「りんな」をAIと認識しているにもかかわらず、会話が楽しい。そんな存在でありたいと考えています。
続く第2部のプレゼンテーションでは、LINE、ANA、富士通研究所で、それぞれAIを用いたイノベーションの創出に挑む3名が登場。人の心を掴むチャットボット、世界を瞬時に旅することができるアバター、五感をセンシングすることで人間の感情を解析するAIなど、最新の研究開発事例をプレゼンテーションした。
まずステージに上がったのはLINE株式会社にてチャットボットやAIアシスタント「Clova」の普及、啓蒙に取り組む砂金信一郎氏。前職のマイクロソフトでは「りんな」というチャットボットAIの開発に携わっていた人物だ。「りんな」の設計思想はほかのチャットボットとは異なり、人々が会話を楽しむことを目的としたサービスとして設計されているのだという。人々が心地よく感じる会話には、西野氏が話したような「曖昧な」コミュニケーションが多く含まれている。
砂金信一郎(以下、砂金):女子高生というキャラクター設定がされたチャットボット「りんな」を動かしているのは少し変わった設計のAIなんです。普通のチャットボットは、多くのユーザーサポートなどで用いられるように会話を通じて問題解決を行うものですが、「りんな」は「会話をすること」自体が目的です。なので、開発の際に設定した目標も「どれだけユーザーと会話が続いたか」でした。「今日は天気がいいね」と話しかけたときに「どこかに行く予定があるんですか?」と返してくれる。こういった人間らしさを目指したAIとして最適化されてます。ユーザーがりんなをAIだと認識していても会話が楽しい、そんな存在を目指したプロジェクトです。
一方、LINEは2017年9月現在7,000万人のMAU(月間アクティブユーザー)を抱えており、人々の日常的な会話を支えるインフラを持っています。ユーザー同士の会話の内容は暗号化されており私どもが把握することはできませんが、LINE上で情報発信している企業アカウントのどんな文章が読まれるのか、どのようなスタンプがよく使われているのかは計測することができます。これは、AmazonやGoogleも持ち得ていないデータで、AI開発の際の大きなアドバンテージになります。LINEが蓄積してきたこうしたアプリ、サービス上の日常的な行動データはあらゆる会話に対応できるAIを開発するために非常に役立つのです。
そのメリットを生かして生み出されたのがAIアシスタント「Clova」を搭載した「Clova WAVE」というスマートスピーカーです。「Clova WAVE」が家庭のなかの会話を読み取り、私たちの望むことを自然に理解し、まるで家族の一員であるかのようにコミュニケーションをとる。LINEはそんな未来を目指しています。「Clova」のように人の心を理解し、スムーズにコミニュケーションすることができるAIは、これから求められていくAI技術の核となるものだと考えています。
まず考えたのが量子テレポーテーション、つまりテレポートで世界を移動できないかということでした。
続いて登壇したのはANAにて数多くの新規プロジェクトを立ち上げてきた深堀昂氏だ。ANAは2016年、アメリカのXPRIZE財団が主催する国際賞金レースのテーマを決定するコンペティション「VISIONEERS(※)」にて「ANA AVATAR X PRIZE」というアイデアを発表し、見事グランプリを受賞。これはユーザーが世界各地に設置されたアバターロボットの「感覚」をヘッドマウントディスプレイやセンサーなどを通して体験し、旅をしたり、人とコミュニケーションをとったり、作業を行うことができるアイデアだ。深堀氏はこれを「人類愛につながるプロジェクトです」と前置きをしたうえで、「アバターによって、移動、旅行の概念を変える」未来像を語りはじめた。
※VISIONEERS
米『フォーチュン』誌の「世界の偉大なリーダー50人」にも選出されたピーター・ディアマンデス氏が創立したアメリカの非営利団体XPRIZE財団が開催したコンペティション。同財団は「Google Lunar XPRIZE」など、「国際賞金レース」の企画、運営等を行うが、VISIONEERSは次期国際賞金レースのテーマを設計し、競うコンペ。
