INTERVIEW
「忖度」が事業を阻む?コンプラ時代にテレ東がドラマ『ギルガメF』をつくれたワケ
工藤里紗(株式会社テレビ東京 制作局 クリエイティブ制作チーム)

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2023.04.19

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プロデューサーのあるべき姿

HIP:どこまでが事実かはわかりませんが、ドラマではディレクターの加藤が失脚していく様子も描かれています。

工藤:ドラマの前半では加藤が天才ディレクターのように描かれていますが、「天才=ヒーロー」の片面だけ描くみたいな図式にはしたくなかったんです。ドラマや映画だと、現場の天才プレーヤーが正義で、その上司、このドラマでいえばプロデューサーが悪みたいな構図になりがちじゃないですか。

HIP:ありがちですね。

工藤:でも、実際はそんな単純なものじゃなくて、そこには両方の立場がある。プロデューサーにはプロデューサーで、現場と上の狭間に立たされながらも、さまざまな調整をして組織全体のことを考える苦労があるんです。

そんな苦悩もしっかり描きたいと思ったのは、OB訪問で当時のプロデューサーだった斧賢一郎さんにお話をうかがったのが大きかったですね。斧さんは「プロデューサーって何かわかる? あらゆる人たちと向き合う仕事なんだよ」とおっしゃっていました。

自分が集めたスタッフ、出演者、視聴者、会社の人たち、スポンサーやクライアントなど、関わるすべての人たちをプロデューサーは背負っているんだと。それまでは私自身、プロデューサーって何だろう?と疑問を抱いている部分もありましたが、斧さんの言葉で初めて、あるべきプロデューサー像が見えてきたような気がしました。

写真提供:テレビ東京

大企業に蔓延する「幻の忖度」

HIP:先ほど、「配信=攻められる」という点を履き違えたくない、というお話がありました。とはいえ、やはり動画配信プラットフォームでは過激な描写の作品も多く、「自由なことができる」というイメージはあると思います。一方で、地上波のテレビだけがコンプライアンスや規制を厳しく求められる現状については、どのように受け止めていますか?

工藤:たしかにいまのテレビって、やれコンプライアンスがどうとか、描きたいことが描けないとか、いろいろ言われていますよね。でも、個人的にはそんなことはないんじゃないかと思っていて。

だって、テレビに限らずどんな業界のどんな仕事だって、ある程度の制約はありますよね。新規事業の担当者だって、湯水のように予算と時間をかけて、やりたいことを何でもできるなんてことはあり得ない。

でも、そこを嘆くよりも、いまできることを考えるべきじゃないかと思います。『ギルガメF』も「昔はよかったね」という、平成回顧のようなノスタルジーにはしたくないという思いで制作していました。

HIP:規制の範囲内で、いかに良いものをつくるかが大事だと。

工藤:規制という言葉も、少し引っかかっているんですよね。本当は、そんな規制なんてないんじゃないかなって。規制ではなく、最近はいろんな場面で「幻の忖度」のようなものが働いていると感じます。

「どうせこんな企画は無理だよな。上から怒られそうだからやめよう」とか「怒られる前に変えておこう」といった具合に、まだ誰からも何も言われていないことに対して過度に敏感になってしまう、ナゾの「大企業病」みたいなものが蔓延している気がします。

HIP:やる前から自分で勝手にブレーキを踏んでしまうケースは、どんな業界でもありそうです。

工藤:「幻の忖度」の怖いところは、具体的に何に配慮しているのか、本人ですらわかっていないことです。本人はある人のために配慮したと思っていても、その人は配慮の必要性を感じていなかったり、すべては皆の想像だったりすることもある。

もちろん、おもんばかることは悪い事ではなく、配慮や思いやりは必要なこと。しかし、やりたいこと、描きたいものがあるのに、誰に何をおもんばかっているのかわからないまま、勝手にブレーキを踏んでしまう。それって、すごくもったいないと思います。

そんな幻に忖度するくらいなら、まずはアクションを起こすことが大事なのではないかと。企画の提案からそれの実現を目指すまでの過程で、壁にあたって、初めて、諦めるのか、それとも抗うのか、考えればいいと思います。

OB訪問をしたときのメモと『ギルガメ』のテレホンカード

忖度に屈せず、ときには抗うことも

HIP:『ギルガメF』に関しては、社内でストーリーや表現に対して苦言を呈されることはなかったのでしょうか?

