21世紀型の教育が遅れている日本の現状を、ベネッセ×リクルートの担当者が語る―「HIP Conference vol.3」イベントレポート(1)
藤井雅徳(株式会社ベネッセコーポレーション 学校カンパニー グローバル事業ユニット長) / 小宮山利恵子(リクルート次世代教育研究院 院長 / 東洋経済オンラインライター)
2016.05.26

HIPとビジネス系ニュースアプリ「NewsPicks」のコラボレーションイベント『HIP Conference』。第1回「モータリゼーション2.0×都市」、第2回「消費×ビッグデータ×センス」に続いて、第3回のテーマは「教育」。

優れた教育が揃っている都市には、魅力的な人々が集う。そして、集まった人々が都市を創り出していく。この先、東京がイノベーティブシティになるためには「教育」への注力が必要不可欠だ。

第3回HIP Conferenceの最初のセッションのテーマは「教育ビジネスイノベーション」。ゲストは、株式会社ベネッセコーポレーション 学校カンパニー グローバル事業ユニット長の藤井雅徳氏と、リクルート次世代教育研究院 院長 / 東洋経済オンラインライターの小宮山利恵子氏。モデレーターは、株式会社ロフトワーク代表取締役 / MITメディアラボ所長補佐の林千晶氏が務めた。

取材・文:HIP編集部 写真:御厨慎一郎

日本や途上国に広がる教育環境格差をテクノロジーで解決したい

セッションは、株式会社ベネッセ―コーポレーション 学校カンパニー グローバル事業ユニット長の藤井雅徳氏のプレゼンテーションからスタート。学校カンパニーでは、教育が抱える課題をどう解決していくかに日々取り組んでおり、藤井氏が抱えているプロジェクトの数は39を超えるという。プレゼンテーション内では、学校カンパニーで行っているという学力のアセスメント(測定)やアダプティブラーニング(適応学習)、グローバルエリートの育成、世界の大学ランキングにおける日本の存在感の低下などのテーマについて触れられた。

藤井雅徳氏(株式会社ベネッセコーポレーション 学校カンパニー グローバル事業ユニット長)

続いて、リクルート次世代教育研究院の小宮山利恵子氏が登壇。小宮山氏のキャリアは国会議員秘書から始まり、その後ベネッセ、グリーを経て、リクルートマーケティングパートナーズに入社。これまでのキャリアでは、一貫して教育現場の状況を踏まえた活動に取り組んできた。

そんな彼女が力を入れているのが、リクルートの新たなシンクタンク「次世代教育研究院」の院長としての活動だ。ビッグデータを用いたアダプティブラーニングの研究を、人工知能やデータマイニング分野の研究で知られる東京大学松尾研究室と共同で行っている。

また、2016年2月にはリクルートが展開しているオンライン教育コンテンツ「受験サプリ」「勉強サプリ」を「スタディサプリ」に統一。このコンテンツが経済的・地理的格差が生む教育格差をなくす目的を持つことから、子どもの貧困によって生じる、子どもの教育環境格差についての研究も行っている。さらに、インドネシアやフィリピンなどの途上国に向けて「Quipper」というオンライン学習サービスの展開も行っている。

小宮山利恵子氏(リクルート次世代教育研究院 院長 / 東洋経済オンラインライター)

これから必要なのは、正解のない問題に対して納得できる解を出す「情報編集力」

二人のプレゼンテーションが終了した後は、モデレーターの林千晶氏が両者に質問を投げかけていった。

「お二人から日本の教育に関して、いろいろなお話を伺いました。今、世界における日本の教育状況は一体どのようになっているのでしょうか。」

藤井「学力を身につけるという点で、日本の学校の教育力は世界的に見てもかなり高いと思います。北海道から沖縄まで、日本全国で学力を身につけるシステムが構築されている。世界では、都市部や特別な地域だけでしか実現できておらず、全国で実現できているのは日本だけです。」

「日本の教育について、ネガティブな報道なども行われますが、格差をなくすという点では世界でも評価されているんですね。小宮山さん、日本の教育の可能性についてはどうお考えですか?」

小宮山「藤井さんがおっしゃっていた通り、基礎学力という面では日本は各国から尊敬の目で見られています。PISA(経済協力開発機構が行っている学習到達度調査)の結果も数的処理などは得点が高いですね。掃除や給食といった道徳教育も評価されています。」

藤井「日本は、生活指導、生徒指導といった態度(しつけ)教育も優れていると言われていますね。」

小宮山「一方で、21世紀型のスキルを身につけるという点ではまだまだ課題があると考えられます。たとえば、日本では『解』は1つであるという教育がスタンダードでしたが、海外では『解』は人の数だけあると教わります。高度経済成長期には、同じ能力を求められることが多かったので解が1つというのは時代の要請に適っていました。しかし、現在は状況が変わりつつあります。文部科学省は、アクティブラーニング型学習を授業に取り入れるよう提唱しています。アクティブラーニングは、課題の発見と解決に向けて生徒が主体的・協働的に学ぶ学習方法の一つです。いくつもの教科を合わせて考えることで、より複眼的な思考ができるようにもなり、またそこにスマホやタブレットなどのICTを用いることで、生徒の主体性を現出できる可能性もあります。現に、アクティブラーニングでICTを取り入れている学校の先生から、『普段はあまり自分の考えをみんなの前で表現することが苦手だった生徒も、ICTを通じて積極的に行うようになった』との話もありました。」

