大きなヴィジョンを掲げ、戦術を進化させていく。ラクスルでの経験を活かしています
HIP:ラクスルが順調に成長する中で、再び会社を辞めて新たなことに取り組む決断をされることになりますが、みんなのコード立ち上げのきっかけは何だったのでしょうか。
利根川:2014年10月に人事を担当している役員からラクスル社員向けにプログラミングの勉強会をしてほしいという依頼を受け、教材を調べていたときにたまたまHour Of Codeが出てきたのがきっかけでした。それを使って教えたら非常に好評で、その年の12月に今度は子ども向けのコースを開催したんです。そこでの子どもたちの反応も良かったので、「Hour Of Codeを日本に広めたい」と思うようになって。
HIP:新たなミッションができたんですね。
利根川:そうですね。自らミッションを立てたので、決断までは非常にスピーディでした。年明けのお正月くらいにはこれで頑張ろうと決めて、2015年7月にみんなのコードを設立しました。ラクスルは2015年8月から非常勤にしてもらい、引き継ぎが終わった今年の2月から完全にみんなのコードのみで活動をしています。
HIP:ラクスルのときと異なり、みんなのコードはゼロから立ち上げるということで、普及活動を進める中で苦労された点はありましたか?
利根川:Hour Of Code自体は2013年からアメリカの非営利活動法人「Code.org」が展開していたので、日本国内でも少しは認知されていたんですね。MicrosoftやGoogle、Appleなどのグローバル企業は、日本を含め各国でそれぞれワークショップを開催していました。ただ、Hour Of Codeを広めるために会社同士が提携するかというとそうもいかないわけで。それを「みんなのコード」でやろうと思ったのですが、「Hour of Codeを日本国内で広めよう」というヴィジョンだけでは、周りの人を巻き込むインパクトが足りないことに気づいたんです。そこで、「公教育でのプログラミング教育必修化の推進」というように、ヴィジョンをワンランク上げることにしました。
HIP:スタートの段階からあえて、もともとあったヴィジョンに手を加えた、と。
利根川:そうです。最初はHour Of Codeだけでやっていこうと思っていましたが、これだけでは日本の学校教育は変わらないということがわかったので。公立学校にプログラミング教育を根づかせるためには、学校や教師向けの指導者研修も重要な課題です。文部科学省や市の教育委員会、議員の方々に向けて必要性を説く活動を行っているのも、「なぜプログラミングが必要なのか」「どのように教えるのが良いのか」が認知されていないから。最終的なアウトプットとしては、「日本の世の中を良くしたい」という思いが根底にあるので、それを持ち続けながら、足元でやっていることは当初思っていたことから現在進行形で進化させています。
HIP:これまでの経験の中で活かされていると思う点はありますか?
利根川:特に、立ち上げから携わったラクスルの経験は活きていると思いますね。大きなヴィジョンを掲げることもそうですし、その一方で戦術を進化させていくこととか。また、状況に応じてどうやって人を巻き込んでいくかという点でも、ラクスルで学んだことはたくさんあります。また、自分が何かを始めようと思ったときに「利根川となら」と言ってくれる人も、ラクスル時代からお付き合いしていた繫がりも大きいですね。
HIP:ただ繋がるだけでなく、そこから一歩踏み出して、人を巻き込んでいくためには、何かコツはありますか?
利根川:やっぱりヴィジョンが大事だと思いますね。みんなが納得する世界を描くだけでなく、この人たちと一緒に実現したいなと感じてもらえるように、実績や戦略を具体的にお伝えすることを心掛けています。そのためには、パンフレットを作ったりすることも地味なようで実は大事なことですし、「学校の先生2000人に教えた」「文部科学省の有識者会議の委員を拝命した」といった活動実績をFacebookなどのSNSで発信することも必要です。今後も戦術を改善しながら、「公教育でのプログラミング必修化の推進」を実行していければと思っています。
「コンピューターの内側」のことがわかれば、問題を解決するときにも人任せにならない
HIP:現在の日本国内におけるプログラミング教育の普及度はどういった状況なのでしょうか?
利根川:東京と地方によっても、公立か私立かでも違いますし、一概にこうとは言えないほどまちまちです。ただ、海外と比べて大幅に遅れているかと言うと、実はそうでもないんですよ。Hour Of Codeの発祥であるアメリカでも州によって差があったり、先生の養成や教材不足がネックになる部分も見えてきていますし、諸外国でも試行錯誤している印象があります。とはいえ、日本は小学校だけで全国に2万校もあるので、それらにプログラミング教育を浸透させていくというのはやはりチャレンジングなミッションだと感じています。
HIP:それでも挑戦するのは、プログラミング教育の有効性を感じていらっしゃるからこそだと思いますが、幼少期からプログラミングを学ぶことは、将来的にどんなメリットがあるのでしょうか?
利根川:この10年間でFacebookやTwitter、LINEなどのサービスが普及したように、IT業界の成長率は著しく、さらに今後10年は、IT以外の業界もテクノロジーの力で伸びてくると言われています。にもかかわらず、いまの義務教育の中では、今後の世の中を作るとも言えるITについて触れる時間がない。あったとしても、ソフトの使い方やインターネットでの調べ学習といった「コンピューターの外側」の話ばかりで、それらがどういう仕組みでできているのかという「コンピューターの内側」のことは教えていないのが現状です。
HIP:「コンピューターの内側」がわからないとどのような問題が起きるのでしょうか。
利根川:解決が人任せになってしまうんですよね。何か問題が起きたときも、誰かがサービスを作ってくれるだろうと考えてしまう。そういうときにプログラミングの知識があれば、自分で問題を解決できるようになるはずです。今後10年で言えば、いま存在している仕事の49%がテクノロジーによって違うものに置き換えられていくだろうと言われています。それは、学校のクラスで言えば、35人中17人の仕事がこの世の中からなくなるということ。その17人分の仕事は、ITに関連する仕事に置き換わるのでしょう。そのときに備えるためにも、やはり幼少期からのプログラミング教育は必要だと思います。
HIP:今後、ヴィジョンに向けてどのような活動を行っていく予定ですか?
利根川:いまはまだフルタイムで働いているのは私一人なので、まずはチームを作りたいですね。私自身、教育業界の経験者でもないですし、営業経験も森ビルで1年やってきただけですので、さまざまな経験を持つ多彩なチームを作り、ヴィジョンに近づけていければと。また、2016年5月5日には、『子どもの日 1万人プログラミング』というイベントを主催します。マイクロソフトやヤフー、ドワンゴなどの企業と協力し、東京のメイン会場だけでなく全国約100か所、またニコニコ生放送を利用して自宅からもプログラミングが学べるという大規模な取り組みです。今回のイベントを通じて、プログラミング教育を体験していただいて、興味を持ってくださる人を増やしていきたいですね。