仲間集めも「正面突破」。初期のビジョン共有が、事業スピードを左右させる
HIP:行動することはできたとしても、そこから何人もの経営層を説得させるのは難しい部分もあると思います。経営層の方々が納得してくれた決め手は、何だったと思いますか?
金子:コエステーションの場合、東芝が長年培ってきた音声合成の技術を使っているので、参入障壁がかなり高いんです。他企業がすぐに模倣できるビジネスモデルではないとわかっているので、一人勝ちの可能性がある。それが大きかったと思います。
金子:通常、大企業は10人の経営陣がいたら10人に「良いね」と言われなければなりません。でも、全員が「良い」と言う場合って、リスクが少ない事業モデルの場合が多いので、他企業が取り組み始めていたり、すでに競合がいたりします。
それだと、新規事業としては遅すぎる。スタートアップなら、100人の投資家に断られても1人が共感し、出資してくれたら動き始められますけど、大企業だとそうはいきません。このジレンマがあるから、大企業で新規事業を進めるのは難しいんです。
でも、今回のように参入障壁が高い事業なら、勝算があるため経営陣も納得しやすい。前例のない斬新なアイデアでも、10人全員が「良いね」と言ってくれる可能性が上がるんです。新規事業を推進する際には、大企業ならではの既存の技術やアセットなどをどんどん活用すべきだと思いますね。
HIP:既存の技術を活かした事業の場合、社内の協力者がいなければ推進できないと思います。どのように協力者を増やしていったのでしょうか?
金子:それも基本的には「正面突破」ですね。仲間になってほしい人を片っ端から捕まえて、「こんなサービスを考えているんだけど、実現したら面白そうでしょ? ここのパーツが絶対必要だから、本業忙しいと思うけどちょっと手伝ってよ」と口説いて回りました(笑)。
HIP:仲間集めまで「正面突破」でクリアしていったんですね。
金子:ただ、誰でも仲間にしていたわけではありません。私のビジョンやパッションに100%共感してくれる人しか仲間にしないと、最初から決めていました。
なぜなら、たとえものすごいスキルを持っていたとしても、ビジョンや方向性がずれていたら話し合いが頻繁に発生し、コミュニケーションコストがかかるからです。
スピード感を持って事業を推進していきたいなら、最初にビジョンをすり合わせておいたほうが良いんです。初期のチームづくりにおいて、スキルの多様性は必要ですが、考え方やビジョンの多様性は不要だと思っています。
失敗をおそれるより、世の中に驚きを。ワクワクする事業をつくる思考法
HIP:これまでも東芝で斬新な事業を生み出してきた金子さんですが、ワクワクする事業をつくるコツはありますか?
金子:シーズドリブンで新規事業を考えるようにしています。シーズドリブンとは、「既存の技術や製品ありきで、新しいことを模索する」という考え方。ただ、消費者や市場に合わせるやり方ではないので、つくった製品がたくさん余って大失敗するリスクもあります。
だから、新規事業ではニーズドリブンが一般的です。これは「ユーザーの意見やニーズに沿って事業をつくる」という考え方。ある程度、ニーズを把握しているのでリスクが少ないんです。
でも、私はシーズドリブンのほうが「驚き」をつくれると思っています。「こんなサービスいままでなかったよね」という驚きが広まれば、一人勝ちできる。つまり、マーケットに寄せにいかなくても、マーケット自体をつくってしまう可能性もあるんです。そういう誰もが予想できない事業をつくるほうがワクワクしますよね。
HIP:コエステーションは、東芝からカーブアウトして、2020年2月にエイベックスとの合併会社を設立したとうかがいました。その経緯を教えてください。
金子:エイベックスは、音楽を中心としたエンタメ業界において誰もが知っているリーディングカンパニーです。アーティスト、タレント、アニメなどたくさんのIP(知的財産権)を保有する一方で、音楽配信プラットフォームの運営で成功していたり、テクノロジーを使った新規事業にも果敢に挑戦されたりしています。コエステーションとの相性がすごく良さそうな企業だと前々から感じていました。
そしたら、「始動Next Innovator」(経済産業省などが主催する、グローバルイノベーターの育成を目的にしたプロジェクト)に参加したのがきっかけで、エイベックスの上層部の方とお会いする機会があったんです。コエステーションのお話をしたら意気投合し、「ぜひいっしょにやりたいですね」という流れになりました。
世界70億人のコエを集めたい。「声」ではなく、あくまで「人」にこだわる
HIP:外部パートナーというかたちではなく、エイベックスとの合弁会社の設立を選択したのはなぜでしょうか?
金子:コエステーションのようなプラットフォームサービスは、仮設と検証をスピーディーに繰り返すことが重要です。でも、東芝は原発や証券会社の基幹システムなどをつくっている会社なので、品質基準がものすごく高い。それ自体は良いことなのですが、時間をかけて一つひとつ仮設検証しなければいけない企業の特性とコエステーションの相性はあまり良くありません。
蓄積した音声合成の技術をつかって、サービスの基盤をつくるところまでは良いのですが、そこから事業をグロースさせるにはスピードが必要です。環境や相性などを踏まえて、事業をカーブアウトし、エイベックスとの合併会社の設立を決めました。エイベックスのエンタメ領域の強みやスピード感を活かして、さらに事業推進を加速していくつもりです。
HIP:新規事業をカーブアウトするのは、なかなか珍しいケースだと思いますが、東芝側をどのように説得したのでしょうか?
金子:コエステーション事業の構想段階からカーブアウトの話はしていて、当初から経営陣の理解も得られていました。もちろん、実際の契約や手続きなどではいろいろ大変な部分も多かったのですが、法務や企画部門などにも協力してもらいながら社内承認を取っていきました。
そこも「正面突破」で、包み隠さずお話していきましたね。コエステーションは東芝でなければ生まれなかったですし、今後の事業成長のプランに理解を示してくれたことにも、心から感謝をしています。
HIP:最後に、今後実現していきたいビジョンを教えてください。
金子:コエステーションが目指しているのは、一般人から有名人まで世界中の人のコエを集めたプラットフォーム。たとえば、ゲーム会社とコラボできたら、自分のコエを主人公の声に設定できるかもしれませんよね。そのように、集めたコエをつかって、いろいろな企業とサービスを展開していく予定です。
エイベックスに限らず、さまざまな企業とのコラボを考えています。その際も「正面突破」で説得するつもりです(笑)。コエステーションのビジョンやパッションに共感してくれる企業と面白いコンテンツをつくり、世界中の人のコエを集めたいですね。