とにかくゴールまでやり切ること。モチベーションを下げないための仕掛け
HIP:先ほど2019年に「イントレプレナープログラム」が発足したというお話がありましたが、その背景にはNTT東日本としてどんな課題感があったのでしょうか?
長谷部:NTT東日本には、通信事業を用いて地域課題や社会課題を解決していくというミッションがあります。しかし、近年は一つひとつの課題が複雑化し、より根深いものになってきました。
それらを解決していくためには、現場にぐっと入り込み、各地域の特性も踏まえながら丁寧にソリューションをつくっていかなければ難しい。これまでのように、画一的なサービスをポンとつくるだけですべてが解決するというものではないんです。
そして、それを本気でやるためには、自ら課題に向き合い新しい事業をつくる「起業家」のマインドセットを持った人間が必要です。
HIP:そうした人材を、社内で育てていこうと。
長谷部:はい。外部のパートナーの力を借りるのも一つの手ですが、私はそうしたポテンシャルを持った人間は、必ず社内にいるはずだと思っていました。
そこで、「イントレプレナープログラム」を設けることでイノベーション人材を発掘・育成していこうと考えたんです。既存事業の枠を超えてチャレンジしたい社員に向け、まずはそのための環境を用意しようと。
最初は一つの部から希望者を募ったのですが、全体の1割ほどの社員が応募してくれましたね。
HIP:プログラムの責任者は長谷部さんが担ったということですが、最初はなにからはじめましたか?
長谷部:まずは参加者に個々が解決したい課題を挙げて、それをシェアし合ってもらいました。
そのうえで、アイデア同士を融合させて、ブラッシュアップしながら、いくつかのプロジェクトチームを結成してもらいました。そこからは各チームのメンバー全員に、本業の20%のリソースのなかで試行錯誤してもらったという流れですね。
ただ、当然ながら事業をつくったことがないメンバーが大半なので、ある程度の「道標」は用意しました。事業化に向けたプロセスをレクチャーしたり、メンターも入れてファシリテーションしてもらいながら事業を設計していくといった具合です。といっても、必ずしもその通りにやる必要はなくて、あくまでヒントになればという程度のサポートですね。
HIP:道標は用意するけれども、あくまで参加者自身が主体的に進めていくものであると。
長谷部:そのとおりです。結局、こうした取り組みは当人たちのモチベーションがもっとも重要で、それがなくなった瞬間に萎んでしまいます。ですから、当人たちの強い意思で最後までやりきる、絶対に止まらないチームをつくりたいと考えていました。
そのためには、会社や事務局サイドは可能な限り口出しせず、あくまで「これは自分たちの事業なんだ」と思ってもらう必要があるんです。
HIP:ほかに、モチベーションを維持してもらうために仕掛けたことはありますか?
長谷部:とにかく「マーケット」に出ていくこと、ですね。いくら優れたアイデアでも、机上で考えているだけでは磨かれていきません。
少しでもアイデアや仮説があれば、どんどん外へ出ていき、いろんな人と話をしてもらう。未来のお客さまになりそうなターゲットユーザー、あるいはパートナーになってくれそうな企業の人と話すことで、多少なりとも手応えを感じられると思うんです。
アイデアを温める必要はまったくなくて、どんどんさらけ出して壁打ちしたほうがいい。それができる場を、可能な限り用意するようにしていましたね。
尾形:そこは本当に、長谷部がうまくプログラムを設計し、見事にコントロールしてくれたと思います。私自身も、プログラムが進むにつれて、どんどんモチベーションが上がっていきましたから。
正直、最初はそこまで本気ではなかったんですよ。当初は「新規事業を考える研修」みたいな感覚で参加していました。でも、単にアイデアを出して終わりではなく、チームにしっかり予算もつき、20%までとはいえ業務として認めてもらえる。これは、ちょっとスゴイぞと。
HIP:そこから、ぐっとのめり込むようになったと。しかし、アイデアが具体化し実現に近くほど、労力も増えていくと思います。本業をやりつつ、15〜20%の稼働で取り組めるものなんでしょうか?
