電線や光ファイバなど、BtoBのハードウェアサプライヤーとして100年以上の歴史を持つフジクラが、未来へ向けた新たな指針を打ち出している。
2017年に策定された「2030年ビジョン」で掲げたのは、現業にとらわれない新規事業へのチャレンジ。国内外に新たな拠点を設け、武器である「自前主義」ではなく、オープンイノベーションによる社会課題の解決を模索している。
手堅い現業を持つ老舗企業が、なぜ未経験のオープンイノベーションへと舵を切ったのか。そして「自前主義」の強い企業体質と、どう向き合っているのか。リアルな現在地を、国内外拠点のリーダー、今井隆之氏(シリコンバレーオフィス 所長)と平船さやか氏(つなぐみらいイノベーション推進室 室長)にうかがった。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:朝山啓司
「自前主義」の根強い老舗企業。イノベーティブな文化を持ち込むこともミッションのうち
HIP編集部(以下、HIP):今井さんはシリコンバレーオフィス、平船さんは「つなぐみらいイノベーション推進室」のリーダーを務めていらっしゃいます。まずはそれぞれの組織がどのような活動を行っているか、教えていただけますか?
今井隆之氏(以下、今井):シリコンバレーオフィスは、フジクラのオープンイノベーション拠点です。イベントでの情報収集や現地スタートアップとのマッチング活動、アクセラレータープログラムの運営などを通じてオープンイノベーションのタネを探しながら、自分たちでも新規事業開発に取り組んでいます。
当初はシリコンバレーに駐在する案もあったのですが、現地の知見を国内で受け取る体制が整っていないこともあり、私が出張ベースで通っています。
平船さやか氏(以下、平船):国内拠点の「つなぐみらいイノベーション推進室」は、シリコンバレーで得た知見やパートナー企業の情報をフジクラ本社に還元する役割が求められています。自力で新規事業の創出を目指すほか、フジクラの各カンパニーにも新規事業をつくる部署がありますから、彼らのサポートも私たちの役目ですね。
HIP:フジクラ自体をイノベーティブな企業に変革し、社員にそのマインドを醸成する役割もあるのでしょうか?
平船:もちろん、それも私たちの重要なミッションです。100年以上ものあいだ「自前主義」でやってきた私たちですが、まるで考え方が異なるスタートアップ企業と接することで触発されることは多いはず。それをどんどん社内に共有し、イノベーティブな文化をつくりたいと考えています。
今井:じつは私自身も、以前はスタートアップがどういうマインドで活動しているのか、根本的にはわかっていませんでした。シリコンバレーのスタートアップと会い始めた当初は、私のなかで、起業家の方々へのコンプレックスと意味のない大企業ゆえの優越感が交錯し、彼らとの会話もかなりぎこちなかったと思います。
しかし、コミュニケーションを重ねるうちに、彼らの事業に取り組む姿勢や「社会課題を解決するんだ!」という強い情熱に共感し、同じ目線で話ができるようになりました。
ですから、社員がそうした情熱にふれて、意識を変化させられるような機会をどんどん増やしていきたいと考えています。2018年には、新たなイノベーション拠点として「BRIDGE Fujikura Innovation Hub」を開設しました。この場所を活かして、活動の輪を広げていきたいです。
HIP:「BRIDGE」にはどんな人が集まるのでしょうか?
平船:具体的なプロジェクトが動いていなくとも、「何かご一緒できそうだな」と感じた企業さんにはIDをお渡しし、いつでも自由にお越しいただけるようにしています。お互いに考えていることや、注目している社会課題などを共有することで、協業につながることもありますから。
フジクラの本社からも近いので、「BRIDGE」へ来て仕事をする社員もいますね。スタートアップの方と話をしたり、パートナー企業が主催するワークショップに参加してもらったりすることで、社員にも刺激を与えられる場所にしていきたいと考えています。
HIP:新規事業やオープンイノベーションにかける意気込みが伝わってきます。
平船:そうですね。「BRIDGE」のような場所をつくることが社内外に対する決意表明となり、インパクトを示せたと思います。「オープンイノベーションに取り組みます」と言いながらスタートアップをごく普通の会議室に招くのと、こうした場所に招くのとでは、相手方の受け取り方も大きく変わるでしょう。「BRIDGE」ができたことで、私たちのやろうとしていることが伝わりやすくなったと感じています。
どんな事業も永遠には続かず、危うくなってから新規事業をつくるのでは遅い
HIP:そもそも、フジクラがオープンイノベーションに取り組もうとしたきっかけは何だったのですか?
