人生100年時代、政府は社会制度改革の一環として「生涯現役社会」を掲げ、意欲さえあれば高齢でも働ける世の中を目指す。その一方、多くの大企業では、一定の年齢を迎えると管理職から離れる役職定年を設置。その結果、スキルや経験と実際の仕事がマッチせず、仕事への意欲が低下するケースも珍しくない。
そんな社会課題に挑むのが、ミドルシニア層を中心としたプロフェッショナル人材のマッチング事業「プロドア」だ。
このプロドアは、新規事業創出を目指す東京海上グループの社内公募制プログラム「Tokio Marine Innovation Program」(通称「TIP」)から初めて事業化されたプロジェクト。しかも、わずか1年でサービスをローンチしたという。なぜ損害保険会社で人材系の新規ビジネスを、このスピード感ではじめることができたのか。プロドアの生みの親である市原大和氏には誕生のきっかけと事業化までの経緯を、TIPを推進する村上隼也氏には、東京海上ホールディングスが目指すイノベーション創出のかたちを聞いた。
取材・文:笹林司 写真:玉村敬太
ミドルシニアのスキル・経験を最大化する人材サービス「プロドア」とは?
HIP編集部(以下、HIP):最初にプロドアのサービス概要から教えてください。
市原大和氏(以下、市原):プロドアは、経験豊富で専門スキルを持ったミドルシニア層のプロフェッショナル人材(以下、プロ人材)と、課題を持つ企業をつなぐマッチングサービスです。東京海上ホールディングス(以下、東京海上HD)の100%子会社である東京海上日動キャリアサービス(以下、TCS)が提供しています。
サービスの流れとして、まずはご要望いただいた企業に経営課題や事業課題についてヒアリングを行います。その後、課題解決に適したプロ人材を選び、企業との面談をアレンジ。面談では、プロ人材が企業に対して、今後数か月間で何をやるのか具体的に提案をします。面談後、両者が合意した場合は、企業側からTCSに業務委託をしていただき、プロ人材にその業務を再委託するかたちです。
実際、ミドルシニアの方にヒアリングをすると、「スキルや経験を活かせる場がほしい」という声が圧倒的に多かったですし、事業構想をお伝えするとすごく喜んでいただけました。「是非やってほしい」「素晴らしいビジネスだ」と。きちんとこの期待に応えるサービスにしようと決意しましたね。
HIP:内容が近いサービスはすでに存在していますよね。プロドアの特徴はどこにありますか。
市原:大きく三つあります。一つ目は、プロ人材に対する研修制度を用意している点です。例えば、プロとしてのマインドリセット、中小企業の理解、個人事業主としてのお金の管理法など、マッチング後の活躍やプロ人材の成長も応援していきます。二つ目は、手数料の透明性を確保している点です。従来の人材マッチング事業は金額や手数料の透明性が確保されていないケースが多く、企業側とプロ人材側の期待値のズレが大きいため、契約期間が短くなる傾向にありました。三つ目は、マッチングした案件について賠償責任保険を自動付帯している点です。こうすることで企業側、プロ人材双方が安心して働ける環境をつくっております。
「金儲け」より「好き」を追求。プロドア着想のきっかけは?
HIP:プロドア着想のきっかけを教えていただけますか。
市原:いずれは独立して自分で事業を興したいと思っており、入社した頃から起業家の話を聞きに行ったり、セミナーに参加したりしていました。そのなかで心に響いたのが、「儲けを目的にしても続かない。好きなことで起業すれば、どんな困難も乗り越えられるので、金儲けが目的の人には絶対に負けない」という言葉。
そこであらためて、自分が好きなものを考えたときに思い浮かんだのが、「ヒト」が好きだという想いでした。その人が歩んできた人生を聞くことが楽しくて好きなんです。だったら、人をベースにしたビジネスに携わるのが正しいのではないかと。
HIP:方向性は早い段階で決まっていたのですね。人材ビジネスに決めたのはなぜですか?