「この先、人工知能が登場して様々なことをコンピュータが処理してくれるようになると、今ある職業がほとんどなくなると言われています。いろんなことを覚えなくてよくなるので、探す力や工夫する力など、新しい力がこれからの時代に必要になると考えられます。そうなると、今、日本の強みだとされている基礎学力などは、どう捉えるべきなのでしょうか。」

小宮山「歴史的な出来事が起きた年数など、細い数字を覚えることだけに価値があるのかは考えないといけません。例えば、1192年。『いい国つくろう鎌倉幕府』ということで覚えた方が多いと思いますが、その端数の年まで覚える必要があるかということです。歴史の流れとして『12世紀末に鎌倉幕府が成立した』で足りるかもしれません。これ以外でも、重箱の隅を突くような試験問題は必要なのかという議論もあります。これまでは、授業で教わることを知識として詰め込み、受け取った情報を自分の頭の中に格納していく学習が主でした。これによって、『正解』を早く正確に出す『情報処理力』が身についていました。これからの時代は、杉並区立和田中学校の元校長先生で、現在は奈良市立一条高校の校長をされている藤原和博さんがおっしゃっている通り、正解のない問題に対しても、要素を組み合わせて納得できる解を作り出す『情報編集力』が必要です。」

ビッグデータと人工知能を活用し、学習内容を個人に合わせてレコメンドできる時代へ

「教育が変わらなくてはならないと言われている背景には、ICT(情報通信技術)の導入をはじめ、大きな環境変化があると思われます。世界ではどんな学習が登場していて、今後どのように教育が変わっていくのでしょうか。」

藤井「今、学習手段として普及しているのが映像です。これから必要なのは、映像をいかにアダプティブにし、個人の学習者に合わせてレコメンドできるかどうかだと考えています。成績が低い子は、メタ認知能力が低い傾向があるため、何を勉強したらいいのかがわかりません。そういった子どもの学力を引き上げるためには、課題を与えて学ぶ姿勢と成長している実感を身につけさせてあげることが必要になります。」

「個人に合わせて学習内容をレコメンドするというのは、現在どの程度の精度で可能なのでしょうか?」

小宮山「『受験サプリ』でいうと、始まったのが2011年なのでデータはかなり蓄積されていますが、まだまだ研究の段階にあります。もともと松尾研との共同研究は、最初は教育分野ではなく、結婚分野からスタートしていました。式場やドレス、アクセサリーの選び方をマッチングに活用するために、ビッグデータの研究を行っていたのですが、これは教育でも応用できるのでは、ということで教育事業でも研究をスタートしました。」

藤井「レコメンド部分の仕組みって、アートなんです。センスある設計が作れるかどうかが重要で、非常に難しい領域です。私は世界的に見ても、まだアダプティブラーニングを実現できている企業はないと思っています。ベネッセは1000万人の受験者データを全部持っていますから、これを解析して精度を上げていきます。」

「人工知能が進歩していって、色んなサービスに用いられるようになると、どこの人工知能がより優れているのかという競争になってきませんか?」

藤井「そうなっていくでしょうね。」

「そのとき、競争が起こるのは国内だけじゃないですよね。各国が開発している人工知能も、評価の仕方やレコメンドの仕方に違いが出てきそうですが、そのあたりは現在どんな議論が行われているんでしょうか?」

小宮山「人工知能領域全体では、2045年のシンギュラリティについての話が出ていますよね。人工知能が人間の能力を超えてしまうとき、倫理的にどうしていくかなどが議論されています。ただ、教育の分野では、まだそこまで話されていないんですね。まだアダプティブラーニングを用いてどう学習を効率化させるか話している段階です。そもそも、『アダプティブラーニング』という言葉さえも、人によって定義が異なっている状況です。」

「アダプティブラーニングの技術が向上していくことによって、全体の学力がボトムアップするということですね。」

藤井「そうですね。高校生って、みんなスマホを持っていると思うじゃないですか。持っている人はたしかに多いのですが、意外と定額で使っている高校生はそんなにいない上に、放課後にPCが使える場所も多くないので、実はなかなかサービスを利用できる環境もないんです。『広がっているだろう』という肌感があっても、現場の空気はかなり違うこともあります。企業である限り投資に対するリターンも見なければなりませんから、見極めが難しい時代ではありますね。」

ビジネスとして教育を考える場合、投資のタイミングの見極めが肝心

「教育ビジネスイノベーション」のセッションでは、日本の教育環境の良い面と悪い面、テクノロジーの進歩などによって教育にどのような変化が訪れているのかがバランスよく語られた。

日本の教育の強みは、全国で見ても平均の学力が高いことにある。「アプリやゲームなどのテクノロジーで教育格差をなくす」という日本の教育が誇る価値を、途上国など世界に広めることができそうだ。

一方で、才能ある人材を育てていく環境として、日本はまだまだ改善の余地があるようだ。こちらはアクティブラーニング技術の進化や、グローバルな教育環境への適応によって、改善されていくことに期待したい。

ビジネスとして教育を考える場合、どうしても投資に対するリターンが必要になる。テクノロジーの進歩によって、様々なことが期待されるようになってきているが、それが実用化・一般化に至るのはどのタイミングになるのか。藤井氏がセッションの最後に語ったように、投資のタイミングを見極めることが肝心だ。

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