INTERVIEW
人間レベルのAI誕生まであとわずか?— 「WIRED A.I. 2015 Tokyo Singularity Summit #1」イベントレポート(前編)
ラヴ・ヴァーシュニー(イリノイ大学准教授) / ベン・ゲーツェル(AI研究者) / 松尾豊(東京大学教授) / 井上博雄(経済産業省) ほか

INFORMATION

2015.11.04

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2015年は「人工知能(AI)」に関する話題が数多く登場した。未来学者レイ・カーツワイルは、「2045年にはコンピューターが人類の知能を超える」と予見し、その時点のことを「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼んだ。そのターニングポイントまで、あと30年。2015年現在、人工知能の開発はどのような状況にあるのか、本当にシンギュラリティは訪れるのか。

人工知能の可能性と未来の社会を考えるカンファレンス「WIRED A.I. 2015 Tokyo Singularity Summit」の模様をお伝えする。

取材・文:HIP編集部 写真:DAIZABURO NAGASHIMA

Google、Facebook……大手IT企業が投資・買収を進める人工知能領域

人工知能への関心が高まるきっかけの一つとなったのは、Googleによる「DeepMind Technologies」という創業3年目のAI関連ベンチャー企業の買収だ。約750億円もの大金をかけて買収した同社は、「DQN(deep Q-network)」という自己学習型の人工知能の開発に取り組んでいる。

こうしたAIベンチャーへの投資や買収は年々増え続けている。FacebookやYahoo!、Baiduなど、大手IT企業はこぞって人工知能の研究所を設立。日本でも、リクルートやドワンゴが人工知能研究所を設立するなど、世界中で人工知能に関する動きが盛んだ。

これだけ注目が高まっている人工知能は、実際にどのような使われ方をしているのだろうか。Microsoftが発表したWindows 10には、「Cortana(コルタナ)」と呼ばれる、AppleのSiriのような会話型のアシスタント機能が搭載されている。Siriと異なるのは、学習機能が備わっている点だ。ユーザーの好みや過去の検索履歴を参考に学習し、ユーザーが求める回答にどんどん近づいていく。

会場に設置されたWindows 10ブース

人工知能はこんな使われ方もしている。行動情報データ解析企業のUBICでは、訴訟対策や不正調査などに応用しているという。これまで弁護士が対応していた内容を、アルゴリズムに学習させることで対応可能にした。同社では、法律・訴訟分野で提供をはじめたソリューションを、医療やマーケティングなどの新たな事業領域に展開し始めている。

武田秀樹氏(UBIC)

膨大なデータを解析し、自ら学習していく人工知能。その可能性はこれだけに留まらない。

人工知能がクリエイティビティを発揮するようになる未来

イリノイ大学准教授のラヴ・ヴァーシュニー氏が登壇した「シェフ・ワトソンと創造性の未来」のセッションでは、人工知能がクリエイティビティを発揮するようになる未来について触れられた。

シェフ・ワトソンは、IBMが開発する人工知能「ワトソン」とアメリカの料理専門誌『Bon Appetit』が共同で生み出した、「レシピを作り出すことができる」人工知能だ。シェフ・ワトソンに、使いたい食材と避けたい食材、希望する料理の種類を入力すると、最適な料理のレシピを作り出してくれる。既存のレシピから最適なものを導き出すのではなく、新たなレシピを生み出しているというのがポイントだ。これは、食材の組み合わせ方、料理のスタイル、盛りつけ方などに関する膨大な量のデータをパターン学習することで実現されている。

ラヴ・ヴァーシュニー氏(イリノイ大学准教授)

ラヴ・ヴァーシュニー氏「シェフ・ワトソンの能力を駆使すれば、公衆衛生や環境問題にまで対応できる。先進国では肥満が多く、フードロス(食べ物の廃棄)も多いという課題を抱える一方で、世界では約8億人の栄養不足に苦しむ人々が存在する。食材を適切に利用することができれば、こうした課題も解決される可能性がある。」

シェフ・ワトソンの存在は、「機械創造学(Computational Creativity)」という新たな学問分野を築きつつあるという。ラヴ・ヴァーシュニー氏は「服の組み合わせもレシピのようなもの」と語っているが、これまで人間だけが行ってきた料理、ファッション、研究などの創造性が必要とされる活動でさえ、機械が実行できるようになる可能性があるのだ。

