「持ってないヤツ」は誰でもアントレプレナー候補
- HIP
- 「イノベーションには多様性が重要」……ことばとして知ってはいても、理想論のように捉えてしまい実感をもてていない人も多いかもしれません。小村さんはいかがですか?
- 小村
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ハーバード・ビジネススクールのハワード・スティーブンソン教授がこんなことを言っています。
「アントレプレナーシップとは、現在コントロール可能な資源を超越して機会を追求することだ(Entrepreneurship is the pursuit of opportunities beyond resources controlled)」。
アントレプレナー、つまり起業家は、コントロール可能な資源の限界を超越し、不確実性を飛び越えて価値を創出していく存在だというわけです。これを裏返して言うと、起業家は「持ってない人」がやる仕事なんですよ。「持ってない」からこそ持てるように外部からリソースを獲得する必要があるわけです。
- HIP
- ヒップホップグループのRHYMESTERは、「持ってるヤツに 持ってないヤツが たまには勝つと思ってたいヤツ」(「ザ・グレート・アマチュアリズム」)と歌っていますが、そもそも「起業=持ってないヤツがやること」なわけですね。
- 小村
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その通りです。「持ってないヤツ」こそが起業家候補。冒頭でも言ったように、新しいレモネードを作るのだって立派なイノベーションなんですよ。
- HIP
- スタートアップだけでなく、あるいは「東京のごく一部の人たち」だけでなく、各々の現場でチャレンジしている人たちの出会いを作っていくことがアントレプレナーを生み出していくためには大事だ、と。ROCKET PITCHはそれを強く意識して開催されているんですね。
日本のビジネスパーソンは「つながれていなかった」
- HIP
- ピッチとは資金調達を目的にやるものだ、というイメージも強くあると思います。しかし、ROCKET PITCHはそうではないとお聞きしました。
- 小村
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もちろん資金調達は重要ですし、ROCKET PITCHで資金調達できた事例もあります。それは主催者としては嬉しいことですが、実は資金調達よりも「仲間をつくること」のほうが大事だとも思っています。専門用語で「知己ネットワーク」「メンターネットワーク」と言ったりしますが、成功しやすい起業家は人脈を豊富に持っているという研究もあります。
たとえばGSER(Global Startup Ecosystem Report)という世界を網羅したスタートアップ調査では、「Performance=成果」「Funding=資金」「Market Reach=市場の大きさ」「Talent=才能」「Knowledge=知識」といった尺度で10段階で評価し、世界各都市でのイノベーションの起こりやすさを調査しているんですね。そのなかで重要な指標として「Connectedness=つながり」があるんですが、東京は2021年、2022年と2年連続で最低評価の「1」でした(※)。
(※2023年調査での東京の「つながり」は7まで成長、ただし総合ランキングでは15位。なお総合ランキング1位は長年シリコンバレーで、2位にロンドンないしニューヨーク、さらにテルアビブ、ボストン、北京、シンガポール、ロサンゼルス、上海、ソウルなどが続く)
- HIP
- 東京にはビジネスパーソンの数そのものは多い一方で、お互いのつながりは希薄だったのですね。
- 小村
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人間が産業に埋め込まれて仕組み化されてしまったことの弊害ですよね。ぼくもBtoBの営業をやっていましたが、いわゆるルート営業だとお客さんも決まっているし、土日に誰かと遊ぶとなっても会社の先輩や上司と一緒にフットサルをするという世界で生きていました。そうなると、会社以外のコネクションは不要になってしまうんです。
- HIP
- 日本では「空気」「世間」の支配力が強くて、それゆえ同調圧力が強いと言われます。一見「つながりすぎ」にも見える日本のビジネス社会ですが、実はちゃんとした意味ではつながれていなかった、と。
- 小村
- 信頼関係には大きく分けて2種類、「特定信頼」と「一般信頼」があるとされています。例えば山田さんという人がいるとして、「山田さんは森ビルの社員だから信頼する」というように、所属している会社=情報に基づいて信頼するのが特定信頼。他方、一般信頼は「山田さんが森ビルの社員であるかにかかわらず信頼する」というものです。
- 小村
- 社会心理学者の山岸俊男さんが行った調査で興味深い事例があって、日本人とアメリカ人を比較したときに、アメリカ人の方が一般信頼の度合いが高いというんですね。アメリカに行くと、アメリカ人って見ず知らずの人であっても「Hi!」「How are you?」なんて言って、話しかけるじゃないですか?
