「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」
サントリーの創業者・鳥井信治郎氏の口癖だったという。国産ワインやウイスキーなど、新しい市場を臆せず開拓し、次世代の当たり前を築いてきた鳥井氏。
そんな創業者の情熱を脈々と受け継いできた同社で、チャレンジを促す企業文化を象徴するような取り組みがはじまっている。
社内スタートアップ制度「FRONTIER DOJO(フロンティア道場)」。
「本気で事業に取り組む同志たちが切磋琢磨する場」という意味を込め「道場」になぞらえたこのプログラムは、鳥井氏の言葉どおり「とにかくやってみる」ことを重視。2021年の初回から4年間で、600件以上の応募が集まり、事業化したプロジェクトは11にのぼる。
今回は、サントリーホールディングスでFRONTIER DOJOを運営する未来事業開発部の後藤謙治部長と、同プログラムから生まれた新会社・Water Scapeの川崎雅俊社長にインタビュー。運営側として社内起業家を支える後藤氏と、「背中を押すというより、崖から突き落とすようなスパルタプログラムだった」と笑いを交えて語る川崎氏。2人の言葉から見えてくる、社内スタートアップ制度の成功に必要なものとは。
社外のメンターも参加して「白帯」から「免許皆伝」まで伴走支援
- HIP編集部
(以下、HIP) -
まずは、サントリーが新規事業の創出に力を入れている理由を教えてください。
- 後藤謙治氏
(以下、後藤) -
創業者・鳥井信治郎の「やってみなはれ」という言葉にも象徴されるように、サントリーはこれまでもつねに新しいことに挑戦して、市場を生み出すことで成長してきました。常識や消費者のニーズが変わり続ける現代において、これから先も価値を提供していくには、失敗を許容しながら新しいビジネスをつくっていく必要があります。
そんななかで2021年6月に新設したのが、未来事業開発部です。
- HIP
-
どんな役割を担う部署ですか。
- 後藤
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1つが、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の運営などを通じて、社外とのオープンイノベーションを生み出すこと。もう1つが、社内に眠るビジネスの種を発掘することです。FRONTIER DOJOは、後者のための取り組みですね。

- HIP
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そのFRONTIER DOJOですが、どのようなプログラムなのでしょうか。
- 後藤
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新規事業のアイデアを全社で募り、座学や社外起業家によるメンタリングなどを通じて、ブラッシュアップしていくプログラムです。
エントリーした社員は、最初は全員「白帯」の入門生。その後、書類選考・面接を経て「茶帯」、中間プレゼンを経て「黒帯」へと昇進していきます。「茶帯」から先は、応募者が所属する部署と連携して、稼働時間の2割を新規事業の業務に割くことを認めています。

- 後藤
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最終プレゼンを通過すると晴れて「免許皆伝」となり、アイデアの事業化を進めていくことになります。
- HIP
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運営については、社外からの協力も得ているようですね。
- 後藤
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はい。起業支援を行うパートナー企業のゼロワンブースターから、プログラムの進行、道場生のメンタリング、免許皆伝後の伴走といった面でサポートしてもらっています。
社内のわれわれは、どうしても既存事業の物差しで新しい事業のアイデアを見てしまいがちで、それでは可能性を潰しかねない。また、ゼロワンブースターには起業経験者もいて、先輩としてのアドバイスも含めたメンタリングで、道場生を厳しく鍛えてくれています。
独力での事業化に行き詰まり、「道場」の門戸を叩いた
- HIP
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Water Scapeを立ち上げた川崎さんは、どのような経緯でFRONTIER DOJOに応募したのですか。
- 川崎雅俊氏
(以下、川崎) -
私の所属していた水科学研究所(サントリーグローバルイノベーションセンター)は、サントリーのものづくりに不可欠な天然水を持続的に活用するための研究をしています。2003年の設立以来、水資源に関するさまざまなノウハウを蓄積してきました。

- 川崎
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そこで、その知見を顧客に提供するサービスをつくれないかと考えたんです。当初は、研究所内で試行錯誤を重ねていました。正直、自分たちだけでなんとかできると思っていたんですよね。
でもそれだと、うまくいかなかった。事業化に関する知識・経験が足りず、策定したビジネス戦略にもいまいちリアリティーがなくて……。行き詰まっていたころ、チームのディスカッションのなかでFRONTIER DOJOの話が出たのが転機でした。
- HIP
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Water Scapeは、どういったサービスを展開しているのでしょうか。
- 川崎
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一言で言うと「地下水を見える化する」サービスで、現在はサントリーと同じ製造業の企業を対象にしています。
水は、あらゆる製造業にとってなくてはならないもの。多くの工場が、敷地内で地下水を調達しています。ただ、知らないうちに枯渇が進んだり、管理したいと思っても方法がわからなかったり、といった課題を抱えた企業が多くあるんです。

- 川崎
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そこでWater Scapeでは、地下水の量や質を可視化する管理システムの確立や、持続可能な用水の確保に向けたアクションプランの策定などを支援しています。
- HIP
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FRONTIER DOJOの運営事務局としては、川崎さんの事業アイデアのどこを評価したのでしょうか。
- 後藤
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エントリーシートの時点から、水や自然との共生を大切にするサントリーらしい事業だと思いました。さらに、サントリーがこれまで蓄えてきた知見をしっかり生かせるビジネスでもある。われわれにしかできない、われわれだからこそやるべき事業という点が大きかったと思います。