先端素材が日常を変える──。宇宙技術も含む日本が誇る先端技術の搭載で、異次元の快適性を日常の衣服に取り入れるD2C(※)ブランド「MOONRAKERS」。日本を代表する大企業・東レから誕生したこのプロジェクトは、その斬新なアプローチで現在大きな注目を集めている。
事業を率いるのは、東レで数々の新規事業を成功に導いてきた「連続社内起業家」西田誠氏。2020年9月にPoC(事業実証化検証)を開始したMOONRAKERSは、クラウドファンディングやSNSを通じてあっという間に支持を拡大。事業化後も着実な成長を実現し、2024年には「日本新規事業大賞」の受賞を筆頭に数々のアワードにもノミネート、商品もソールドアウトを連発するなど、成果を上げている。
B2Bで成功を収めてきた東レ発のベンチャーが、なぜ未開のD2Cビジネスに挑み、どうやって成功を掴んだのか。西田氏が語る「大企業発新規事業の破壊力」とは?
※「Direct to Consumer」の略。ECサイト上で、企業が顧客に直接自社製品を販売する販売方式のこと
MOONRAKERSは「ファッションに興味のない人が大好きな服」
- HIP編集部
(以下、HIP) - 「MOONRAKERS」は東レ発のD2C事業だということですが、西田さんご自身はどういうプロジェクトだととらえていますか。
- 西田誠氏
(以下、西田) - MOONRAKERSは「先端素材の素晴らしさを多くの方々に知ってもらう」ことを目指すプロジェクトです。たとえば、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と東レが共同開発した宇宙技術も搭載した高機能素材「MOON-TECH®」(以下、ムーンテック®)を使った服など、最新の先端技術で「生活を未来に変える」商品を一般消費者向けに開発・販売しています。
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- HIP
- MOONRAKERSの事業は、これまでのファッションビジネスとやや毛色が違いそうですよね。
- 西田
-
MOONRAKERSは「ファッションに興味のない人が大好きな服」だと考えています。じつは「ファッションに興味がない」という人は意外に多い。 でも「服」に興味がない人って、いないと思うんですよ。
理由は単純で、服は毎日着るものだから、誰しもが何かしらの興味は持っている。でも、その感覚は今までの「ファッション」ではカバーしきれていない。
僕たちの開発した「ムーンテック®」を買うと、「ファッションには興味がないから」と、いままで服のことを何も語らなかった人たちが、その快適性や利便性を嬉々として語るようになるんです。それは「先端技術/先端素材の素晴らしさを多くの方々に知ってもらう」という僕たちの目的が達成されたようで、本当に嬉しい光景ですね。
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MOONRAKERS事業で、服もファッション産業も進化させる
- HIP
- 西田さんはこれまで東レで3度に渡って新規事業開発を手掛けてきたそうですが、MOONRAKERSの創業までにはどのような経緯があったのですか。
- 西田
-
僕は1993年に東レに入社して、すぐに新規事業に携わるようになりました。最初は1990年代、当時の最先端素材だったフリースの新規事業を立案。その事業は最終的にユニクロさんへの飛び込み営業につながり、超大型契約に結びつけることができました。
ただ、進めていくうちに「素材だけではダメだ」と思うようになり、続いて2度目の新規事業では、縫製まで自社で行えるようにしたんです。
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- HIP
- 素材を開発・販売するだけではなく、最終商品に近いところまでやっていたと。
- 西田
-
みなさん、東レ=素材だと思っていますよね。東レとユニクロの取り組みは有名ですが、業界の方でも「素材の開発と供給」の取り組みだと考えている方は多い。でも、実際には東レは素材の開発と供給のみならず、縫製まで手掛け、最終製品の形にして納品しているんです。
東レの繊維商品の売上規模は、僕らが入社した90年代の約1,000億円規模から、いまは1兆円規模にまで成長しました。これは繊維事業としては世界一の水準です。素材から縫製まで、「サプライチェーンの延伸」を地道に進め、30年がかりで事業を10倍規模にし、世界最大の繊維事業を構築してきたわけです。
MOONRAKERSでは、さらにそれを延伸させ、素材の開発から消費者へのお届けまで「サプライチェーンの完結」が可能なのか? という実験に挑戦しています。
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- HIP
- しかし東レといえば、B2Bビジネスで好調な印象が強いです。わざわざtoCビジネスに乗り出さずともよい気もするのですが。
- 西田
-
単純に東レ単体の事業として考えると、そうかも知れません。ただ、今回の挑戦にはじつはもう一つの意味があって、それは産業変革。世界No.1の繊維事業売上を誇る東レ発のスピンオフ事業として、「ファッションビジネスの進化」は出来ないのか? という実験でもあるのです。
ファッションビジネス(服)はサイズが多くあり、よってサイズが一律な商品に比べSKU(最小管理単位)が多く、在庫管理の難易度が非常に高いという特徴を持ちます。
また、生産のリードタイムも長く、クイックな生産は難しいとされてきたため、在庫調整はセール頼み、それでも残った在庫は仕方なく処分をしてきました。こうした状況から、アパレル産業は「世界第2位の環境汚染産業」といわれていますし、人気を誇ったブランドが在庫問題であっという間に業績不振となりつぶれていくといった事例は、現在でも非常に多いのです。
そうした業界の状況は、本来はパートナーであるはずの作り手(メーカー)と売り手(アパレルや小売り)に軋轢を生み、駆け引きの繰り返しでどちらも疲弊してしまうという状況を生んでいます。
去年、『ラストマイル』という映画がヒットしましたよね。
- HIP
- 『ラストマイル』ではAmazonをモデルに、現代社会が顧客の利便性を上げることにフォーカスしすぎた結果、関わっているすべての人たちが疲弊していく姿が描かれていましたね。
- 西田
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ファッションビジネスも、実際に『ラストマイル』のようになってしまっている部分があると感じています。一方、MOONRAKERSでは「作り手(メーカー)」の立場でありながら、「売り手(アパレル/小売り)」の立場でもあります。加えてD2Cの仕組みを活用し、「使い手(ユーザー)」との間でもバランスを取ることが可能ではないかと考えています。
たとえば、唯一無二の魅力ある商品であることを前提に、ユーザーにも受注販売のかたちなどを受け入れていただけるよう働きかけ、そのかたちを取ることでアパレルの持つ不確実性を減らして収益性を上げます。そこで上げた収益をメーカーに適切に配分することで、次なる開発の原資とするような仕組みに挑戦しています。
また、そこで開発される耐久性が高く長く使える商品でライフサイクルを延長させ、加えて必要な分だけを生産することで廃棄を最小限に抑え、環境負荷の軽減ができるのではないかと考えています。
これは、「服の進化」であり、「ファッションビジネスの進化」であり、従来の様々な問題の解決にもつながる新しいモデルケースの創造です。僕たちはこの「MOONRAKERS」事業を通じて、服を変え、産業を変え、そして最終的には社会をより良きものに変革していきたいと考えています。