「勝手社内メルマガ」から外部発信へ。熱量の高い物語が創る「友達経済圏」
- HIP
- MOONRAKERSは大企業発のベンチャープロジェクトとして注目されています。事業が走り出すまで、たくさんの障壁があったのではと想像するのですが。
- 西田
-
そうですね、毎月たくさんの稟議書を書いて、ピーク時は月20本ぐらい書いていました(笑)。一つひとつで説明が必要ですし、決裁が下りるまでに早くて2週間、長ければ半年かかります。当然ですが、信じられないほど会議が設定されて、質問の山にも答えねばなりません。
もちろん、東レのような大企業の場合、コンプライアンスやガバナンスの観点から絶対に必要なことですが、それを3年近くもやるのはとても疲弊する作業でしたし、まさしく非常に大きな障壁でしたね。
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- HIP
- 社内で仲間をつくり、巻き込んでいくことも大事だったと思います。西田さんはその点でどう工夫したのでしょうか。
- 西田
-
まず、社内で「こういうことをやりたい」という話を、あらゆる場面で本当にたくさんの方々にしました。最初にこのMOONRAKERSのアイデアを話したのは、それこそ同期の飲み会でしたね。酔っぱらっていたのもあるかもしれませんが、みんな「応援するからやれよ!」といってくれたんです。そこで僕はすっかり舞い上がって(笑)、すぐに事業立案に着手して、1か月後には構想をかたちにすべく動き出しました。
そして次にやったのは、勝手に社内メルマガ。事業の話を相談した人たちに、自分の活動を勝手に定期的に送ることを始めました。
- HIP
- 勝手に社内メルマガですか……。なるほどと思いますが、反応はどうだったのでしょう?
- 西田
-
僕の話を聞いてくれた人は、経営層も含めて勝手に次々とリストに追加していって、最初のころは毎週送っていましたね。
反応として言うと、それはほんとうに様々です。「楽しみにしています!」といってくれる人もいれば、横目で見ているだけの人もいるし、陰で批判的だった方もいたと聞いています。ただ、「不要であれば止めるので、その際は遠慮なく言ってください」と必ず記載していたのですが、不思議なことに、誰一人としてメール停止の依頼はありませんでした。また、このメルマガは機密上問題のないものであれば、生地、染色、縫製のパートナー企業の方など外部にも送っていました。最終的にリストの人数は400〜500人ほどになっていたと思います。
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- HIP
- 社内で始めて、社外にだんだん広げていったわけですね。
- 西田
- このやり方は現在の事業運営にも活きていると思います。MOONRAKERSの商品は、テストマーケとして最初にクラウドファンディングサイトに出すのですが、やっていくうちにわかったのが、そもそもクラウドファンディングサイトって、出来る限り透明で詳細な説明を読むのが好きな人たちが集まっているんですよね。
- HIP
- 服の商品説明というとシンプルなものが多いイメージがありますが、クラウドファンディングサイトでは真逆なんですね。
- 西田
- 僕が「この商品はどこで製造していて、こんな技術が搭載されているのです」「この商品にはこういう機能があって、それはあなたの生活をこう変えていきますよ」という説明を、詳細に透明に熱量を込めて書くと、みんなが読んでくれて、買っていってくれる。さらに買ってくれた人たちが、熱量を下げずに物語を周囲に伝えていってくれるんです。
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- 西田
-
いまでもユーザーの「声」への返答は、かなりの分量を自分で書いています。たとえば、ユーザーから「こういう商品がほしい」という意見をもらったら、出来る場合は、「わかりました、やりましょう!」と即答します。一方難しい場合は、「それはこういう理由で難しい」という感じで、案件ごとに出来る限り誠実に具体的な返答をしています。
いただいたアイデアは新商品の開発にどんどん活かしていて、それはまるですべてのユーザーが友人で、友人とともにモノづくりをしている感覚です。「友達経済圏」とでもいうか(笑)。従来のファッションビジネスの常識とはかけ離れたスタイルにメンバーはかなりどきどきしているようですが、個人的にはとても楽しくて、これこそ未来のファッションビジネスではないかと真剣に感じています。
スモールDoで「失敗」を積み重ねる
- HIP
-
この事業を始める際、西田さんは経済産業省の「出向起業(※)」制度を活用し、セーフティネットがある状態で、会社(MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社)を独立起業したそうですね。「出向起業」という仕組みは、今までにない新しいものだと思いますが、ムーブメントになりつつあるのでしょうか?
