社外で吸収した新風が新規事業のヒントに。NTT東日本の社外派遣制度
井原智直・崎重朋憲(東日本電信電話株式会社) / 朴在文・黒柳茂(アンカースター株式会社)
2021.11.12

通信大手のNTT東日本(東日本電信電話株式会社)は、盤石の既存事業だけでなく、継続的な新規事業の創造に向けてチャレンジしてきた。その背景にあるのが、イノベーション人材を生み出す独自の育成プログラム。とくに若手を社外へ1年間派遣する「社外派遣プログラム」には、毎年200人を超える社員がエントリー。合格者は自分のキャリアを広げるために他社に出向し、多種多様な業種、企業の技術やカルチャーに触れ、NTT東日本へとフィードバックしてきた。

1年の「武者修行」を経て、社員はどう変わり、どのようにイノベーションや新規事業の創出に結びついているのか? プログラムの責任者であるNTT東日本の井原智直氏と崎重朋憲氏、さらにはプログラムに採択され、海外企業の日本進出を支援するアンカースターへ出向した朴在文氏、同社で朴氏とともに仕事をする黒柳茂氏にお話をうかがった。


文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太

受け入れ先企業の選定や交渉も本人が行なう

HIP編集部(以下、HIP):NTT東日本では若手の人材育成を目的とした「社外派遣プログラム」を実施しています。こちらの概要から教えてください。

井原智直氏(以下、井原):対象は入社3年目以降の若手社員です。まずは書面で「会社全体の課題感」や「自身が目指すもの」「そのために足りないもの」などを提出してもらい、書類選考を実施します。その後、面接の場で本人にプレゼンしてもらい、最終選考を行なうというプロセスです。

1999年にNTTから分社化し、NTT東日本になった当時からあった施策ですが、時代とともに制度の目的や受け入れ先の業態は変化しています。

20年前であれば、若手社員が社外で視野を広げることで、将来の経営を担える人材を育てることが目的で、派遣先はSIer、自動車メーカー、商社などの大手企業が中心でした。これは、若いうちに外の世界を経験してもらうことが狙いです。

井原智直氏

井原:数年前からは、将来の経営を担える人材の育成というよりも、新規事業の創出に目的の比重が高まっています。NTTグループは通信事業の会社として、地域課題の解決をミッションにしていますが、地域には通信以外にも、農業や林業など一次産業や観光などさまざまな業界で課題があります。

新規事業を介してそれらを解決するために、私たちに足りてないのはデジタル領域のノウハウです。近年のDXの流れを受けた、いわゆるデジタル人材の育成も狙いのひとつですね。

そのため派遣先も、なにかに特化したベンチャー企業が増えてきました。当該の社員には、現時点で社内にないスキルを習得してもらうことを期待しています。

崎重朋憲氏(以下、崎重):また、受け入れ先の企業を見つけ、交渉するところから本人にやってもらっています。最終面接で「自分はこんなスキルを身につけたい」「こんな経験を積みたい」「そのためにこの会社に行きたい」とプレゼンしてもらうことで、学びたいスキルや経験を明確にし、会社からGOが出たあと、通常約3か月をかけて受け入れ先と交渉してもらう流れですね。

社外出向制度のある企業はめずらしくないと思いますが、自ら受け入れ先の企業を見つけ交渉するという点では稀なのではないでしょうか。交渉するまでのプロセスだけでも、社員には大きな学びがあり、成長してくれますね。

崎重朋憲氏

HIP:とくにどんな点で成長を感じることが多いですか?

井原:たとえば、ここにいる朴の場合、彼はもともと営業をやっていて、入社から数年間の実績は申し分なかった。しっかり数字も残しているし、部署からの評判もすごく良かったんです。

しかし、最終面接の時点では、自分自身がなにをやりたいかがまだ明確ではないように感じました。ですから、合否については正直悩みましたね。ただ、彼にはそんな不安を凌駕する実績があり、成果を出したいという意欲を強く感じられました。

新しい発想で社内に風を吹かせてくれる期待感もあって、受け入れ先との交渉フェーズに進んでもらったんです。この3か月、さまざまな会社と交渉するなかで、本当にやりたいことを見つけてくれるのではないかと。

実際、本人はいろんなことを考え、ひたすら頭の整理をしたのだと思います。交渉を終え、久しぶりに会ったときには別人のように成長していましたから。

HIP:朴さん、実際はどうだったのですか?

