日本のものづくりメーカーとの連携と、全国を訪ね歩いた抹茶探し
- HIP
- 「Cuzen Matcha」のビジネスモデルを考案したきっかけは何ですか。
- 塚田
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ヒントをくれたのは、Stonemill Matchaのお客さんでした。15ドルほどする抹茶を毎日注文してくれる常連さんがいて、決して安くはない金額なので「粉もありますよ」と勧めたところ、「自分ではつくれないよ」と言われたのです。
たしかに、コーヒーなら気に入った豆を買って挽くのが一般的ですが、抹茶の場合は抹茶パウダーがあるだけでおいしいドリンクをつくれるわけではありません。
そこで、私は「エスプレッソマシンのようにボタン一つで挽きたての抹茶を味わえる機械があれば、抹茶の価値をさらに広められるのではないか」と考えたのです。
- HIP
- これまでハードウェアをつくった経験があったのですか。
- 塚田
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いえ、一度もありません。ですが、これも偶然の縁で、Stonemill Matchaのお客さんだった、プロダクトデザイナーの枝廣ナオヤさんが協力してくれることになったんです。声をかけたところ「面白そうなプロジェクトだからやってみたい」と言ってくれて、さらに機械エンジニアも紹介してくれました。
私自身はデザインもエンジニアリングもできません。そんな私に枝廣さんは「塚田さんがイメージするものは何でも実現できるから、つくりたいものを純粋に追求してほしい」と言ってくれて、私はひたすらビジョンとUXを考えていましたね。
お客さんがどんな体験をするのか、このマシンで何を感じてほしいのか。まだ実際のプロダクトがない段階で、コンセプトビデオをつくり、多くの人に見てもらって、意見をもらいながら進めました。
- HIP
- 開発にあたっては苦労も多かったのではないでしょうか。
- 塚田
- そうですね。起業して5か月が経ってようやく家庭用マシンのプロトタイプができましたが、次の課題は量産化でした。お茶を淹れる技術を持つ日本のものづくりメーカーに共同開発を持ちかけ、特許の問題も事前にクリアにしながら進めました。
- 塚田
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苦労はマシン開発だけではありません。使用する茶葉の選定も重要でした。健康志向の高いアメリカの消費者に応えるためには、オーガニック栽培の茶葉が必須。しかし、当時は「オーガニック栽培の抹茶はおいしくない」というのが常識で、ほとんど流通していませんでした。
そこで私は、日本各地の茶畑を訪ね歩き、鹿児島の有機農家さんと出会い、理想的なオーガニック茶葉の仕入れにこぎ着けたのです。
手軽さを超えた抹茶の本質を伝える挑戦を、スタートアップで
- HIP
- アメリカを中心に家庭用マシンの販売が拡大していると聞きました。これまでの手応えはいかがですか。
- 塚田
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2023年末時点で、家庭用マシンの累計販売台数は7,000台を超えました。茶葉は月間6万杯を提供しており、サブスクリプション形式で収益を得ています。
最近では、カフェやレストランでの設置も徐々に進んでいます。「家庭用マシンではお客さんのニーズに対応しきれない」というポジティブなフィードバックも多く、業務用マシンの開発に取り組んでいるところです。家庭用とは比べ物にならないほど高品質なものをスピーディーにつくる必要があり、いまがまさに正念場ですね。
- HIP
- 今後は日本市場での展開も期待されますね。
- 塚田
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日本市場での拡大は重要な課題です。現在はインバウンド観光客向けのツールとして提案しており、京都のホテルでは実際にマシンを置き、抹茶ラテを提供しています。こうしたスポットを増やすことができれば、海外の方だけではなく、日本人も抹茶の魅力を再発見するきっかけになると期待しています。
日本では、抹茶そのものが日常から遠い存在に感じられているかもしれません。たとえばデザートで「抹茶フレーバー」は親しまれていますが、抹茶そのものは「茶道」のイメージが強く、非日常なものと認識されているのではないでしょうか。私たちはCuzen Matchaを通じて、日本でも抹茶の本質的な価値を広めていきたいと考えています。
- HIP
- 挽きたての抹茶を手軽に楽しめるCuzen Matchaには、たしかな魅力を感じます。ただ、本質的な抹茶の価値を広めることは、塚田さん自身がかつて身を置いていた既存の飲料業界を否定することになりませんか。
- 塚田
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ペットボトルに入ったお茶がなくなることはないと思います。日常生活ではノンシュガーで手軽に水分補給できる手段として優秀ですし、行楽や災害時など、ペットボトルのお茶がなければ困るケースも多いです。安価な茶葉でも一定レベルの製品にして大量に供給し続けられるのは、大企業だからこそ生み出せる価値でしょう。
ただ、便利で手頃なばかりに、ペットボトル飲料が行き届き過ぎている面もあるように感じています。家庭で急須や茶葉を使う機会が減り、子どもたちはもしかすると「お茶はもともと液体だ」と思っているかもしれません。
こうした状況が続くと、茶葉の生産者が苦しくなってしまいます。ペットボトル用の安価な茶葉でも商売になりますが、一方では、私たちが仕入れているような手間暇をかけた高級な茶葉の価値が失われかねません。
私自身も、その責任の一端を感じています。だからこそCuzen Matcha を、この行き過ぎた便利さを見直すきっかけにしたいんです。
生産者が心をこめてつくった高級茶葉をシンプルにおいしく飲める方法で提供し、抹茶本来の魅力を伝えることで、環境負荷の軽減にもつなげていく。これこそが、スタートアップだから生み出せる価値だと信じています。