AI研究を突き詰めると心理学や社会学が必要になる。そういう境界でこそイノベーションが起きる。
「AIをビジネスに活かしていくうえで、2つの大きな課題がある」。プレゼンテーションに登壇した4名は口を揃えた。1つは「技術を生み出す人材を確保すること」。2つ目は「スピード感を持って、技術をプロダクトに落とし込んでいくこと」。
これらの問題をどう乗り越えていくか、そして、その先に描く未来像とは? 4者がそろったディスカッションで口火を切ったのは、LINEの砂金氏の大胆な提案だ。
砂金:あのー、いきなりで申し訳ないんですが、富士通研究所を買収したいんですけど。
一同:(笑)。
砂金:いや、冗談に聞こえるかもしれないですが、結構本気で言ってますよ(笑)。というのもAIの分野ではなかなか人材が育たないので買収、合併しか人材を確保する手がないんですよ。中国企業を見ても技術を持った企業がどんどん買収されています。LINEは基礎研究分野を急速に強化しようとしているので、ここに関われる人材の確保が一番の課題なんですよね。
増本:ぜひ、1兆円で買い取ってください(笑)。おっしゃるように、研究者の育成は短いスパンで行えるものではないし、難しいですよね。AIに関する研究を突き詰めていくと「人間を理解しなきゃいけない」という壁にぶつかります。これを乗り越えるためには心理学とか社会学が必要になるので、いろいろな分野の人材と組まないといけない。こうした複数の領域にまたがる研究によってイノベーションが起きている。
これまでの日本企業は、研究活動を含むあらゆる事業をすべて自社でやろうという傾向があったのですが、それだとリソースも時間も足りないことに気づき、他企業や大学などの研究機関と共同でやっていく風潮ができはじめています。ビジネスと研究、それぞれの得意分野を活かしたパートナーシップを組むことは大事ですよね。
砂金:そうですね、他分野のパートナー企業と協業するのも一つの手だと思います。ただ、専門的な研究になると、その価値を他社や自社の他事業部に伝える説得材料が必要になります。そのためにはプロジェクトが終わったあとに数値的に測れるものを残さないといけないですよね。研究者に負担をかけないためにも、個人的にはマーケターがその役割を担うべきだと思います。
マイクロソフトとかGoogleは研究の出し方が上手ですよね。研究成果をオープンソース化することでコミュニティーをつくり、協業を創発している。日本企業ももっと上手くやるべきだという思いは前職のマイクロソフト時代から持っていて、パートナーさん企業にはそういう手助けをしたいなと思っています。
大きな事業を行うには情熱が必要です。まずは情熱があって、説得するために仕組みや理論がある。
話題は「イノベーションを起こすためにはどんな環境が必要か?」にうつる。LINEの砂金氏は「トップのコミット」「スモールチーム」を条件にあげ、地球規模のイノベーションに取り組むANAの深堀氏は、それらに同意したうえで、「情熱」こそがもっとも大事だと話した。
砂金:新規事業を成功させるためには、組織のトップがコミットすることが必須だと思います。LINEでは、新しい事業がはじまったら子会社化することで、普通なら事業本部長という立場の人を社長にしているんですよね。こうすると担当者に責任感が生まれ、スピード感のあるスモールチームで進めていけるメリットがあります。
弊社の事業計画は本当に短くて、中長期計画で1年、長期で3年というスパンなんです。3年後に社会やトレンドがどうなっているかわからないというのもあるんですが、それぐらいのスピード感でサービス開発を行っています。
新規事業において子会社化や、ジョイントベンチャーを設立する手法はおすすめです。企業内の特殊分子は出島に配置したほうが新規事業に集中できるし、プロダクトにブレがなくなるというメリットがあると思います。そういう意味でもANAさんのような大企業がXPRIZEという外部組織と組んで「ANA AVATAR X PRIZE」を立ち上げたのは素晴らしいなと思いますね。
深堀:私も現在34名の有志メンバーを集め、ANAホールディングスの社長にオーナーになってもらい、アバターの事業化の検討を進めております。大きな事業を行うには情熱が必要ですよね。まずは情熱があって、説得するために仕組みや理論がある。情熱を持続させるという点でも、スモールチームは大事だと思いますね。
