facebookでの仕事も含めて、「インチとセンチの違い」によるコンバージョンの差というか、物差しを両方持つ必要のある状態が続いていました。せっかく手に入れたその物差しを使って、2017年は海外の会社のインチを日本のセンチに変換して、国内進出のお手伝いをしていこうと思っています。

佐々木:『日本3.0』という本を出版しました。日本の近代化のなかで、明治維新から敗戦までが1.0、敗戦から2020年あたりまでが2.0とすると、2020年に第3ステージが訪れるのではないかという主旨の本です。今日大室さんとお話させていただいた働き方改革も含め、今後大変化が起こっていくと思います。NewsPicksでも「日本3.0」的なことをやっている方々をどんどん取り上げて、「本当に時代が変わるんだ」といった空気を作っていきたいと思います。

「日本3.0」と掲げた佐々木氏

杉浦:トークでも申し上げたように、CINRAでは「HereNow(ヒアナウ)」という旅のメディアをやっていますが、今年はより一層これに力を入れていきたいと思っています。今日の話でも「情報の分断」といった話題が多く出ていました。情報の最適化が進んでいくと、誰かと誰かが知っている情報がまるで変わり、そこの交差が起きづらい情報環境になっていきます。

でも、旅行に出かけると当然のように想定外のことが起こったり、ローカルの人と話をすることで自分の視野が広がっていくこともあります。現代において、旅行は自分の想像力や知恵を広げられるチャンスだと思っているので、今年はそこに力を入れたいです。

津田:意識の高い御三方に比べて、ぼくは「節酒」です。意識が低い感じの目標ですいません(笑)。365日ほとんど毎日飲んでいるのですが、健康とコミュニケーションコストを考えたときに、酒はそんなに重要ではないと気づいたんです。一方で、2016年は日本に限らず世界にとってもメディアにさまざまな問題が突きつけられた年でした。ネットにおいてお金の儲けのためにモラルを持たずにやっている人たちに、どのように対抗していけばいいのか。そこで新しいことをやっていくためにはインプットの質が「飲み」以外で必要だろうと思うんです。4月から早稲田大学で教員になることが決まったのですが、あらためて「ネット時代の表現の自由」とは何かを学び直そうと思います。

南條:『ブラウン博士の脳』という有名なSF小説があります。無数の電極につながった脳に、正確に刺激を与えれば、脳は生きていると思いこむという未来の人間観を描写した作品で、映画『マトリックス』のもとにもなっています。ここで言いたいのは、その脳はビーカーの外側に広がっている本当の現実が何かということはわからないということです。この話はメディア論や表現の問題にも通底しています。人はなんとなく現実を認識したつもりでいますが、実際にはメディアを通してしか何かを認識することができません。

先日、森美術館で『宇宙と芸術展』という展覧会をやりました。最近ブラックホールやダークマターが取り沙汰されていますが、あれは空間の歪みだということになっていて、あの向こう側に別の宇宙があるというんですね。つまり宇宙は1つではない可能性がある。ということで話をまとめると、私の今年の課題は「地に足が近づくように生きる」つまり「現実(リアル)に近づく」ということです。

若林:今年はちょっとアートっぽいことをやりたいと思っています。イベントでも申し上げたように、表現域をいかに拡張していくかがメディアにとっては重要だと思うんです。紙にしてもウェブにしても、ブレイクスルーが技術によってもたらされると、ぼくは信じていません。どちらかといえば、編集する側の「やり方」みたいなものを更新しなければいけないのではないかと強く思っています。そのためには根本的なスキルが必要になるので、まずは若いライターを育てていくことが一つ。

それと同時に、未だに開発されていない表現域を考え直す必要があります。アートというものが妥当なのかはわかりませんが、もうちょっと違う領域に踏み込んでいく。先ほど紹介した小原さんの作品はジャーナリズム、アート、社会学的なリサーチみたいなものがクロスする場所に立っています。こうしたものが何を伝えられるのかを実験的に試していければと。

