2020年10月2日、虎ノ門ヒルズのインキュベーションセンター「ARCH」で開催されたイベント『HIP meetup in collaboration with ARCH「不確実な未来に立ち向かうチャレンジャーたち」』。
大企業のなかでイノベーションを起こそうとする人々にスポットを当てるメディア「HIP」と、大企業が新規事業を創出するための「出島」を集積させたインキュベーションセンター「ARCH」がコラボレーションした、初のトークセッションだ。
「不確実な未来に立ち向かうチャレンジャーたち」と題した今回のイベントでは、実際に大企業で新規事業に取り組むJR東日本スタートアップ、セイノーHDの責任者を招き、巨大組織でイノベーションを起こす難しさや、重視すべき点などについてうかがった。また、それに先立ち、モデレーターの児玉太郎氏、WiLの小松原威氏によるキックオフセッションも行われた。
テクノロジーの進化による社会構造の激変、COVID-19の世界的流行など、先行き不透明な現代にあって、リスクもある新規事業を遂行していくには何が必要なのか? その手がかりになりそうなキーワードが次々と飛び出したイベントの模様をレポートする。
取材・文:榎並紀行 写真:玉村敬太
変革の第一歩は「危機感」。最後までやり切るには「覚悟」が必要
前半はキックオフセッションとして、児玉太郎氏、小松原威氏による対談が行われた。
児玉氏は2014年までFacebook Japan株式会社のカントリーグロースマネージャーを務め、現在は海外企業の日本進出を支援するアンカースター株式会社の代表取締役を務めている。小松原氏はドイツのIT企業SAPの日本法人からシリコンバレーのSAP Labsを経て、2018年から株式会社WiLに参画。日米のスタートアップに投資するとともに、ARCHに入居する日本の大企業を中心に、新規事業創出やイノベーション人材の育成をサポートしている。
対談はまず、「そもそも大企業がイノベーションを起こす必要はあるのか?」という児玉氏の問いからスタート。これに対し、大企業のパートナーを多数抱えるWiLの小松原氏が見解を語った。
小松原氏は、「既存事業が盤石であれば、新規事業部門なんていらないんじゃないかという考え方も当然あるでしょう」と前置きしたうえで、こう続ける。
小松原威氏(以下、小松原):いまが盤石だったとしても時間が経つにつれて既存事業の成長は鈍化し、どんどん競合も出てくる。別の業界のプレイヤーが起こしたイノベーションが、自社のビジネスに致命的な影響を与えることもよくあります。そのときになって新しい事業をつくろうとしても、ノウハウもなければ人材もいない、ということになってしまいます。
小松原氏は、変革の第一歩は「危機感を持つこと」だと述べる。「いま変わらなければ、会社が潰れてしまうかもしれない」。それくらいの危機感がなければ、本気で新規事業へ取り組む姿勢は生まれないと。
そして、危機感を持つためには役員や事業部長といったトップレベルの意識改革が必須だとし、「WiLではパートナーをシリコンバレーに招待し、まさにいま世の中や会社が変わろうとしているイノベーションの現場を体感していただくようにしています」と、その手法を明かした。
このほかにも、前半のセッションでは小松原氏が企業の「マインドセットの重要性」を語る場面が多く見られた。たとえば、新規事業を本気で成功させたいなら、どんな手法を選ぶかよりも「自分たちでやり切るんだ」という「姿勢」を持つことのほうが大事だと力説した。
小松原:大企業が新規事業に挑戦する際、すべて自前でやるのではなく、私たちみたいなベンチャーキャピタルを通してスタートアップに出資したり、アクセラレーションプログラムを運営したりするケースも多いと思います。ただ、最終的には「これは自分たちでやるんだ!」と思えるかどうかが重要です。
でなければ、「アクセラレーションプログラムで採択したベンチャー企業が提案してくれるんでしょ?」とか、「VCの人がベンチャー企業を紹介してくれるんでしょ?」といった具合に、すべて「他責」になってしまう。
そこでポイントになるのが、最終的に「内製化」を目指すということ。当初は事業の舵取りの大部分を外部に委託していたとしても、最後は自分たちで巻き取る覚悟を持ち、自分ごととしてプログラムを回していく必要があるんです。
大企業こそ、無邪気に「壮大な夢」を描いてほしい
続いての話題は、大企業が手がける新規事業の「規模感」について。新規事業はスモールスタートが鉄則ともいわれる。しかし、児玉氏は、最初はスモールでも最終的にはビッグビジネスにする気概を持ってほしいと述べる。
児玉太郎氏(以下、児玉):大企業はお金やリソース、信頼など、スタートアップにとっては喉から手が出るほど欲しいものを持っています。せっかく新規事業をやるなら、それらをフルに使ってイノベーションを起こしてほしいんです。たとえば既存事業で1兆円の売上がある会社なら、売上5,000億円規模の事業をつくる意気込みでビジョンを描いてほしいですね。
児玉氏は「大企業には『ジャイアンプレイ』を期待します」と、独特の表現で巨大資本ならではのイノベーションに期待を寄せる。大企業だからこそ描ける「壮大な夢」を描いてほしいという。
そして、そんな壮大な夢を描く想像力こそがイノベーターに最も求められる資質であるとし、稀代の起業家を例に挙げた。
児玉:ぼくの前職であるFacebook創業者のマーク・ザッカーバーグは、世界の80億人全員をインターネットでつなげられると本気で思い込んでいます。そして、そのために人工衛星を飛ばしたり、モバイルキャリアと組んで通信料金を下げようとしたり、世界各地にインターネットを届ける取り組みに資金とリソースを注ぎ込んでいます。一つひとつは小さなステップですが、その歩みは「地球を一つにつなぐ」という壮大な夢につながっているわけです。
これには小松原氏も賛同。『北風と太陽』の童話になぞらえ、「危機感という『北風』だけではなかなか前に進めない。夢に向かって想像を膨らませる『太陽』があってこそ、ポジティブに新規事業を推し進めることができる」と語った。
小松原:ARCHでは相手を否定せずにアイデアを広げていく「YES AND」のコミュニケーションを共通言語のひとつとしています。ビッグピクチャーを描くためには、否定されない安心安全な空間が必要。壮大な夢を描いているときってワクワクしませんか? 新規事業創出を目指す入居企業のみなさんにWiLが判走させていただくことで、より大きな夢の実現のお手伝いができればと思います。