- HIP
- アメリカって日本より治安の悪いイメージがある一方、道で困っている人がいたら「どうしたの?」と手を差し伸べる人も、なぜか多い実感があります。
- 小村
- 一方、日本は逆で特定信頼は高いけど一般信頼は低い。そういった要素が「つながれなさ」をつくり出していて、そのままではイノベーションを生み出せません。その危機意識のなかで、日本のアントレプレナーのあいだにも、ピッチというコミュニケーションと、そこで生まれるつながりの重要性に関心が高まっているのかなと思います
究極的な目標は「幸せになること」
- HIP
- 今回のROCKET PITCHでも「さぁ仲間を集めよう!」と謳われていますよね。この言葉の意味について、もう少し突っ込んで小村さんに伺ってみたいのですが。
- 小村
- 極論を言ってしまうと「起業」は手段でしかないと思っています。もちろん大型の資金調達をして、その期待に応えて必死に働く生き方はすばらしいと思います。しかし、やはり「みんなが幸せになるべき」だし「幸せになってほしい」というのがぼくの想いなのです。例えば、新型コロナの影響で2020年の夏の甲子園が中止になってしまいましたよね。
- HIP
- いつものトーナメントは行われず、同じく春の選抜に出場予定だったチームが「交流試合」ということで1試合だけやる形式でしたね。
- 小村
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実はそのときに高校球児だった大学生の男の子がROCKET PITCHに登壇して、ベンチャーカフェにも来てくれるようになったのです。最初にピッチしていたのは一般的なビジネスアイデアでしたが、いまでは「あの夏を取り戻せ」と銘打って、クラウドファンディングで失われた甲子園をもう1回やり直すプロジェクトをスタートし、なんと今年11月、甲子園で試合を開催することが決まっているんです。
彼にとって、ROCKET PITCHがどれほど役に立ったかはわかりませんが、「人前に立って自分を問う」という経験を通じて彼の成長に役立てたのなら、それは意義があったのかなと。
- HIP
- ピッチで提案したアイデアがそのまま形にならずとも、そこで経験をすることで何か別の形で踏み出すことができた、と。
「遠くへ行きたいならみんなで行け」は(思ってるよりも)かなり重要
- HIP
- それにしても、ROCKET PITCHのルールとして設定されている「1人3分」という時間制限は、やはり短く感じられます。
- 小村
- よく「3分って簡単そうに見えて難しいですね」と言われます。これだけ短いからこそ、何が本質なのかを考え抜かなければいけませんから。
- HIP
- なるほど、考え抜く面白さもあるわけですね。ベンチャーカフェにしろ、ROCKET PITCHにしろ、参加してみることで、自分のやりたいことの本質を見極められたり、その人自身のフットワークが軽くなるなら、それはすごく大事なことですね。
- 小村
- 重たい荷物を持っているときに、ふと安心するのは仲間ができた瞬間です。何かしら課題を抱えているときに、もっと重たいものを背負っている人と友達になると、自分の荷物が軽く見えたりもします。アフリカの諺(ことわざ)で、「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」というものがありますが、それは多くの人が思っているよりもはるかに大事なことなんだと思います。
- HIP
- 一人ひとりが自分の生活や仕事のなかで「みんなで行く」ほうがよさそうなことはないか、よく探してみるのは大事なことかもしれませんね。そして、今回の開催はオープンしたばかりの麻布台ヒルズでの開催となりますが、前回までとの違いは何かあるのでしょうか?
- 小村
- 前回は虎ノ門フォーラムでやりましたが、今回は日本でいちばん新しい、大きい、高い場所でやろう、と(笑)。ぼくたちは、ピッチも大事だけれど、それ以上にピッチの前後で生まれるつながりがすごく重要だと思っています。今回は、よりネットワーキングしやすいように、登壇者による展示ブースも設ける予定です。また、今回は審査員に事業会社の方も来るので、大企業との事業提携の機会としても活用してもらいたいですね。
- HIP
- ありがとうございます。では最後に、今回のROCKET PITCHにかける主催側の意気込みがあれば、改めてお願いします。
- 小村
- 「スタートアップのためのイベント」だと謳えばたしかに分かりやすいのですが、ROCKET PITCHはそうではありません。一歩引いてみて、「よりよい社会をつくりたい」とか「自分の夢をかたちにしたい」という想いをもつ人たちが一同に会する場として捉えてもらえればいいのでは、と思います。そうした方々が一歩でも先に進めるような機会を提供できたら、と思っています。登壇者としても、あるいは登壇者を見守る参加者としても、ぜひ気軽に足を運んでみてほしいです。