虎ノ門ヒルズ ビジネスタワーにオープンした、インキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。この施設は、大企業で事業改革や新規事業創出をミッションに掲げる組織に特化し、森ビルとベンチャーキャピタルのWiLが企画運営を行なっている。
従来のインキュベーションセンターと異なる、「ARCH」ならではの特徴とは何か。そして、どのようなイノベーションを起こそうとしているのか。
「ARCH」の企画・開発のキーマンである森ビル株式会社の飛松健太郎氏と、森ビルのビジョンに共感して参画したWiL共同創業者CEOの伊佐山元氏に、「ARCH」へ込めた想いやこだわりを語ってもらった。
取材・文:笹林司 写真提供:森ビル株式会社
(※本取材は東京都の緊急事態宣言前に行われました)
目指すのは、イノベーターが集い、失敗を恐れず実践できる「出島」
HIP編集部(以下、HIP):まずは、「ARCH」のコンセプトを教えてください。
飛松健太郎氏(以下、飛松):イノベーションを起こすために、さまざまな企業や人、組織を橋渡しする施設です。「新しいイノベーションを生み出したい」「社会課題を解決したい」という志を抱く人や企業をつなぎ、チャレンジできる環境づくりをミッションに掲げています。とりわけ、多様な業種の大企業のなかで、新規事業創出の部門担当者を集結させて、事業推進や他社との協業をサポートする場にしていきたいと思っています。
伊佐山元氏(以下、伊佐山):いくらおしゃれなオフィスが完成しても、人が集まってアクションを起こさなければ意味がありません。ベンチャーマインドを持ったイノベーターが集まる場所にするための仕組みをつくることが、「ARCH」の大きな目的のひとつです。
さらに大事なのが、「ARCH」を安心して挑戦できる場所にするということ。思考やアイデアも大事ですが、実際にトライするプロセスを踏まないと、新しいイノベーションは生まれません。上司や本社の人の目がなく、失敗を恐れず実践できる「出島」ならではの環境をつくりたいと考えています。
また、国内のインキュベーションセンターは、イベントを行うにしても国内に閉じこもっているものが多く、恒常的に海外のイノベーターが来る施設はまだ少ない。米国を本社とするWiLの強みを活かし「ARCH」を海外の先端技術やベンチャーの情報が集まる場所にしていきたいですね。
HIP:シリコンバレーに本社を持ち、伊佐山さんがCEOを務めるWiLのサポートは強力ですね。
伊佐山:ユニコーン企業と呼ばれる海外のスタートアップは、国内のスタートアップと比べて事業規模や発想のケタが違います。日本の大企業も新規事業に取り組み、新たな価値を生み出すなら、相応の社会的インパクトを目指すべきです。その際に参考にすべきはスケールも社会的インパクトも大きい海外のスタートアップでしょう。
HIP:たしかに、「ARCH」の取り組みもより加速しそうです。「ARCH」をイノベーターが集まる場所にするために、具体的にはどんな取り組みを行っていくのでしょうか。
伊佐山:ARCHの主な取り組みは3つ。まずは「触媒」、つまりお見合いの仲人として、人と人を橋渡しすることです。WiLのようなベンチャーキャピタルと森ビルのような不動産ディベロッパーが組めば、必然的にさまざまな企業の情報が揃います。「A社の技術とB社の仕組みを組み合わせたら、新しいものが生まれそうだ」などと俯瞰して見えるからこそ、触媒となって企業同士を引き合わせることができます。
2つ目は、イノベーションを起こすために必要なツールやスキル、フレームワークの提供です。たとえば、社内で新規事業を立ち上げるためにはどのように事業計画書をつくるのか、どのように予算や融資を受け取るのか。経験者にとっては当たり前のことも、初めての人にはちんぷんかんぷんでしょう。そういったことを一から教えるカリキュラムの提供も、「ARCH」の役割だと考えています。
HIP:それでは、3つ目の役割は?
