生成AIは爆速で70点、将来的にはそれ以上のアイデアを出す
- HIP
- お話を聞いて思ったのが、たとえば広告業界では伝統的に、新人のコピーライターにキャッチコピーを100個考えさせる、というトレーニングがありますよね。当人にとっては非常につらい作業ですが、生成AIはそういった一定レベルのクオリティと数が求められる作業に向いているかもしれないですね。
- 黒柳
- はい、その使い方は生成AIの特性をうまく引き出していますね。私は「生成AIは爆速で70点を出してくれるもの」だと考えています。これから精度が上がっていくと80点、90点を出していくようになるでしょう。
ただ、結局のところ、最後の「仕上げ」は人間がやらないといけません。むしろ、そこにこそ人間の価値があるととらえたほうが良いでしょう。
新規事業の話でいうと、自社の持つ特許の活用でもAIが力を発揮します。大企業であれば、自社で特許を持っていることも少なくないですよね。「製造業の特許をエンタメ業界に横展開するにはどんなアイデアがあり得るか」というふうにプロンプトを書けば、自分ではなかなか思いつかないビジネスアイデアを出してくれたりもします。
- HIP
- 素朴な疑問なのですが、プロンプトを書く際に、ChatGPTに対して「丁寧さ」「礼儀正しさ」は果たして必要なのでしょうか。
- 黒柳
- これは諸説あります。タメ口や命令形でもいいという意見もありますが、多数派は「礼儀正しいプロンプトを書く方が、求める回答が返ってくる可能性が高い」というもの。
ほかにも「エモーショナルプロンプト」といって、プロンプトを書いたあとに「君ならできる!」と励ましの言葉をかけると、精度が上がるという実験結果もあります。そういった部分も含めて、皆さん自身で対話を重ねると、生成AIと付き合ううえでのヒントを得られると思います。ぜひ、いろいろ試してみてほしいですね。
生成AIを活用するかしないかで、数年後に大きな差がつく
- HIP
- 黒柳さんのおっしゃるように「創造性」に着目して生成AIを活用する取り組みは、現実のビジネスシーンでも進みつつあるのでしょうか。
- 黒柳
- いくつか実例が出てきています。たとえば食品会社がレシピサイトを運営しているケースはよくありますよね。長年運用してきていると、レシピの数は万単位に上っていたりもします。
一方で近年、ヴィーガンや食物アレルギーなどを持つフードマイノリティの方々に向けたレシピのニーズが高まってきていますが、そういったレシピはまだ少ない。
- HIP
- そうですよね。
- 黒柳
- しかし、生成AIなら「動物性タンパク質を使わない」「卵や甲殻類を使わない」といった条件を指定して、レシピを考えてもらうことも可能です。すでに万単位のレシピを持つレシピサイトの場合、どういう食材で、どういう調理をすれば、どういう食感になるかというデータを大量に蓄積しています。
なので、たとえば「卵を使わないプリン」をつくるために、代替食品を使ってプリンに似た料理のレシピをたくさん考案してもらう、といった使い方ができるんです。
私が各企業で生成AIの導入を支援していて感じるのは、こうした活用事例が水面下で次第に増えていっているということです。数年後、活用している企業とそうでない企業のあいだで圧倒的な差がついてしまうでしょう。
- HIP
- ところで、黒柳さんはこれまでマイクロソフト、フェイスブック(現:メタ)などのビッグテック企業でキャリアを歩んでこられましたよね。生成AIと出会ったのもそのころだったのでしょうか。
- 黒柳
- いや、きっかけはもっと些細なことでした。2020年の夏にテキストから画像を生成する技術に出会って、「これでアートをつくってNFTにすれば売れるのではないか」と単純に考え、プライベートで夢中になってつくっていました。もちろんまったく売れなかったので、いまでは黒歴史です(笑)。
