INTERVIEW
サントリーからスタートアップへ。大手を飛び出し、抹茶に賭けたCuzen Matchaの挑戦
塚田英次郎(World Matcha株式会社 Founder & CEO)

INFORMATION

2024.11.15
取材・執筆:多田慎介 撮影:大西陽 編集:多田慎介、川谷恭平(CINRA)

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大企業で新規事業部門へ配属されたとしても、本気で取り組めるテーマに出会えるかどうかはわからない。なかには「やるべきことが見つからない」と悩む人もいるかもしれない。

そんな人に知ってほしいのが、サントリーを飛び出し、抹茶の魅力を伝える事業に人生をかけて挑む、塚田英次郎さんの歩みだ。「Gokuri」をはじめ、数々のヒット商品を生み出した会社員時代の栄光と挫折を経て、挽きたての抹茶をボタン一つで楽しめるマシン「Cuzen Matcha」(空禅抹茶)を開発。抹茶の健康価値への注目が高まるアメリカに市場を見出し、起業当初からグローバルでの勝負に打って出た。

塚田さんは、どのようにして全力を捧げる事業領域を見出したのか。

「CUZEN MATCHA」(業務用モデル)。デザインはサンフランシスコ在住のプロダクトデザイナー・枝廣ナオヤ氏が担当。家庭用のモデルは2021年にグッドデザイン賞を受賞した

スモールスタートから大ヒットへ。サントリー時代の挑戦と成功

HIP編集部
(以下、HIP)
現在、塚田さんはWorld Matchaの代表を努めていますが、サントリー時代はどのようにキャリアを積んでいたのですか。
塚田英次郎氏
(以下、塚田)

自由に動き、自分で道を見つけながら進む会社員でしたね。

私が入社した1998年当時、清涼飲料水カテゴリーの市場が活性化していて、続々と新商品が生まれていました。サントリーは酒類が強みでしたが、清涼飲料水は若者をメインターゲットにしており、新商品の開発は若手に任される風土があったんです。

World Matcha代表取締役の塚田英次郎氏
HIP
特に印象深い仕事を教えてください。
塚田

果実食物繊維入り果汁飲料「Gokuri」の開発です。これは、従来とは異なる広い飲み口の缶を採用した商品。容器自体が新開発だったのですが、社内では「新しい容器を試すなら既存の人気ブランドで展開すべきではないか」という声があり、容器の供給能力への懸念もあったことから、当初はなかなかGOサインが出ませんでした。

でも、私はマーケティングの経験から売れる自信がありました。広い飲み口の缶で果実食物繊維を味わい、果実まるごとのおいしさを実感できる。この従来の清涼飲料にはない価値を証明したいと上司に食らいつき、静岡県でのテスト販売の機会を得たのです。低リスクのスモールスタートを切り、狙い通りの成果を上げることで、周囲が反対する余地のない状況をつくったわけです。最終的にGokuriは大ヒット商品となりました。

HIP
「お茶」と関わり始めたきっかけについてもうかがいたいです。
塚田

Gokuriの成功で得た、アメリカ留学の機会がきっかけです。アメリカに行って感じたのは「飲み物のバリエーションが少ない」ということ。現地での選択肢といえば、水かコーラ、オレンジジュースくらいで、日本にあるような無糖茶や機能性飲料はほとんど見かけませんでした。

お茶は日本人にとって当たり前の存在だけど、海外ではそうではない。この気づきをもとに、私は「日本人としてお茶を世界中へ広げていきたい」と考えるようになったのです。

帰国後は海外事業部に加わり、2008年にはアメリカで「伊右衛門」をリリース。その後も約8年間、お茶カテゴリーに携わり、商品開発やブランディング、マーケティングを一通り経験しました。

「挽きたての抹茶を消費者へと直接届ける」新規事業とその手応え

HIP
アメリカ市場でのお茶の可能性を、塚田さんはどのように感じていましたか。
塚田

私はサントリー時代の後半に、「Stonemill Matcha」という抹茶専門店をアメリカで立ち上げました。これは、2010年代半ばにアメリカで起きた抹茶ブームを背景にしたプロジェクトです。コーヒーのカフェインクラッシュ(※)が問題視され、体に長く優しく作用する飲み物への需要が高まっていたのです。

アメリカ人は純粋に、抗酸化作用や免疫力向上といった抹茶の健康効果に注目していました。コーヒーの市場のわずか数%でも抹茶がシェアを取れれば、巨大なビジネスになる。「これはいける」と感じましたね。

※コーヒーなどの飲用によって摂取したカフェインの持続時間が切れ、蓄積していた疲労を感じ始める現象

塚田
そこから抹茶の価値を伝えるには、実際に飲んでもらう体験の場が必要と考え、私は抹茶カフェの事業を社内で提案しました。そしてサントリーから出資を受け、Stonemill Matchaを立ち上げたのです。
HIP
なぜ「体験の場」にこだわったのですか。
塚田

ペットボトル飲料中心の事業に携わるなかで、限界を感じていたからです。ペットボトルのお茶は、長期保存を目的に、殺菌処理がされています。お茶特有の苦味や香ばしさは熱を加えても残りますが、淹れたてのフレッシュな風味は、殺菌した瞬間になくなってしまう。このプロセスを経ることで、お茶の味の可能性は限定されてしまうのです。

そのため私は、大規模な流通に乗せるのではなく、直接消費者に、加熱殺菌せず、茶葉そのものの味を楽しんでいただくことにこだわりました。

塚田

店舗の開業は、想像以上にうまくいきましたね。初日で売上が100万円を超え、その後も開店前から閉店まで行列が途絶えない盛況ぶりでした。

しかし、私の成功は長くは続きませんでした。事業に理解を示してくれていた上司が異動し、会社の方針変更が行なわれ、私は日本へ帰国するよう命じられました。

HIP
せっかく軌道に乗せた新規事業を手放すことに……。当時はどんな心境でしたか。
塚田

決定を伝えられてから3か月間は、落ち込んだまま立ち直れませんでした。私はこの事業にすべてをかけてきましたから。

当時の私はあえて新規事業を立ち上げる挑戦を選びました。結果は不本意なかたちでの撤退となりましたが、この経験を通じて、自分自身が大切にしていることに気づくことができました。

Stonemill Matchaはたくさんのお客さんに支持され、私はその事業のために頑張る自分自身が好きでした。会社の決定だけで、自分の夢をあきらめる理由にはならない。それなら自分でやればいい。私はお茶に人生をかけて、独立することを決意しました。

「オーガニック抹茶はおいしくない」の常識を覆すために、鹿児島の茶畑まで

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