社内からはアバターを通じて旅ができたら旅行客は減るんじゃないかという否定的な意見も出るんですが、ぼくはアバターでの体験はむしろ旅行欲を喚起すると思っています。既存事業の破壊ではなく、成長を助けるものであると。
西野:全然対立していないですよね。SNSで料理写真を見るとお店に足を運びたくなるのと同様だと思います。VRによる体験が、その先の実物に接触するためのものであるといいと思うんですよね。
海外の方々が真似したいと思うレベルまで、日本人の生活を変えられるか。それがぼくのチャレンジです。
深堀:ぼくは2020年までに実現したい目標があって、それは聖火ランナーの一人をアバターにすることなんです。そうすれば、誰もが聖火ランナーの視点から『東京オリンピック』を楽しむことができる。ぼくはアバターはインターネット、iPhoneに次ぐ発明だと思っています。障害も乗り越えられるし、社会科の授業も自分で歩き回って体験できるアクティブラーニングにかわる。仕事もアバターにログインすれば出社できる。場所と身体的制限を超えられる世界がすぐそこにある。
砂金:2020年の『東京オリンピック』はいい区切りですよね。私も2020年までに目標を1つ掲げています。「日本人は英語が話せないからコミュニケーションできないし、観光スポットしか楽しめない。日本はつまんないよね」と考えている外国の方に「LINEさえあれば日本での生活は楽しめる。これがおもてなしか」と言ってもらえる状況をつくり出すことです。
出張で中国に行かれる方も多いと思いますが、みなさん「WeChat」というアプリを利用していますよね。このアプリはチャットやウォレット、翻訳といった機能が搭載さていて、これさえあれば、中国での滞在は困らないというほどに便利な社会インフラになっています。同じような体験を、日本に訪れた方にしてほしい。そのとき、海外の方々が真似したいと思うレベルまで、日本人の生活を変えられるか。それが私のチャレンジですね。
増本:私は2020年までにVRやアバターといったサイバー世界をフィールドにした新しいビジネスが生まれてくるのではないかと注目しています。
いまの社会は、人々が現実世界で生活しつつも、メールやSNSによりその一部がサイバー世界に移行している状態ですよね。VRやアバターが普及すれば、生活者はより多くの時間をサイバー世界で過ごすようになります。
そこで、VRによるサイバー旅行や、電流によって擬似的に「おいしさ」を感じることができる電子味覚など、五感を刺激するサービスが増えるのではないかと。ただ、脳の仕組み自体は原始時代と変わらないので、人間がそういうサービスについていけなくなり軋轢を感じるケースが出てくる。その軋轢を和らげるようなサービスがホットになるんじゃないかと思いますね。
第1部で西野氏が「技術を何に使うかが大事になる」と語ったように、各社は技術研究だけではなく、その具体的な完成予想図を描きながら、人々が技術をどう活用するべきかを熱心に追求をしている。
アプローチの方法は異なるが、三社に共通するのはAI技術を駆使して人々の「感情」に訴えかけようとしている点だ。「人の心を理解するAI」はテクノロジーの発展はもちろん、今後のビジネスを考えるうえでも重要なキーワードとなるだろう。
「技術革新に取り組む企業こそが今後の日本を支える」。2020年に向けての熱い展望を語った3名に向けて、西野氏が期待の言葉を寄せたところでイベントは幕を閉じた。
西野:刺激的なお話をありがとうございました。2020年の展望を聞かせていただきましたが、私の勤め先である大学の未来は暗いんですね(笑)。少子化によって18年後の大学生人口は約20%減少するというデータがあります。そして、少子化は大学に限った話ではなく、日本全体に通じる話です。
人口減少社会では大きく2つの変化が起こります。それは生産力の減少と、同時に消費をする人間も減るということです。
これにはネガティブな意見も多いんですが、意外と未来は明るいんじゃないかと思うんですよね。というのも、生産のために必要な機械や技術は十分にありますし、質もより向上していくはずです。すると人口は減っても、生産の量は落ちないと思うんです。少ない人口で現状の生産量を維持できれば、日本は相対的に豊かになります。みなさんが取り組んでいる技術革新は、必ずこれからの日本の未来を支えていくものになるはずです。