「人間レベルのAIは、自分が死ぬまでには完成するだろう」

「狭い人工知能(Narrow AI)」という言葉がある。これは特定の目的のために開発された人工知能のことを指し、最近話題になっているものはこれにあたるものが多い。シェフ・ワトソンも、「レシピを生み出す」という特定の目的のみのために開発されたNarrow AIの一種だ。

その対義語とされているのが、「汎用人工知能(Artificial General Intelligence、以下AGI)」だ。AGIとは、人間のように思考する人工知能のことを指す。自ら思考し、学習するコンピュータだ。これは人間の神経回路をコンピューター上でシミュレーションした「ニューラルネットワーク」という研究が進み、「ディープラーニング」と呼ばれる機械学習が可能になったことが大きい。現在も、画像認識や音声認識などの分野で研究が進んでいる。

「AI社会の未来図」のセッションに登壇したAI研究者のベン・ゲーツェル氏は、このようにAGIが発達していく現在の状況を踏まえ、これからの人工知能の展望についてこのように語っている。

ベン・ゲーツェル氏「最近でこそまた勢いを盛り返してきましたが、ずっとAIは実現不可能だと言われていました。だけど、人間に文化が生まれたのが約1万年前、産業革命が起きたのは約200年前、AIはまだ生まれてから60年しか経っていません。AIの開発は加速度的に進んでいる。このままいくと、人間レベルのAIは私が死ぬまでには完成するでしょう。これまではフィクションと考えられていた人間レベルのAIを自分が生きているうちに見ることができるというのは、非常に期待ができる一方で、恐怖だという人もいます。」

どんなテクノロジーにも、メリットとデメリットはある。これは仕方がないことだ。ベン・ゲーツェル氏は、「プラスがマイナスを凌駕するようにするのが研究者の仕事」だと語った。

ベン・ゲーツェル氏(AI研究者)

日本が注力すべきは、モノづくりと関係が深い「子どもの人工知能」

こうした人工知能の進化に、日本はどう向き合っていくべきなのだろうか。経済産業省の井上博雄氏、東京大学教授の松尾豊氏、編集者・科学ジャーナリストの服部桂氏が登壇した「日本がAI先進国になるために」のセッションでディスカッションが繰り広げられた。

東京大学の松尾豊氏は、人工知能は「大人」と「子ども」に分けられるとコメント。日本は、「子どもの人工知能」に注力することで成長する可能性が残されているという。

松尾豊氏「ロボットはこれまで、大人ができるような専門性の高い内容をやらせるより、子どものような振る舞いをさせることのほうが大変でした。『大人の人工知能』は、データを収集してきて、その処理の仕方を人間が設計する。一見すると賢く見えますが、これは後ろで人間が頑張っているんです。一方で『子どもの人工知能』には、自ら画像の認識ができたり、行動が上達するといった特徴があります。」

松尾豊氏(東京大学教授)、井上博雄氏(経済産業省)、服部桂氏(編集者・科学ジャーナリスト)

大人の人工知能ではデータの量が重要になるため、GoogleやAmazonといった大量のデータを保持しているプレイヤーが強い。一方、子どもの人工知能では、建設などの行動の熟練と関連してくるため、モノづくりと関係が深い。

松尾豊氏「認識と運動能力の向上が機械によって可能になると、建設や農業、スーパーやアパレルの陳列、点検などの作業をロボットが担うようになります。これらの産業は、日本が世界でもシェアをとっている領域。日本が今から注力するなら、子どもの人工知能の領域です。」

井上博雄氏「人工知能には行政も高い関心を持っています。人工知能が日本の国際競争力の向上にどう貢献し、少子高齢化が進む中でどのように生産性を高めて国民生活を向上させるのか。様々な視点から期待しています。」

日本がもともと強みとしているフィールドで人工知能の開発を進め、少子高齢化などの他国に先立って取り組むべき課題を解決していく。そうすれば、国内だけでなく世界にも大きな影響をもたらすことになるだろう。(後篇へ続く)

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