林千晶(ロフトワーク)×伊藤亜紗(美学研究者) 健常者と障害者、本当の「多様性」とは
ファイヤーサイド・チャットの最後に登壇したのはロフトワーク代表・林千晶氏。ベストセラー『目の見えない人は世界をどう見ているのか』で知られる、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授・伊藤亜紗氏がゲストで招かれた。生物、アート、福祉と枠にとらわれないフィールドで研究を行う伊藤氏の独特の視点に、一見かけ離れたもの同士が一緒になるかのような感覚を覚えると林氏は言う。
伊藤:まったく異なるものをくっつけてしまう人というのは、本人にその自覚がないことが多いんです。私自身も生物、アート、福祉と、かけ離れたものをつなげていると言われますが、もともとの興味は一つしかないつもりですし、性格も頑固なほうだと思います。だからこそ、興味の対象が複数のジャンルをまたいだとき、結果的にそれらを一緒にしてしまうんでしょう。
私は昆虫大好き少女で、生物学者を目指して大学は理系に進みました。そこで考えたのは、「昆虫はどうやって世界を認識して、見ているのか」といった抽象的なこと。その疑問を解くには理系の学問は細分化されすぎていると感じ、文系に転部しました。そこで美学という哲学的な学問を専攻しながら、昆虫の認識している世界を理解しようと思ったんです。そのあと、昆虫ではなく同じ人間で、自分とは違う身体性を持つ、障害者の方が世界をどう認識しているのかを研究することにしました。
林:健常者である亜紗さんは目の見えない人の研究をしていますが、コミュニケーションをするうえで、彼らに伝えられないものにはなにがあるでしょうか。たとえば、伝えるのが難しい色を気持ちで教えるといったアプローチもあります。いくつか実例を教えていただけますか?
伊藤:目が見えない人と関わっていると、すべてが違うことに気づかされます。たとえば、何かを食べるという行為自体も、見える人と見えない人でまったく異なるんです。私たちは食べる前に視覚を使って、「だいたいこんな感じ」とわかったうえで食べていますが、目が見えない人の場合は口に入れたところから食べることが始まります。ある知人の全盲の方は、口にモノを入れたら一度それを噛む前にクルッと回転させて、形を確かめてから食べるそうです。口のなかはその人にとって究極のパーソナル空間なので、「どうやって食べているか」を話し合ってみると、人それぞれ相当違うんです。
林:いま、さまざまなところで多様性が語られています。そういったなかで「障害者は健常者が助けるべき人たち」といった見方で関係性を固定させがちです。でも亜紗さんの話を聞いていると、彼らは単に異なる視点で世界やモノを見ている人たちなのだと気づかされます。逆に言うと、私たち自身も見えていないモノがたくさんあって、わかったつもりでわかっていないものがいっぱいある。そのことを意識し始めると、気づかなかったことがわかったり、意識が拡張するような気がしました。
伊藤:私は、基本的に障害がある人だからといって、特別なサポートをしません。4本足の椅子と、3本足の椅子を思い浮かべてみてください。障害のある人が3本足だとすると、3本足でも立っているのだから、どうやって立っているのかを聞いたほうがいい話が聞けるし、面白い。
たしかに多様性は流行っている言葉ですが、障害者の方と話していると、自分たちにも多様性があると気づくことが多々あります。そもそも健常者の側が、多様性という視点で障害者に接することが変なんです。
健常者も「(障害者に対して)こうでなければいけない」といったプレッシャーは強いと思うのですが、じつは自分も多様性のなかの1つにすぎないと思えれば楽になれるはずです。多様性という名のもとにたくさんの点があり、そのなかに自分も1つの点として存在し、またそこに障害者の方もいるかもしれない。そういう関係性が自然なのではないかと思います。