「アート」と掲げた若林氏

遠山:われわれスマイルズは、企業でありながら一昨年は『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』、昨年は『瀬戸内国際芸術祭』でアーティストとして作品を出しました。たまたま3日前に、飲みながらある作家の悩みを聞いていたんです。主にインスタレーション系の作品をこれまで20年近くやってきたけど、とにかくお金が出ていくばかりだし、そもそも社会性がなさすぎるので、就職してからやれば良かったと悔いているんです。

この話には、アーティストも食べられないといけないということが大前提にあるわけですが、昨年われわれは作品であり、ホテルでもある『檸檬ホテル』(2016年)というものを作りました。ホテルで収益を上げることで継続していける作品。21世紀は文化や価値の時代だとすれば、アートはその最たるものだと思います。それを体現していくために、「自立するアートを作家として」という目標を掲げました。

:イタリアで、とある絵を目にしました。全知全能の神ゼウスも、戦いの神も、ナルシストの語源になったナルッキソスも描かれていて、隣で自害している英雄もいるなか、花の神フローラがそれをものともせず、幸せそうに花を蒔く大きな絵でした。それを見たときに、花を蒔くという役割を担った人間は、死にゆく人が近くにいたとしても、やるべきことをするべきなんだと感じたんです。そして、「ああ、私はそれがやりたいな」と思いました。つまり、人には人それぞれの役割があるということです。

30年前の『天声人語』を読んでみても、まるで今年かのように「いまの社会は大変だ」と書いてある。もしかしたらこれは500年前も変わっていなくて、いつでも大小さまざまな争いごとはあるし、ナルシストはいるし、花を蒔く人がいる。そしてどんなに大変なときでも、春は来るんです。だから今年はどんなことが起ころうと、私は花を蒔き続けたいと思いました。

「フローラ」と掲げた林氏

「未来をつくる志のある人」が集まり、イノベーション創造のプラットフォームとなることを目指すHIP。その新年会にふさわしく、スポーツ、医療、農業、社会問題、建築、アート、ジャーナリズムなど、幅広いジャンルでトップランナーとして活躍する人々が集結した今回のイベント。

まったく違う領域で活動をする登壇者たちだが、イベントでは各者が共通認識として、「分断」をキーワードとして念頭に置いていたように思う。上司と部下という世代間の価値観の違いに起因するメンタル不調、地方と都市のIT格差、成熟社会ならではのシングルイシューの不在、ウェブに欠ける正しいコンテンツ形式、多様性の意味。軸足こそ違えど、対峙する問題の根っこは軌を一にする。「『現実(リアル)』に近づくためにはどうすればいいのか」、2017年は各人が各人の方法でこの問いに答えを求められていく。

Profile

プロフィール

遠山正道(株式会社スマイルズ 代表)

1962年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、1985年三菱商事株式会社入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、「giraffe」、「PASS THE BATON」「100本のスプーン」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。

藤村龍至(建築家)

1976年生まれ。2008年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2005年より藤村龍至建築設計事務所(現RFA)主宰。2010年より東洋大学専任講師。2016年より東京藝術大学准教授。建築設計やその教育、批評に加え、公共施設の老朽化と財政問題を背景とした住民参加型のシティマネジメントや、日本列島の将来像の提言など、広く社会に開かれたプロジェクトも展開している。

林千晶(株式会社ロフトワーク 代表取締役 / MITメディアラボ 所長補佐)

1971年生まれ。2000年にロフトワークを起業。ウェブデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティーデザイン、空間デザインなど、ロフトワークが手がけるプロジェクトは年間530件を超える。2015年4月、「株式会社飛騨の森でクマは踊る」を設立、代表取締役社長に就任。

伊藤亜紗(美学研究者)

1979年生まれ。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。2010年に東京大学大学院博士課程を単位取得退学。同年、博士号を取得(文学)。日本学術振興会特別研究員などを経て、東京工業大学准教授に就任。美学、現代アートを専門分野とする。

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