今井:きっかけは、2017年に策定した長期計画「2030年ビジョン」です。私はその策定に向けた専任部署で、責任者を務めていました。
フジクラの事業構造はハードウェア主体で、メガ顧客向けの大量生産・大量消費がベースです。一方、「2030年ビジョン」策定に着手し始めた2014年ごろには、「モノづくりからコトづくりへ」といったビジネスモデルの変化が、社内でようやくちらほらと叫ばれ始めていた。
今井:実際、ビジョン策定のために社外で調査をしたところ、世界がすさまじい勢いで変革していることを体感しました。いまとなっては当たり前にいわれていますが、「デジタルトランスフォーメーション」や「ユーザーエクスペリエンス」、「シェアリング」といった新しいビジネスの概念が飛び交っていたんですね。私たちの事業が、そういった言葉から縁遠いところにいることを痛感しました。
そうした動きを見て、私たちも持続可能な新規事業を生み出す必要があると考えました。そして「挑戦するからには小手先ではなく構造的に変えよう」という決意をこめて、「2030年ビジョン」を策定したのです。
HIP:「2030年ビジョン」では、どんなミッションを掲げているのですか?
今井:端的にいうと、「みずから社会課題を解決していこう」ということです。これまではBtoBでクライアント企業に製品を提供し、クライアント企業を通じて間接的に社会課題の解決に関わってきました。その構造を変え、能動的に社会に影響を与えて、企業価値をより高めていこうということですね。
HIP:その第一歩として、専任部署を設けられたのですね。
今井:はい。私から経営層に掛け合い、シリコンバレーオフィスと「つなぐみらいイノベーション推進室」の設立が実現しました。
HIP:現業のインフラ事業は手堅く、光ファイバの接続に不可欠な「融着機」では世界的にもトップシェアを占めています。それでもなお、ビジネスモデルの変革が必要だったのでしょうか?
平船:おかげさまで高いシェアを占めているとはいえ、どんな事業も永遠に続くわけではありません。フジクラは1910年の創業以降、電線や光ファイバなどの製造事業を長く手がけてきましたが、やがて「次の事業」が必要になることは明白です。現状はまだ業績が危ういわけではありませんが、本当に危うくなってから新規事業をつくるのでは遅い。そういった危機感は、経営陣も抱いていたのではないかと思います。
あえて現業とのシナジーは求めない。未知の領域に挑むためのオープンイノベーション
HIP:解決すべき社会課題は、どのような領域を想定していますか。
今井:とくに注力したい分野を、4つに定めました。それがAdvanced Communication(高度情報化社会への貢献)、Energy & Industry(多様なエネルギーの活用と効率的なマネジメント)、Life-Assistance(クオリティー・オブ・ライフの向上)、Vehicle(次世代モビリティ社会への貢献)です。
これらは一見フジクラの現業とは結びつきませんが、それでも構いません。「結果的に現業とつながればいい」という考え方のもと、むしろ、これまでフジクラがタッチしてこなかった新しい価値の創造を意識しています。
HIP:その手段として、オープンイノベーションにチャレンジすることになったのですね。
平船:フジクラはみずから技術を開発し、拠りどころとしてきた歴史から、「自前主義」が根づいている会社です。それはフジクラの強い武器ではありますが、未知の領域に挑むためには、やはりスタートアップも含めた新しいパートナーの存在も不可欠でしょう。そこで、オープンイノベーションを取り入れることにしました。