工藤:もちろん、いろいろなことを気にする人はいましたし、実際に上から「この表現はどうなんだ」や「このシーンはカットしてくれ」と言われることもありました。でも、基本的にはすべて意味があると思ってやっていることなので、幻の忖度には屈せず、全力でその元を追求しようと(笑)。

もちろん、指摘されたことをすべて無視するということではなくて、まずは真摯に受け止めて「本当に問題があるのか、誰かを傷つけてしまわないか」あらためて考えます。そこで問題があると思えば変更しますし、逆にどう考えても納得できないときには抗いますね。

幻が見える人から「これ、やめたほうがいいよ」と言われても、やっぱり納得できないことは多いですから。

HIP:どんなふうに抗いますか?

工藤:とりあえず、いろんな人に相談しますね。半分は愚痴みたいになっているかもしれませんけど。いろんなセクションの、いろんな年代の人に意見をもらい「それは難しいよ」という声が多ければカットしますが、半分でも「やったほうがいい」という声があれば、突破する意味があるんじゃないかと思います。

少なくとも全面的にカットするのではなく、何とか工夫して表現できる方法はないか考えるようにしていますね。

HIP:どこまで受け入れ、どこまで抗うか、そのバランスはとても難しいですね。

工藤:そうですね。「幻」が見えるということは、リスクを想像する力に長けているともいえますから、それはそれで貴重な意見として受け止める姿勢も必要です。ただ、結果的に断念することになったとしても、なぜそれをやりたいかという自分の意図を伝え、幻を退治する努力はするべきじゃないかなと思います。

「やりたい」という内発的動機が事業を動かす

HIP:OB訪問のお話がありましたが、ドラマのストーリーの参考にするだけでなく、そこから何か学んだことはありますか?

工藤:やはり、やりたいことを実現するために、惜しみない熱量と労力を注ぎ込む姿勢ですかね。もちろん、そこにはさまざまな無理難題を押し付けられる人がいたり、パワハラと紙一重みたいなところもあって、すべてが無条件に賞賛されるべきものではありません。

ただ、予算が限られるなかでも「できること」から考えるのではなく、まずは「やりたいこと」から考え、実現のために工夫していく姿勢は素晴らしいなと思います。ほかにもいろいろな発見がありましたし、あらためて諸先輩方にお話をうかがうのは、すごく勉強になると感じましたね。

タレント飯島愛氏が『ギルガメ』に最終出演したときの台本。スタッフからの感謝の気持ちが台本にまで記されていた
真島なおみ氏が演じた「Tバックの女王」西岡亜紀(写真提供:テレビ東京)

HIP:中堅社員によるOB訪問。いま会社で悩みを抱えている人にとっては、そこから貴重なヒントが得られるかもしれませんね。

工藤:私も入社19年目にして初めてOB訪問をしましたが、もっと早めにやっておけばよかったなと思います。最近は年長者に対して、「老害」と認定してしまう風潮もありますよね。たしかに面倒に感じられるときもあると思いますが、「年を取っている=マイナス」ととらえる事には疑問を感じます。自分たちとはまるで違う時代を経験した先輩たちのノウハウって、やっぱりすごいものがあるんですよ。

新規事業を推進していくうえで大切なのは、自分の「やりたい」という内発的動機だと思っています。でも、それが幻の忖度などによって、徐々に希薄になっていく。

今回、直属の上司だけでなく、OBや社内の年の離れた人、あまり接する機会のない人に話を聞きに行くことで、アイデアを考えたときの真っさらな気持ちを思い出したり、仕事そのものが楽しいと感じたりするきっかけにつながりました。

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プロフィール

工藤里紗(株式会社テレビ東京 制作局 クリエイティブ制作チーム)

慶應義塾大学環境情報学部卒。2003年にテレビ東京に入社後、バラエティ、音楽番組、ドラマと幅広いジャンルで活躍。『生理CAMP』、ARCHを舞台とした『巨大企業の日本改革3.0 生きづらいです2023』『シナぷしゅ』『昼めし旅』『フェムテック委員会』『極嬢ヂカラ』『アラサーちゃん無修正』『インベスターZ』』『種から植えるTV』などヒット番組を多数手がける。映画『ぼくが命をいただいた3日間』では監督を務める。テレビ東京サウナ部会長、フィンランドサウナ名誉広報官。

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