提案者の上司に頭を下げる? 社内の折衝も欠かせないサポートのひとつ
HIP:事務局は、選考前のブラッシュアップ以外にどんなサポートを行っているのでしょうか。
畑:たとえば研究開発系にプロトタイプの試作をお願いするスキームを組んだり、事業化したらどの事業体でローンチするのかという「出口」の交渉を手伝ったりしています。選考会を通過した提案者やチームメンバーの上長に会って、活動を直接お願いすることもとても重要です。リソースの20%を「Value Amplifier」に使えるという決まりがあるとはいえ、提案者やメンバーには本業がありますから、所属部門の理解は欠かせません。
ただ、チャレンジするマインドや新規事業に携わる経験は、これからのヤマハの社員にとって必要なこと。どの部門の上長もそれを理解してくれているので、快く協力してくれます。とはいえ、活動人数が常時40人ほどいますので、私としてはとても大変なのですが(笑)。
HIP:社内の折衝は、大企業ならではの仕事ですね。
畑:実際、大企業の「お作法」はあると思いますよ。私はつねづね、「ゲリラじゃなくて海兵隊になろう」と言っています。ゲリラは非正規軍ですから、内緒で進めたとしても大企業では認められません。もっとも大切なのは、「会社全体で最高の状態になること」。海兵隊なら、組織に属したうえで独立部隊として動くことができます。
もちろん、大企業で新規事業をやるメリットもあります。たとえばお金の算段です。スタートアップは資金調達も大変ですし、開発期間が延びたら資金が尽きて倒産の危機さえある。本業で収益のある大企業では、そうした心配は少なくなります。これは大企業のメリットでしょう。もし活動期間が延びても、上長に「ごめんなさい」と謝れば、続けられる場合もあるわけですから。
新規事業ビギナーには、「壁打ち」の相手になってメンタリング
HIP:畑さんの新規事業プレイヤーとしての経験は、提案者をサポートするうえでどのように役立っていますか?
畑:大きいのは、提案者に最初から最後まで寄り添えることですね。新規事業を立ち上げた経験者として、新規事業に携わったことのない提案者にメンタリングすることができます。
HIP:どういったメンタリングを行うのでしょうか。
畑:まずは「壁打ち」の相手になります。純粋な質問を繰り返すことで、とにかく考えてもらう。「なぜこれがターゲットに刺さるのか」「なぜあなたが、なぜヤマハがこれを上手くやれるのか」「販路はどうするのか」「ヤマハのアセットで完結できない部分はどこと組むのか」など、さまざまな観点からの質問を繰り返すことで、段々と深みが出てくる。選考の段階によって問われるレベルも変わるので、どんな質問にも答えられるようになってもらう必要があります。
人を巻き込む「仲間づくり」の能力は、経営陣を説得するスキルにもつながる
HIP:これまでさまざまなアイデアを育ててきた畑さんから見て、新規事業を成功に導ける「人」の条件はありますか?
畑:先ほど話したように、ビジョンや実現したい世界、大義名分を持っている人です。加えて、自分のアイデアに固執しすぎないことも必要ですね。アイデアはあくまで、実現したい世界にたどり着くための手段ですから。
そして仲間をつくる能力も大事です。「Value Amplifier」への応募は個人ですが、審査が進むと仲間を集めて足りない部分を補強していかなくてはいけません。
大企業では普通、プレイヤーが一緒に働くメンバーを選ぶということをあまりしませんが、「Value Amplifier」では提案者が仲間を選ぶことができる。これは長所である一方、仲間になってもらうためには「実現したい世界」を話して説得する必要があります。最終的に経営陣を説得するスキルにもつながりますね。
HIP:「Value Amplifier」は、ヤマハにどのようなメリットをもたらしていますか?
畑:新規事業の創出と同時に、「チャレンジする風土」を生み出せるのはメリットですね。もちろん、デメリットもあります。応募は社員に限られているので、どうしてもヤマハの思考や企業文化から抜け出せず、アイデアに多様性が生まれにくいのです。
HIP:そういった意味では、外部との協業も重要になるのではないでしょうか。
畑:そうですね。実際、「ヤマハアクセラレーター」といった、スタートアップと組んで新しい価値を創造する取り組みもやりました。偶発性が生まれやすく、なかには実現した企画もあります。
今後は、スタートアップとの協業と社内ボトムアップ型の新規事業創出が上手くクロスするといいなと思っています。アイデアが生固まりした段階でジョイントベンチャー化して、外部とがっちり組むなどのチャレンジがあってもおもしろいのではないでしょうか。
HIP:「Value Amplifier」から事業化に進んだ企画のなかで、子会社化やジョイントベンチャー化したものはありませんね。
畑:これまではヤマハの技術やブランドを活かしたほうが有利なものも多く、結果的に社内で完結していました。そうではなく、ヤマハ単独で成り立たない事業であれば、ヤマハ本体から離れたところで事業を育て、スケールしてから取り込むやり方も理想形のひとつかもしれません。
「失敗したヤツのほうが偉い」。目指すは、すべての挑戦者が笑えるような企業
HIP:革新的なイメージの強いヤマハですが、それでもなおチャレンジの余地はある、と。
畑:本来、チャレンジにリミットなどありませんから、もっと伸び代はあると思っています。私は「挑戦を積み重ねていく風土」をつくりたいんですよ。確かに、挑戦しなければ恥もかかないし、失敗してマイナスになることもない。挑戦しない人に限ってチャレンジャーを笑ったりもしますが、その先には衰退しかありません。だから私はいつも「挑戦して失敗したヤツのほうが何万倍も偉い」という話をしています。
じつは「Value Amplifier」は、ヤマハ史上もっとも不公平な仕組みなんですよ。
HIP:と、いいますと?
畑:ひとり何度でもチャレンジできるので、過去に応募経験のある人のほうがアイデアを育てる「勘所」を理解していて、有利だからです。たとえば「1回目はサポートとして参加したが、審査を通過できなかった。今回はアイデアの提案者として応募した」という人は、新しい価値を生むためのマインドセットやスキルセットがすでに身についているので、精度や動きも段違いです。やはり、一度やってみないとわからないんですよ。
事実、「Value Amplifier」では事業化までたどり着かないことのほうが圧倒的に多い。しかし、それは失敗ではなく学びを得る期間であり、必ず次のチャレンジに活かされるはず。事務局も、結果はどうであれ、「足を一歩前に踏み出せて良かった」と全社員に思ってもらえる見せ方を心がけています。チャレンジした人がみな、最後は笑えるような会社にしていきたいですね。