ですが、そうしているうちに、生成AI活用にはプロンプトがきわめて重要であることを実感し始めたんです。「生成AIのビジネス活用のためにはプロンプトエンジニアリングの概念を普及させることが必要だ」と考え、そのためにスパイクスタジオを、そして去年、非営利団体である日本プロンプトエンジニアリング協会を立ち上げました。
- HIP
- スパイクスタジオは企業のAI活用支援を行なっているとのことでしたが、非営利のプロンプトエンジニアリング協会の役割はどのようなものなのでしょうか。
- 黒柳
- プロンプトエンジニアリング協会では、誰でも参加できるSlackのチャンネルで情報を共有したり、イベントを開催して会員同士のコミュニケーションを深めたりしています。皆で協力して生成AIの活用情報にキャッチアップしていくことが目的のコミュニティですね。
この2つの両輪で、あらゆる人々に生成AIのことを知ってもらい、生産性向上に役立ててほしいと考えています。
「プロンプトソン」で日本企業を活性化したい
- HIP
- 海外での生成AI活用事情についてもうかがいたいです。やはり日本と他の先進諸国では違いがあるのでしょうか。
- 黒柳
- 2023年8月から9月にかけて実施された調査では、「生成AIサービスを導入済み」と答えた企業の割合は日本で18%である一方、米国では73.5%、オーストラリアでは66.2%と、かなり差が開いています(※)。
日本人の平均年齢は50歳に近づいており、特に大企業のマネジメント層の年齢が高いためか、国際比較ではITリテラシーもやや低い傾向にあります。最初に申し上げたように日本企業の経営層は「生成AIを活用せねば」という危機感が非常に高い一方、そのパッションが現場の層にうまく降りてきていないのです。
※ NRIセキュアテクノロジーズが発表した「企業における情報セキュリティ実態調査2023」より
- HIP
- ビジネス活用率を上げるために、どんな施策が必要になるのでしょう。
- 黒柳
- 1つはマネジメント層の方々が、自身の業務に積極的に生成AIを活用していき、実例を示すこと。そしてもう1つ、これが非常に重要だと思いますが、社員にツールだけを渡して終わるのではなく、教育プログラムとセットで導入することです。
また、生成AIを評価制度や福利厚生に適用するなど、企業のガバナンスそのものに埋め込んでいくことが、活用を後押しすることになると考えています。
- HIP
- 最後に、これから黒柳さんが生成AIに関して取り組んでいきたいことを教えてください。
- 黒柳
- 生成AIには大きなポテンシャルがありますが、「仕事が奪われるかもしれない」という恐怖感を覚えている方も少なくありません。ですがプロンプトエンジニアリングを学んでいけば、生成AIはむしろ人間の味方になってくれる存在であることが理解できます。
手を強化する金づち、視覚を強化するメガネや望遠鏡、移動力を強化する自転車や自動車などと同様、生成AIは人の認知やデジタル上の行動を拡張してくれる道具とポジティブにとらえて活用していただきたいです。そうすることで自分のいまの仕事をどう発展させていけばよいかのアイデアも得られることでしょう。そのために私がこれから取り組んでいきたいのが、「プロンプトソン」です。
- HIP
- エンジニアやデザイナーなどが立場の異なる人が集まり、チームになってアイデアを出し合う「ハッカソン」のようなものでしょうか
- 黒柳
- そうです。たとえば、社員50人に参加してもらって5人1組でチームを組み、いまの業務を効率化するためのプロンプトを書いてもらう。そして、どういう回答が返ってきたかを採点対象にして、最優秀アイデアを選びます。こうしたプロンプトソンを行なうことで、生成AIに任せるべきこと、人間がやるべきことを見定めることが可能になるでしょう。
最優秀アイデアについては、PoC(概念実証)、実用化、導入に向けた社内教育などもサポートして、社員一人ひとりの活用を促せたらいいですね。
最終的な目標は日本の生産性を高め、生成AIと共存しながら幸せに暮らしていける社会をつくることです。そのために会社の事業だけではなく、プロンプトエンジニアリング協会でのナレッジシェアも含めて頑張っていきたいですね。