深堀昂氏(以下、深堀):私は、ANAの未来を考えるにあたって、航空事業だけではなく「移動」の未来について考えなければいけないと思ったんです。現在、エアラインを利用する人は世界の人口のうち6%しかいません。旅行以外の楽しみが増えている世の中で、残りの94%にもアプローチしていかなきゃいけない。そのためには既存事業にとらわれず、全人類にインパクトを与えるようなことをやるしかないと思ったんです。
まずはじめに思い浮かんだのがテレポートで世界を移動できないかということでした。実現すれば、人はあらゆる物理的制約から解放されて気軽に移動することができますよね。しかし、テレポート技術の研究は進んでいますが、ここ数十年での実用化は難しい。
そこでアバターのアイデアが浮かんできました。物理的には無理でも感覚だけならばテレポートできるんじゃないかと。世界中にANAのアバターロボットを設置し、ログインすることで遠隔操作を行うことができます。そうすればお年寄りや体の障害をもった飛行機に乗れない方も、アバターを通して見る、聞く、触るという体験ができ、簡単に旅ができる。
また、自分の身体を扱うようなレベルでアバターを操作することができれば、個人の持つ技術や経験をテレポートすることも可能です。医師が不足している世界中の被災地に一瞬でアクセスし、アバターを通じて日本の医師が治療を行うなど、遠隔での支援活動を行うことができる。楽しみを提供すると同時に、あらゆる問題を解決することができます。
夢物語に聞こえるかもしれませんが、ANAがスポンサーとなる国際賞金レース「ANA AVATAR X PRIZE」が2017年度中にローンチし、世界中のスタートアップがアバターの開発を行う予定です。また、すでに日本のスタートアップがアバターロボットの開発に取り組んでいて2018年からは少しずつ国内で実験的なプロジェクトが発表されていく予定です。ご期待ください。
五感を通じて人の心を読み、それに応えるAIを開発することが可能か。これが私たちの課題です。
第2部の最後を飾ったのは富士通研究所 フロントテクノロジー研究所所長の増本大器氏だ。彼はこれまで、国内の研究所、シリコンバレーにおいてAI、画像処理の研究を行ってきたキャリアを持つ。そんな彼が富士通研究所で開発を進めているのは、人間の五感を数値化するコンピューティング技術だ。
増本大器(以下、増本):私たちは「人の感情を理解するアフェクティブテクノロジー」を研究しています。簡単にいうと、人間の心理をAIが読み取るための技術です。
具体的には人々の視線の動きや声の調子をセンシングして、デジタルデータとして取得し、人々の感情パターンを類型化するということを行っています。例えば小売店の店頭にカメラを設置して人々の視線を読み取ることで、購買にいたるまでの迷いや、購買にいたらなかった理由を識別することができます。そのほかにも声のパターンから感情を読み取り、テレフォンオペレーションを手助けするなど、五感に基づくデータを提供することで、人の心を読み取るサービスをつくっていきます。
これを発展させていくと「アクチュエーション」といって、人々を特定の行動へ導くための方法を推測することができます。代表的なのは音声合成ですね。感情に訴えかける声を合成することによって、相手の受ける印象をコントロールする。この技術は企業の音声ガイダンスの精度や満足度の向上につながります。
五感をセンシングして人の心を読み、それに応えるAIやコンピューターを開発することが可能か。これが私たちの持っている大きな課題です。人の心を読むというのは、一方で悪用されかねない技術でもあるので、どうすれば社会に受け入れられるかも含めて研究を行っています。
「AIに人の心を理解することは可能か?」。西野氏の問いかけに応えるように、ビジネスの現場でAIの開発を行っている三社のプレゼンテーションは終了した。一口に「AI」といっても、そこに企業の理念が加わることでさまざまなプロダクトが生み出されている。
彼らはこれらの技術を使い、どんな社会をつくっていきたいのか。第3のディスカッションでは、本日のゲストが総出で登壇し、企業を通じて研究を行うことの課題と、2020年の未来像について語り合った。