朴在文氏(以下、朴):ご指摘のとおり、最終プレゼンのときには自分がどうなりたいかを、あまり深く考えられていませんでした。当時は営業の成績をいかに伸ばすかという目先のことしか頭になかったんです。だから、選考の場で井原さんから非常に深掘りされましたが、しっかり答えられなかった。落ちたなと思っていましたね(笑)。

ただ幸いにも選考を通していただいて、あらためて会社のこれから、そして自分が今後やりたいことを真剣に考え始めました。自分はこれまで営業職として、商品開発などほかの多くの部署と連携してやってきましたが、みんな頑張っているのに結果が十分に出せていないと感じる場面が多々あったんです。

そこから見えてきたのは、「ビジネスをスケールさせる人材になりたい」ということです。広い視野を身につけて、自ら事業をスケールさせられる人材になりたいと強く考えるようになりました。

朴在文氏

HIP:そして、それができる会社を探したと。

:はい。最初は大企業も考えましたが、1年間という限られた期間では、組織の歯車で終わってしまうのではないかと思い、IT系のスタートアップへシフトしました。

転職エージェントにも登録して、そもそもスタートアップ企業の全体像を把握することに努めたり、過去にプログラム制度を利用した社内の先輩などと壁打ちをしたりして、自分とひたすら向き合い続けました。

そんなとき、会社の先輩から紹介されたのがアンカースターです。当初は大手企業のコンサルティングをやっている会社というくらいの認識しかありませんでしたが、代表の児玉太郎さんにお話をうかがううちに、もっと広い視点でその企業の未来をとらえ、伴走していることを知りました。

この会社なら、自分自身の視野もすごく広がるのではないかと感じましたね。幸いにして児玉さんからも「来たいなら受け入れるよ。というか、うちに来なかったらマジでセンスないよ」と言っていただきました(笑)。

HIP:そして、1年間お世話になることを決めたわけですね。

:そうです。当時の自分のセンスをほめてあげたいですね(笑)。ほかの事業会社とも悩んだのですが、最終的な決め手は、ここで1年間過ごしたあとの自分の姿が良い意味でまったく想像できなかったことです。不安以上のワクワク感がありました。もしかしたら、とんでもなく変われるかもしれない。1年もらえるなら、中途半端な成長ではなく、自分の殻を大きく破りたいと考えたんです。

スタートアップのスピード感やカルチャーをNTT東日本へ

HIP:朴さん以外は、どんな会社を希望する社員が多いのでしょうか?

崎重:業種はさまざまですが、最近多いのはテクノロジー系のスタートアップです。たとえば、AIの解析から社会実装まで行なう会社、アパレルのDXを推進している会社などですね。あとはアグリ(農業)関連の世界を学びたいという者もいて、千差万別ですね。本当に、各々がやりたいことを選んでいるという印象です。

HIP:社外派遣から戻ってきた社員は、どのように活躍されていますか?

井原:たとえば、AIのスキルを身につけた社員が、地域のビジネスプロセスをAIで変えていく取り組みを行なっています。そんなふうに派遣先で培ったスキルをそのまま仕事につなげるケースもあれば、学んだものを生かして新しいビジネスを構想する者もいます。

社内に新規事業をつくるチームがあるのですが、そこで新たなビジネスを生み出して会社化していくということも増えてきましたね。

HIP:新規事業につながった例でいうと、どんな事例がありますか?

井原:具体的には、農業分野のスタートアップ企業に行った社員が、新たにNTT東日本が立ち上げた農業関連の会社の中心人物として新規事業に携わっているような例があります。また、派遣先の企業で学んだデータ利活用のスキルを生かし、自治体と連携して持続可能な都市を目指す「スマートシティ事業」に取り組んでいる社員もいますね。

HIP:文化の異なる企業で働くことでNTT東日本にはないマインドを身につけてもらい、それが社内にフィードバックされるようなところも期待していますか?

井原:まさに、それもひとつの狙いですね。昔の派遣先は大企業ばかりで、やはりNTT東日本とカルチャーが似ているため、大きくマインドが変化することはありませんでした。

しかし、新しいビジネスをつくるなら、やはり社内に新しい風を吹き込まなければならない。とくに、スタートアップの考え方、スピード感、カルチャーはぜひ取り入れていきたいと考えています。

実際、1か月前に派遣先から戻ってきたある社員は、これから成長していくNTT東日本のグループ会社に改革要員として配置しました。そこで、外で見てきた新鮮なカルチャーの風を、グループ全体に吹かせてほしいと期待しています。

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