市原:もともと入社してからずっと、いずれ何かやろうとアイデアをメモ帳に書き溜めていました。そのなかの一つですね。どんなに優秀な人でも全員が役員になれるわけではありませんし、日本の大企業の多くは役職定年制をとっている。なかには、モチベーションが下がる人もいるでしょう。私が新卒で入社した際に配属された東京海上日動火災保険の財務部門には、本当に優秀な方々がたくさんいました。ただこうした優秀な方々もいずれは役職定年や退職をむかえてしまう。そこでふと思ったのです。もし、この優秀な人たちが役職定年後や定年後にもっと活躍できる場所をつくれたら、日本の経済はよりよくなるのではないかと。この発想がプロドアの元になり、新規事業創出を目指す社内公募制プログラム「Tokio Marine Innovation Program」(以下、TIP)への応募につながりました。
HIP:なるほど。アイデアを温めていたんですね。
市原:じつは数年前、Tokio Marine Egypt General Takafulという子会社(在エジプト)でCOOを務めており、約150人のマネジメントや経営にも携わらせていただきました。帰国してからはさらにステップアップすべく東京海上グループ全体の経営に携われるポジションを希望しており、諸先輩方に相談したところ、「自分で事業を立ち上げて、実績をつくることが近道だ」と。その際、メールで送られてきたのが、TIPの募集要項が記されたURL。読んだとき、まさにこれだと思いました。
一次審査通過者への研修、社外メンター活用も。公募プログラムTIPの取り組み
HIP:村上さんは、東京海上HDでTIPを運営していますが、TIP誕生のきっかけを教えてください。
村上隼也(以下、村上):TIPがはじまったのは2017年で、現在は5回目が開催されています。テクノロジーが急速に発展するなか、われわれの保険業界でもフィンテックやインシュアテックにより、新サービスやスタートアップが続々と誕生。環境が大きく変化しています。
こうした環境下では、色々な角度から多様なアイデアをスピーディーに検討して進める必要がある。そのため、社員から広くアイデアを募ってイノベーションを実現する制度として誕生しました。
HIP:TIPはデジタル戦略部の管轄だそうですね。
村上:デジタル戦略部は、デジタルを活用してイノベーションを実現するミッションを担っており、それを後押しする制度の一つとして人事部門と共同でTIPを運営しています。
HIP:応募してから合格まではどのような流れで進むのですか?
村上:最初は、概要を告知して社内で企画の募集を行います。昨年からは社内のイノベーションに対する意識を高める施策として、社外の有識者を招いて講演をしてもらったりメッセージをいただいたりもしています。前回は東京海上日動火災保険の元社員である、フェイスブック ジャパンの前CEO、長谷川晋氏をお迎えしました。
一次審査は門戸を広くするため、解決したい社会課題と解決のためのビジネスモデルを紙一枚程度にまとめる簡単な様式にしています。新規事業やイノベーションと聞くとどうしても身構えてしまう人が多いので、初めのエントリーは気軽に応募できるような工夫をしています。
一次審査に合格したら、大企業の新規事業創出を後押ししているベンチャーキャピタル・WiLに協力をいただきながら、開催を重ねるなかで、徐々に講師とかはわれわれで内製化しながら、デザイン思考などの研修を行い応募案をブラッシュアップします。
HIP:一次審査を通過するだけで研修を受けられるのは、珍しいですね。
村上:そうですね。この時点で、皆さん、自分が応募したアイデアの実現に足りないことやリサーチの甘さなどに気づくようです。二次審査と三次審査は詳細な事業計画書と資料の提出。ちなみに二次審査を通過したメンバーは、社外メンターに師事して新規事業開発のノウハウを学ぶことができます。そして、最終審査は役員の前でのプレゼン。採用されたら、プロジェクトが始動します。
HIP:審査段階での教育制度がかなり手厚いですね。合格者は何人くらいでしょうか?
村上:毎年の合格者は1人から2人程度になります。プロジェクトがはじまったら、デジタル戦略部に異動してもらい、本格的に検討を進めていくことになるので、応募者は異動してでもやりたいという気概がある社員ばかりですね。