※現在所属する企業の雇用契約を保ったまま、グループ会社など関連する別企業で働くこと。出向起業に関するHIPの記事はこちら
- 西田
-
ムーブメントになりつつあると思います。実験的な導入も含めれば、すでに多くの大企業がこの仕組みを取り入れており、NTTドコモなどでは出向起業制度を完全に社内制度化しています。その結果、既に数年で100に迫る大企業発の新規事業が生み出されるなど、大きな成果が生まれつつあります。
もうひとつわかりやすいのが、近年急速に大企業発の新規事業を顕彰するアワードが増えてきたことです。僕らが受賞した「日本新規事業大賞」は2024年度に開設されたアワードですし、三菱地所がやっている「TMIP Innovation Award」も2023年に始まっています。「大企業発新規事業の破壊力」に、みんな気づき始めているのです。
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- 西田
- もしMOONRAKERSの事業を3年続けて1枚も商品が売れなかったとしたら、損失は2億円ほどになります。でも、自分がきっかけを創ったユニクロとの取り組みや、サプライチェーンの延伸は数千億円の継続的売上を生む事業に結びつきました。体力のある大企業ならば、たくさん事業を生んで、たくさん失敗しても何ら問題はありません。そのなかから1個でも大きく伸びてくれればいいのです。そういう計算ができるのは大企業の強みだと思います。
- HIP
- むしろ「失敗」を恐れないことが重要なわけですね。
- 西田
-
そう思います。一般にアメリカと日本では大きな経済格差があると思われていますが、GAFAMの5社を除くと日米の企業の成長率はほとんど変わらない。たくさんのベンチャー企業の失敗のなかからGAFAMの5社が生まれたことが重要なんです。
日本の大企業には、技術も人も資金もリソースは潤沢にあります。足りないのは失敗を恐れない挑戦心だけです。
MOONRAKERSは最初、東レの子会社でしたがいまは僕が過半を大きく上回る株式を持っていて、メンバーと壁打ちをやって最速だと物事が20分で決まる。大企業なら意思決定に最低2週間=約20,000分かかるので、うちは1,000倍のスピード感がある。
しかも失敗しても借金を背負うこともなく、大企業に戻れるセーフティーネットもある。まさしく失敗をしても良い状況をつくり、高速で大量の失敗を積み重ねられる状態。それこそが大事なのです。
- HIP
- MOONRAKERSの事業でも、失敗はあったのでしょうか?
- 西田
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失敗だらけですよ(笑)。たとえば、現在は補充が追い付かないほど売れている「ムーンテック®」Tシャツですが、そのプロトタイプをクラウドファンディングで出した際は、1年目も2年目もヒットには程遠い状況でしたし、自社ECでもシーズンで100枚、200枚しか売れない状況でした。「こんな機能があるんです!」みたいな機能自慢のアピールは、ユーザーに全然刺さらなかったのです。最初はほとんどが失敗します。最初から全部成功させるなんて天才でないかぎり無理です。
僕がよくいっているのは、失敗を当たり前と考えて、PDCAの「Do」を小まめに積み重ねる「スモールDo」です。
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- 西田
- 大企業では「PDCAを高速で回せ」とよくいわれますが、一方で最初に大きなプラン(P)をつくると、そのプランをコテンパンに突っ込まれて、一歩も進めなくなります。MOONRAKERSでやったのはその状況を避けるために「Small DO」から始めることです。具体的には、「まずはクラウドファンディングで試しにやってみてもいいですか?」と聞いてOKをもらいました。やっていくうちにヒットが生まれた。同時にお客さんの声を聞いたら「やっぱりフィッティングする場所がほしい」といわれて、「得た資金で作るんで」といってこのショールームを作ったんです。
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- 西田
- そうしてユーザーの声に応えていくうちに、クラウドファンディングの売上が1,000万円を超えることも多くなって、ECの売上もどんどん伸びて、じゃあこれは事業化するしかないよね……と。
- HIP
- なるほど、既成事実ができてしまったと。ただ、壁にぶつかったこともあったのではないですか。
- 森
- もちろんです。すごく上手くいっているように見えるかも知れませんが、わずか1年前は僕も社内折衝に疲れ果てていて、「このままの状態ならば、事業をやめさせてほしい」と会社に頼む状態まで追い詰められていました。でも大企業って面白くて、実績ができてしまった後だと、「そこでやめるのか?」「お前、やりつくしたのか?」「応援するからやってみろ!」とかいわれてしまう(笑)。
- HIP
- その意味では、MOONRAKERSは本当にモデルケースになりつつあるのかもしれないですね。最後に、大企業で新規事業を担当する人にアドバイスをするとしたら、西田さんはどんなことを伝えますか。
- 西田
- まずは出向起業などの仕組みを活用して「失敗しても死なない」状態を作り、高速で「Small DO」の失敗を重ねていく。そうすると、失敗のなかから反応が起こることがあります。反応が生まれたときに初めてPDCAのP=プランを作るんです。その状態になれば周囲は応援するしかありません。このやり方は、やる前からすべてのリスクをつぶすような不毛な軋轢がなく、すごく楽しいのでぜひ試してみてほしいと思います。
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