新規事業としても社会問題の解決策としてもインパクトを残したい
HIP:具体的には、EUPとICFGの技術を今後どのように社会へ実装していくのでしょうか?
栴檀:EUPはすでに昭和電工さんに実用化いただいていますが、今後はこれを世界に展開していきます。2020年に化学プラント建設大手の日揮グローバルさんとライセンス契約を結び、EUPの技術供与を行なっています。これからは日揮さんを技術的にサポートしながら、国内外に広げていきたいと考えています。
井原:ICFGはまだ実用化されていませんが、さまざまなゴミを処理でき、かつ取り出せる化学物質の種類も多いため、多様なニーズに応えることができる技術です。
しかし、汎用性が高いからこそ、フォーカスするポイントを慎重に見極めていく必要があります。最初にどんなイメージやインパクトを残すかがとても大事ですが、見極めを誤ってしまうとできることとやりたいことのギャップが大きくなり、それを埋めるための過剰な設備になりかねません。CO2の排出抑制という本質的な価値と事業性の両立という視点を保ち、社会から「この技術はやっぱり使えそうだ」「ここにも使えそうだ」と認知されるように進めていきたいですね。
HIP:現時点では、やはり「廃プラスチック」がターゲットになるのでしょうか?
井原:そうですね。社会への貢献という意味でも、事業のインパクトという点でも、まずはそこがターゲットになると思います。日本では年間820万トン強のプラスチックが排出されていますが、世界全体では億を優に超える廃プラスチックが排出されていますから。
HIP:たしかに、その多くがケミカルリサイクルに置き換われば、大きなインパクトになります。その実現に向けて、まずはなにから始めるべきでしょうか?
栴檀:やはり、業界全体が連携して循環の輪をつくっていくことだと思います。プラスチックの業界は関わっている企業や団体が多いため、個々がバラバラに取り組んでもリサイクルの輪は生まれません。私たちの技術も、EUPやICFGで取り出した化学物質を積極的に使ってくれる人がいて、初めて成り立つわけです。
プラスチックによる海洋汚染など、プラスチックごみ問題への関心が高まり、ケミカルリサイクルを促進する議論は加速すると思いますが、実現させるための核となる技術が社会的に確立していない状況です。一刻も早くICFGによるケミカルリサイクル技術を確立して、環境問題の解決策の1つとして社会に示して行きたいと考えています。
私たちの希望としては、プラスチックの原料や製品を製造する企業で、使命感を持って本気でプラスチックの資源循環を目指している企業の方に広くICFGを知っていただきたいです。そして、一緒にケミカルリサイクルの実現を目指すパートナーとしてつながることが大事だと考えています。いろいろな企業の方とお話させていただく際は、私たちのやりたいことを伝えるより、各企業の脱炭素や資源循環に関する取り組みなどからうかがうことに重点を置いていますね。
大規模プロジェクトでは多くの人と関わることが大事。ARCHで得られた刺激とは
HIP:多くの新規事業は、会社にとって次の事業の基盤になるような新しい商品やサービスを生み出すことが期待されていて、スピード感も求められます。ですが、このプロジェクトは規模が大きく、実装まで長期間に及ぶだけに大変なことも多そうですね。
井原:そうですね。規模が大きいだけに慎重になることも大事だと思います。また、イノベーションを起こしたいと思っている反面、正直、私たち自身も社会全体としてなにが本当に正しいことなのか見極めが難しかったりもします。
たとえば、EUPやICFGはほかの事業と比較してもバリューチェーンが長い。こうしたプロジェクトは川上側や川下側、どちらかの意見だけを聞いて進めていくと、業界や社会をミスリードしてしまいかねません。バリューチェーンを全体的に見て、プラスチック製品のエンドユーザーである一般消費者も気づかないうちに資源循環の輪に加わっているような社会が築けるかを考えることが重要です。
栴檀:カーボンニュートラルは、業界はもちろんのこと、地球で生活する皆が取り組むべき課題です。大規模なプロジェクトだからこそ、多くの人に関心を持っていただくために、バリューチェーンのなかのさまざまな立場の方とコミュニケーションをとり、事業をブラッシュアップしていく必要があると思います。
そういう意味では、さまざまな大企業の新規事業担当者の方と交流できるインキュベーションセンター「ARCH」に入居していることもプラスに働いています。ケミカルリサイクルだけでなく、物から物へ再利用する「マテリアルリサイクル」、廃棄物からエネルギーをつくる「サーマルリカバリー」のあり方も含め、ARCHで多くのヒントをいただきながら資源循環のかたちを模索していけたらと考えています。
HIP:最後に、今後の展望をお聞かせください。
井原:新規事業って、最初から100点満点の答えは出ないと思うんです。途中で何かしらのバグが出て、それを改善することでバージョンを上げていくものですよね。それは環境事業でも同じことです。今後も多様なパートナーのさまざまな考え方を聞き、ときに課題を乗り越えながらやっていくことで、EUPやICFGの技術もどんどん向上させていきたいと考えています。
栴檀:荏原グループは2030年に向けて「E-Vision2030」という長期ビジョンを策定しています。そのなかで、10年後までに「CO2約1億トン相当の温室効果ガスの削減」という目標を掲げています。EUPやICFGを、その目標達成に向けた重要な事業として育てていきたいと考えています。
現在も、複数の企業と会話を進めていて、なかにはかなり具体的な議論をしている案件もあります。今後は少なくとも2030年までにはICFGを商用規模に乗せ、年間数万トン規模のプラスチックを処理できるケミカルリサイクル施設を誕生させたいですね。