農業だけでなく、地元産業を底上げするプロジェクトに
HIP:民間企業とは、どのようにコラボレーションをスタートしたのでしょうか?
岡林:施設園芸に関連するビニールハウスビルダーや農業機器メーカーなど、高知県の農業振興部とつながりのある企業には、われわれからお声がけしました。
ただ、このプロジェクトの肝となるデータ連携基盤を構築するためには、高い技術を持つIoT企業の存在が欠かせません。そこで、県内外のIoT企業にデータ農業の現場を見てもらう現地検討会など、マッチングの場を頻繁につくりました。
また、IoP推進機構の理事長を務めてくださっている武市さんにも多くの企業を紹介していただきました。現時点で参画企業は59社になります。
HIP:武市さんはスクウェア・エニックスをはじめ、さまざまな企業の経営に携わった後、2010年から高知県の産業振興に尽力されてきました。そうした経緯もあり、IoP推進機構のトップに就任されたそうですね。
武市智行氏(以下、武市):企業の経営を退いて以降、地元である高知県の活性化は私の人生における大きなテーマのひとつでした。残念ながら、現時点で高知県の経済生産性は低く、人口減少に伴って右肩下がりの状況が続いています。私自身も大きな危機感を抱いていたなか、今回のプロジェクトが始動することになりました。
ここまで大きな予算がつき、産学官が連携してひとつの目的に向かうプロジェクトは、ここ数年なかったことです。それだけに高知県庁はもちろん、地元企業の意気込みも相当なもの。自分たちの将来のために、なにかを変えていかなければという思いで参画している企業も少なくないと思います。
HIP:プロジェクトを円滑に進めることだけを考えれば、データ連携基盤の構築などは実績のある東京のIT企業などに発注したほうが良い気もします。しかし、そこをあえて地元企業に任せているのも、高知県の産業を盛り上げるためでしょうか。
武市:そうですね。データ連携基盤の構築をお願いしているジョイントベンチャーのうち2社は高知県内のIT企業です。そもそも、地方のIT産業は受託の仕事が中心で、大きなプロジェクトに上流から関わるチャンスは多くありません。そのため、どうしてもコスト競争に陥ってしまう。
IoPクラウドの仕組みづくりに参画してくれている県内の2社についても、クラウドでこれほど膨大なデータを扱うような仕事の経験はなく、かなり大きなチャレンジだったようです。しかし、やはり自分たちもクラウドの構築やプラットフォームビジネスに関わっていくんだという、強い決意のもと参画してくださっています。そして、なにより同じ県民として、高知県を盛り上げたいという熱い思いがあるはず。新しいことを推進するには、そういう同じ熱量で取り組めるパートナーと組むことも大切です。
月イチの代表者会議で、徹底的に視座を合わせる
HIP:産学官連携かつ、さまざまな団体が関わるプロジェクトなので、多様なステークホルダーの視座を合わせる苦労もあったと思います。なにかコツや工夫はありましたか?
岡林:大きなプロジェクトになると関わる人が多いので、「誰が決めたんだ」という文句は出やすくなります。また、今回のプロジェクトの責任者は高知県知事が務めているのですが、知事参加の協議会は年に数回しか開催することができません。
そこで協議会のひとつ下のレイヤーに、各ステークホルダーのコアメンバーを集めて徹底的に話し合う「IoP代表者会議」というのを設定し、柔軟に月1回開催することにしました。
最終の意思決定は協議会になりますが、IoP代表者会議で議論を行うことでプロセスがより明確になる。しかも、「ある程度の重要事項の意思決定は代表者会議に任せる」ことを、協議会で知事から許可を得たので、このプロジェクトの実質的な執行機関にもなっています。
武市:IoP代表者会議では、初期段階から徹底的にベクトルの方向性を合わせる議論を重ねました。最初にコミュニケーションを密にとることで、お互いの考え方もだんだんわかってくる。
岡林:本当に徹底的に議論をしますし、それについて個々の部会などから意見が出てくれば再考もします。じつは、この代表者会議が機能するまでは不協和音が起こることもありました。それが3年かけてしっかり機能するようになり、いまでは良いかたちでさまざまなステークホルダーをまとめる組織になっています。
HIP:IoP代表者会議では、どんなことを議論し合ったのでしょうか?
武市:初期に徹底したのは「目的の復習」です。IoPプロジェクトの目的は何なのか? それを毎月の会議で確認し合うんです。いつも、岡林さんが会議の冒頭で復唱していましたよね。
そのうえで、なにか施策を決める際には「それは、この目的のどこに紐づいているのか?」と、何度もしつこく立ち返るようにしていった。すると、いつしか全員の視点が合うようになっていきました。
岡林:目的はいくつかあったのですが、まずはやはり「高知県の施設園芸の飛躍的発展と、関連産業の創出・集積」。しかし、せっかくこれだけの仕組みをつくるのだから、そこだけで終わらせてしまうのはもったいない。
そこで、代表者会議で話し合った結果、「このクラウドをプラットフォームに昇華させ、他産業にまで展開していく」という、さらなる目的もできました。
施設園芸だけでなく、関連産業や畜産や魚の養殖などにもこのプラットフォームを展開していけるよう磨きをかけつつ、いずれは国内外に売り込んでいく。国内の一次産業を救うことにもつながりますし、これが世界中に広がれば地球規模の食糧危機を救う切り札になる可能性さえある。そのきっかけを高知県からつくれたら良いなと思います。
HIP:世界中の農業、食糧問題にまでビジョンが広がっているんですね。最後にそれぞれからIoPプロジェクトで実現したい未来についておうかがいしたいです。
岡林:基本的には、当初の目的の達成です。ただし、それぞれのステークホルダーに「やらされ感」があったら実現できないと思っています。「気づいたら農業でDXが実現できていた」みたいに、無理なく参画できて、誰もが損をしない流れをつくりたいですね。
石塚:大学としては、人材をしっかり育てていきながら、このプロジェクトや研究を通じて世の中に貢献したいというビジョンがブレることはありません。日本のみならず世界中から「ぜひ高知で研究したい」という優秀な学生さんや研究者が増えたらうれしい。
IoPクラウドに蓄積された、生産価格、出荷時の価格、生産現場から市場までの情報といった高クオリティーのビッグデータには、経済をコントロールしうるくらいのインパクトがあると思います。逆に言えばサイバーテロなども起こりうるわけで、データを使う側の倫理観や哲学観も重要になってくる。大学としてはそういう教育も強化していきたいです。
武市:IoPプラットフォームを高知県の大きな資産にして、100年とはいわずとも50年くらいは一次産業を代表する世界的なプラットフォームにしたいですね。「一次産業をやるなら高知だ」と、学生もビジネスパーソンもそういう考えを持ってくれるようになったら良いなと。そして、若い人に参加してもらうためにも、稼げるビジネスとして夢があるものにしたい。農業はゼロからスタートするクリエイティブなものですし、「かっこいい仕事」という認識に変えていきたいです。
そのためにも、農業DXのすごさを世界に知らしめる存在になりたい。いままではIoPクラウドを構築することが目的でしたが、ある程度のデータ駆動のかたちができてきました。この仕組みを活かして、海外も視野に入れたプラットフォームを考えていきたいです。日本は2100年に人口5,000万人になるといわれているので、いつまでも国内需要に頼っていたらダメ。IoPプロジェクトでブランディングした野菜そのものを海外に輸出するのも手ですし、プラットフォームによるデータやノウハウ自体を販売するのもありかもしれません。いつか高知県から、世界の農業の常識を変えたいですね。