伊佐山:メンタリングです。いろいろな人を引き合わせ、スキルを身につけてもらっても、最初の一歩を踏み出す勇気がなければ始まりません。新しいことをやるときは、誰もが恐怖を覚え、躊躇するもの。そのときに必要なのが、「大丈夫だよ」と背中を押してくれる人、つまりメンターです。
たとえば、現役を退いた大企業の元役員が「ARCH」のメンターになり、自らの失敗や経験談を話す。それだけでも、イノベーターは安心して難しいチャレンジに挑むことができるわけです。世の中、横から「やめろ」と言う人はたくさんいますが、「やってみよう」と言ってくれる人は少ないですからね。
飛松:メンターとは別に、実践に伴走する専任の専門家「チーフイノベーションオフィサー(CIO)」が「ARCH」にはいます。大企業内で新規事業に挑戦しようとすると、さまざまな困難に直面するでしょう。そこで、大企業ならではの事情を理解して、ときにはお尻を叩いてくれるトレーナーが必要なのです。
「ARCH」では、実際に大企業で新規事業を立ち上げたことがあり、大企業ならではの「お作法」に通じている方をCIOとして招聘しました。リクルートで『ゼクシィ』などの新規事業を起ち上げたのちに独立した渡瀬ひろみ氏と、同じくリクルートのCVCにてスタートアップ投資やオープンイノベーション活動を行ってきた大塚悦時氏です。彼らなら、机上の空論でなく具体的なソリューションのアドバイスができます。
伊佐山:環境が整っていなければ、どんなにすばらしい人間でもリスクは取れません。逆にいうと、環境さえ整っていれば誰もがリスクを取れるようになりますからね。
HIP:とはいえ、新型コロナウイルスの影響により、経済情勢が不安定な状況です。「ARCH」にとっても予想外の環境の変化だったと思いますが、こうした状況でも新規事業はリスクをとるべきだと思いますか?
伊佐山:むしろ先の読めない状況だからこそ、新たなチャレンジをするべきです。景気が悪くなると、成功確率が低い新規事業やスタートアップへの投資は、削減の対象になりがちです。しかし、既存事業をそのままやっていくだけだと、大きなゲームチェンジに巻き込まれてしまう可能性がある。時代が変化しているのに、会社は何も変化しない姿勢でいると、次第に魅力的な会社ではなくなり、優秀な人材も集まらなくなってしまいます。つまり、会社の未来がなくなるわけです。
そういった意味でも、コスト削減と新規投資の両方を実施しながら、自社の強みを世の中に打ち出していくことが重要だと思います。新たなチャレンジをするときに必要になるのが、自社にはないスキルやノウハウです。他の企業やスタートアップとのコラボを積極的にやることが、結果的に中長期的成長を推進し、イノベーションにもつながるはず。ARCHがその橋渡しになれたら良いですね。
「虎ノ門ならでは」の施設とは? 森ビルとWiLが協業した理由
HIP:そもそも、なぜWiLは「ARCH」プロジェクトに深く関わるようになったのですか。
伊佐山:WiLは日米の架け橋となるベンチャーキャピタルを目指して起業しました。本社をシリコンバレーに置いたのですが、当然、日本にもオフィスが必要になる。そこで知人から「日本でオフィスを探すなら、ベンチャーに詳しい人がいる」と、飛松さんを紹介されたんです。これが2013年4月のことでした。
飛松:伊佐山さんは、大企業を中心にビジネスが動く日本だからこそ、「大企業をアクティベートさせ、日本を元気にする」という大きなビジョンをお持ちでした。森ビルもまた、「東京の都市力を上げて日本を元気にしたい」と考えている。事業内容や役割こそ違いますが、目指すビジョンは同じだと感じましたね。このときはオフィスの相談だけで、「ARCH」の話は出ませんでした。
その後、私は「ARCH」の商品企画に関わることになりました。われわれがこだわっていたのは、「虎ノ門ならでは」の価値を提供すること。「渋谷や六本木ではなく、虎ノ門だからやりたい」という想いを持つパートナーと、一緒に施設をつくりあげていきたかった。
そこで伊佐山さんに相談すると、「大企業の多い丸の内と、スタートアップの多い渋谷・六本木の中間に位置し、行政エリアである霞が関に隣接している」という虎ノ門の特性を活かしたご提案をしてくださいました。これは、森ビルが描く虎ノ門のビジョンにもドンピシャではまっていた。すぐに「WiLでいこう」と決まりました。
伊佐山:私自身、都内でもっとも面白いロケーションは虎ノ門だと感じていましたからね。虎ノ門ならば官公庁や大企業とも、スタートアップとも会える場所をつくれるのではないかと思い、提案したのです。
ですが、最初はここまで深くコミットするとは思っていませんでした。「ARCH」に入居し、たまにアドバイスをするくらいかな、と(笑)。ですが森ビルのみなさんとお話をするなかで意気投合し、プロジェクトがどんどん大きくなっていった。プレッシャーを感じつつも、「これは楽しいかもしれない」とテンションが上がり、いまに至ります。