尾形:あくまで数字は目安なので、本業に支障が出なければ自分次第でコントロールは可能です。私の場合は上司や周囲の理解もあったので、特に支障なく両立できていましたね。
長谷部:事務局としても参加者それぞれが所属するグループの理解が得られるよう、働きかけを行いました。各グループの上長が集まる全体会議で取り組みについて説明し、オーソライズもとりました。
ただ、そこで了承を得ても、やはり本音と建前というものはある。参加者によっては、周囲から無言の圧力をかけられてしまうこともあるかもしれません。
そこで、事あるごとに各グループへ顔を出し、現在の状況を報告したり、御礼を言いに行ったり。あるいはトップがいる場で報告会を行ったりもしましたね。特に、初期のインキュベーションの段階では、かなりそこに気を使いました。
いずれはグローバルビジネスにも挑戦して、睡眠分野のGoogleになりたい
HIP:経営層に対する説明はどうしていましたか? NTT東日本がなぜ「睡眠」なんだと、事業化が具体的に進んでいく段階で説明を求められると思うのですが。
長谷部:そうですね。そこは尾形のチームと一緒に話し合いを重ね、きちんと本業につながるような絵を描きながら事業をデザインしていきました。
睡眠でいえば、単にプロダクトとして快眠サービスを提供するだけでなく、環境センシングやバイタルセンシングを組み合わせたデータビジネスにつなげることもできる。そこはNTT東日本の本業のど真ん中ですし、強みを生かせる部分です。
その本業とのシナジーも含めたデザインが固まった段階で、経営層に説明を行いました。結果、睡眠事業についてはイントレプレナープログラムの枠を超えて、より自由に動けるようになっています。
現在も「兼務」というかたちではありますが「20%の縛り」もなくなりましたし、会社のオフィスだけでなく、大企業が集まるインキュベーションセンター「ARCH」で仕事をすることも認められているんです。
HIP:ARCHに入ったことで、事業が加速した手応えはありますか?
尾形:すごくありますね。先ほどもお話しましたが、睡眠って食事や入浴、香りなどさまざまな要素と関連するため、コラボレーションできる領域がとても広いんです。
ただ、これまでは他社とコラボしようと思ったら、まずアポをとり、プレゼンを重ねてキーパーソンのもとへたどり着き、やっとの思いでアライアンスを結んで……と、実現までのハードルが高かった。
それが、ARCHにはさまざまな業種の大企業が集まっていて、しかも私たちと同じように、新規事業に取り組んでいる人たちばかりが集まっているので、とても話が早いんですよね。
また、毎週のランチ会やコミュニティーサイトなど、自分たちの取り組みを知ってもらう場もきちんとある。とりあえずご飯食べながら会話して、「このあと具体的にディスカッションしましょうか」といった具合にどんどん関係を深めていくことができるんです。
HIP:まだアイデアレベルの段階でも、気軽に相談ができるわけですね。
尾形:はい。「まず、やってみよう」で走り出せるのは、すごく大きいですね。もちろん、具体的に協業ということになれば会社の承認を得る必要はありますが、ある程度のところまでは自分たちの裁量で進められる。しかも、それが一社だけでなく複数社と同時にできる。これは、ARCHにいるからこその価値だと思います。
HIP:ただマネジメント側からすると、あまり自由な動きをされると不安ではないですか?
長谷部:いえ、それは特にないですね。ビジネスって、どんどんかたちを変えていくものですよね。だから、途中段階でマネジメント側がなにかをジャッジする必要ってないと思うんです。中途半端に介入して勢いを削いでしまうのではなく、ある程度は本人たちに任せて、よりよいかたちになるまでやり抜いてもらうほうがいいんじゃないかと考えています。もちろんヒントを投げ込んだり、サポートはします。
HIP:最後に、これからの展望をお聞かせください。今後、この睡眠事業をどのように展開していきたいですか?
尾形:まだ走り出したばかりで、マネタイズもまだ十分にできていません。ですから、まずはしっかりと事業として確立させることが目標です。そして、ゆくゆくは「睡眠事業といえばNTT東日本」と言ってもらえるようになりたいですね。それも日本だけでなく、世界でそう認知してもらいたいと思っています。
NTT東日本は日本のインフラ企業なので、私自身もこれまではグローバルでビジネスをしようなんて発想はありませんでした。しかし、現在はトップが「ゲームチェンジ」の号令のもとさまざまな事業会社の設立を仕掛けており、新しい道も開けてきています。それに、睡眠は日本だけでなく、人類共通のテーマです。ですから、いつかは「睡眠版のGoogle」のような存在になれるよう、頑張っていきたいです。