東芝がスタートアップ企業とタッグを組み、2015年より挑戦を始めているイノベーション事業「オープンネイル」。東芝のIT技術と3Dプリンターを用いて、ユーザーの爪にぴったりのネイルチップ(つけ爪)をつくる同サービスは、「忙しくてネイルサロンに通えない」女性の悩みを解決するプロジェクトとして、注目を浴びている。
しかし、このサービスはそこでは終わらない。近い将来「爪をオープンプラットフォームにする」とプロジェクトメンバーが語るとおり、既存のインフラをも大きく変えてしまう可能性を持ったプロジェクトだ。2015年、いわゆる「東芝危機」の真っ只中にスタートした「オープンネイル」プロジェクトの裏側には、どのようなストーリーがあったのか。事業に携わる寺岡佳子氏と中村恭子氏に話を聞いた。
取材・文:笹林司 写真: 豊島望
従来のネイルチップの欠点を、東芝の画像認識技術で解決した。
HIP編集部(以下、HIP):まず、「オープンネイル」の事業内容を教えてください。
中村恭子氏(以下、中村):3Dテクノロジーを活用して制作したカスタムフィットのネイルチップ、いわゆる「つけ爪」を販売する事業です。東芝は、指先の3Dデータから自動で爪の形状を抽出し、つけ爪の設計をするソフトウェアを開発。ECサイトでネイルチップを販売しているスタートアップ企業「ミチ」が製造・販売を行っています。
中村:東芝が開発したソフトウェアは、長年研究開発を進め、自社の強みとなっている画像認識技術を活用したもので、これにより自分の爪にフィットしたネイルチップをつくることが可能になりました。
お客さまは、爪型を取り、ミチに送付します。送付された爪型をデジタルデータ化し、3Dプリンターを使って爪の形にぴったりのネイルチップを作成。そのネイルチップに、プロのネイリストがお客さまの希望したデザインを施します。完成したらお客さまに発送されて、ポストで受け取るという流れです。一度ネイルチップの型をデジタル化してしまえば、その後はデザインを指定するだけで、ネイルチップが送られてきます。
HIP:3Dプリンターでつくったネイルチップには、どのようなメリットがあるのでしょうか。
寺岡佳子氏(以下、寺岡):もともと、ネイルチップは「忙しくてネイルサロンに通えない」「仕事の関係でネイルができない」という女性が、気軽にネイルアートを楽しむことができるアイテムとして親しまれていました。
しかし、人によって爪の形はさまざまで、市販のネイルチップではフィット感が得られないという課題があった。「せっかく買ったのに使わなくなった」という経験がある女性も多いのではないでしょうか。
「オープンネイル」の場合、個人の爪の形に合わせてつくっているので、ピッタリとフィットするのが特徴です。これを実現するために、高度な画像認識技術が必要になるのです。
自分の身体のなかで、一番見ることの多い爪をオープンプラットフォームに。
HIP:「オープンネイル」に、画像認識を始めとした東芝の技術が活用されているのは理解できました。しかし、そもそもなぜ「ネイル」だったのでしょうか。社会インフラや半導体、ICTのイメージが強い東芝と美容はかけ離れている印象です。
寺岡:もともとは「普段、自分の身体のなかで一番目にすることの多い『爪」のオープンプラットフォーム化ができたら面白い」というアイデアからスタートしました。ネイルチップの表面が液晶画面になっていて、スマホのように情報が表示されるようなものをイメージしていたんです。
HIP:女性が持つネイルの悩みだけがスタートではなかったのですね。
寺岡:3Dプリンターと女性の悩みをかけ合わせてイノベーションを、という話をしていくなかで、爪のプラットフォーム化というアイデアを思いついたんです。ただ、爪のプラットフォームをいきなりゼロからつくるのは難しいので、まずはファッションネイルの市場に切り込むことを考えました。
ネイルに関心がある女性のなかでも、実際には約3割の人しかネイルを楽しんでいないというデータがあるのですが、それだけでも国内で約2,000億円の市場になります。この市場に、東芝の画像認識や3Dテクノロジーを活用したネイルチップで参入する新規事業なら、社内ベンチャー支援制度「Toshiba Startup」に合格するかもしれないという目論見がありました。
HIP:実際、見事に合格してプロジェクトが始まりました。
寺岡:はい。「Toshiba Startup」で支給される予算を使って、事業計画を立てたり、社員の爪で実証実験を行ったりして、どうすれば事業として成立するかを試行錯誤していました。
HIP:中村さんもこのときから参加されていたのでしょうか。
中村:いえ、私が参加したのは「Toshiba Startup」の成果を事業部に移管するタイミングです。私自身、東芝でネイルや美容の仕事に携われるとはまったく思っていなかったので、これは面白いなと思いましたね。上長に「ぜひやらせてください」とお願いして、そこから、プロジェクトに加わることになりました。
寺岡:当時「Toshiba Startup」の支援期間満了の時期が迫っていたなか、事業化に向けて中村さんたちのような自社内の事業部がリスクを取って協力してくれたことは、非常にありがたかったですね。おかげで、事業化に向けた活動が本格的に走り始めたんです。