実績をつくることが何よりも重要。スモールスタートで、早急に事業化を目指した。
HIP:中村さんは、事業戦略を担当されたとのことですが、現実的にはどのように事業化しようと考えたのでしょうか。
中村:まず、東芝としてどういった関わり方がベストなのかを考えました。ネイルチップの製造事業者になる、販売事業者になるなど、さまざまな選択肢がありましたが、すでにある事業の領域を超えるにはどうしても時間がかかってしまう。
まずは実績をつくることが重要だと考え、スモールスタートで立ち上げることを優先しました。そこで、コアとなる画像認識技術を活かした東芝の3Dデータ作成ソフトウェアを提供して、スタートアップ企業にネイルチップを製造、販売してもらうのが一番早いという結論に至ったのです。
HIP:すべてを自社でやろうとせず、協業する道を探ったんですね。
中村:その座組であれば、私が所属する事業部が行っているソフトウェアのライセンス事業と同じになると考えました。
寺岡:私も、東芝がいきなりネイルチップの販売事業者や製造事業者になることは現実的ではないと考えていました。そこで、事業化するためにベストな販売・製造のパートナーを探していて、日本全国のプロネイリストとのつながりを持ち、ネイルチップの受注販売事業を展開していたミチさんにたどり着いたんです。最初はミチさんが開催していたネイルのワークショップにこっそり参加して、その後、メールで「一緒にやりませんか」とお声掛けしました。
その時点で、すでにコンセプトムービーやプロトタイプは完成していました。形になったモノがあることは大事で、こちらの本気も伝わります。実際にプロトタイプを確かめながら意見を出し合い、ミチさんを始め、少しずつみんなを巻き込んで、ネットワークを広げていったのです。
HIP:ミチとの協業はスムーズに進んだのでしょうか。
寺岡:すごく興味を持ってもらい、ポジティブに進みました。ただ、東芝は大きな組織なので、すぐに決断ができない。「本気でやるなら稟議書を通してくれ」といわれ、社内でのコンセンサスを取りつけて、そこから本格的な協業が始まりました。
HIP:スタートアップとの協業では、いろいろな面で刺激を受けたのではないでしょうか。
寺岡:意志決定の速さは、学ぶところが多いですね。とにかく、彼らは「まずやってみる」ことに重きを置くんですね。東芝は「まず机上での検討」。そこに時間をかけて完璧な企画書を書こうとしているうちに、潰れていってしまうアイデアもたくさんあります。
中村:リスクの取り方が大企業とは違いますよね。ミチさんから新しいアイデアを相談されたら、私たちは法的な解釈やコンプライアンスから考えてしまう。もちろん、そこは重要なのですが、ミチさんは「責任は私たちが持つので、やらせてください」と言って、どんどん進める。彼らからすると、私たちの進め方はまどろっこしく見えたかもしれません。
寺岡:一方で、「東芝と一緒にやっている事業」といえば、これまで会ってもくれなかったところが、話を聞いてくれるようになったとも言っていました。そういった意味で、お互いの強みを活かしながら、事業を進められていると思います。
家族や娘さんに「いいね」と言われたことで、ニーズを理解してもらえた。
HIP:東芝は歴史ある企業ですし、社会インフラなど大きな事業も手掛けてきた実積もあるだけに、「なぜ、ネイルをやるのか」という声もあったのではないでしょうか。
中村:そういった反応は、たしかに、まったくなかったとは言えません。しかし、実証実験には、東芝社員の家族や娘さんにも来てもらえたんです。妻や娘さんに「欲しい」とか「いいね」と言われたことで、理解してくれた社員も多かったんですよ。一見、女性の悩みにフォーカスした新規事業に見えるので、男性社員はニーズをイメージしにくかったのだと思います。私たちが説得するというより、周囲の評価を知ることで、徐々に考えが変わっていったという印象です。
HIP:「オープンネイル」を事業化しようと奮闘していた2015年頃は、東芝としてさまざまな問題を抱えていた時期と重なります。「こんな大変なときにネイル?」という意見と「いまだからこそ新しいことを」という意見、どちらが多かったですか?
中村:後者だと感じています。多くの女性社員に、「東芝でこういった新しい事業が生まれたことは、励みになります」と言われたときは、嬉しかったし、背中を押してもらいましたね。
やはり、あれだけの出来事だったので、全社的にモチベーションが下がっていたのは事実。そんななかで、「オープンネイル」という新規事業が立ち上がったという事実が、社員に響いたのだと思います。実際、いろんな関連会社や事業部から人が訪ねてきて、「どうしたらこういったことができますか?」と聞かれました。
寺岡:採用活動でも、こういった新規事業に挑んでいることに興味を持って、弊社を訪れてくれた学生もいると聞きました。そういう話を聞くと、自分たちの取り組みが間違っていなかったと実感しますね。