世界に1本のワインを創る。キッコーマンの新規事業は「3分45秒」が決め手
禰冝田英司(キッコーマン株式会社 経営企画部) / 加嶋雄一郎(キッコーマン株式会社 経営企画部 副参事)
2019.08.22

しょうゆの老舗企業として名高いキッコーマンが、新たなワインの楽しみ方を提唱している。

2018年11月に始まった「WINE BLEND PALETTE(ワインブレンドパレット)」は、自分だけのオリジナルワインを創作できる体験型の新サービス。キュヴェ(原酒)をブレンドし、ワインの個性を創りあげる工程「アッサンブラージュ」を、誰でも気軽に楽しめるというものだ。

このサービスは、キッコーマンの社内ベンチャー制度「K-VIP(キッコーマン・ベンチャー・インキュベーション・プログラム)」から生まれた第1弾事業。前例がないなか、提案からローンチまでを一手に担ったのが経営企画部の禰冝田(ねぎた)英司さんだ。

当初は「右も左もわからない海の真ん中に一人放り込まれた気分だった」と語る禰冝田氏は、いかにしてアイデアを磨き上げていったのか。また、どのようなアプローチで協力者を増やしていったのか。「K-VIP」の運用を担う経営企画部の加嶋雄一郎さんとともに、その挑戦の裏側を語ってもらった。


取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:丹野雄二

自分だけのワインを創る。大量生産の真逆をいくサービスはなぜ生まれた?

HIP編集部(以下、HIP):「WINE BLEND PALETTE」で体験できる、ワインの新しい楽しみ方とは何ですか?

禰冝田英司氏(以下、禰冝田):ワインづくりの「アッサンブラージュ」という工程を誰でも楽しんでいただけます。キュヴェ(ワイン原酒)をブレンドし、ワインの個性を創りあげる工程で、通常はブレンダーと呼ばれる、ワイナリーのごく一部の方しか行えません。「WINE BLEND PALETTE」では、これをウェブ上で体験し、自分好みに創りあげたオリジナルワインを1本単位から購入することが可能です。

キッコーマン株式会社 経営企画部の禰冝田英司氏

禰冝田:オリジナルワインを誰かと共有する楽しさがあるのも特徴ですね。創ったワインのテーマや想いをウェブサイト上でほかのユーザーとシェアできるのですが、みなさん見ているだけで本当に楽しくなるような、多種多様なワインを公開されています。「女子会で楽しみたいワイン」や「週末にゆったりくつろぐワイン」など、ワインの味わいだけではなく、どのようにそのワインを楽しみたいのかという、非常に具体的な想いをテーマに楽しんでいる方も多いです。

「WINE BLEND PALETTE」では、7種類のキュヴェから最大5種類を選び、ブレンド比率を5%刻みで設定することが可能。創ったワインは、テーマなどのコメントとともにウェブ上で公開することもできる(画像提供:キッコーマン)

HIP:しょうゆをはじめとした調味料の印象が強いなか、なぜワインをテーマにした新サービスのアイデアが生まれたのですか?

禰冝田:キッコーマンには「マンズワイン」という1962年創業のワインブランドがあります。十数年前に私がそのブランドに携わっていた頃、「アッサンブラージュ」を体験させていただく機会がありました。

そこで、ワインの味がどんどん変わる驚きと、自分好みにワインを創りあげる楽しさを体感しました。これをお客さまに体験していただくことができたら、「ワインを自分で創る」という新しい楽しさをご提供できると思ったのがきっかけです。

HIP:「WINE BLEND PALETTE」の担当になる前は、新規事業とは関わりのない部署にいらっしゃったそうですね。

禰冝田:国内の家庭用マーケットで、営業・営業企画や商品開発、プロモーション立案などを担当していました。そのなかで、近年、お客さまの食の楽しみ方や商品の選び方がどんどん変わってきている実感がありました。つねづね、その変化に対して何かチャレンジできないかと考えていたのです。

メーカーとしてはロングテールのヘッド部分を新しく生み出していくことが求められるのですが、私自身は「テール」部分へのアプローチにも興味がありました。高い効率性、生産性の真逆にある、1本単位でカスタマイズできるようなサービスに挑戦するのもおもしろいな、と。

ですので、念頭にあったのは「カスタマイズ」という切り口です。「アッサンブラージュ」のおもしろさを思い出し、ワインにたどり着くまでは、しょうゆやぽんずでのカスタマイズを考えてみたこともありました。

「何が何でも事業化する」。強い覚悟で社内ベンチャー制度を刷新

HIP:「ワインを自分好みにカスタマイズする」というアイデアを、どのように提案したのですか?

禰冝田:社内ベンチャー制度「K-VIP(キッコーマン・ベンチャー・インキュベーション・プログラム)」に応募しました。2010年に第1回がスタートしていて、私が応募したのは2016年度の第3回です。1、2回目から意欲はあったのですが、当時は忙しさに負けて応募することができませんでした。その後、3回目を開催するという案内があり、エントリーを決めました。

HIP:「K-VIP」から事業化に至った企画は「WINE BLEND PALETTE」が初めてだそうですね。1、2回目のアイデアは採用されなかったのでしょうか?

加嶋雄一郎氏(以下、加嶋):私は3回目から担当になったのですが、1、2回目もさまざまなアイデアが集まり、審査で評価を得た案件もありました。けれどその案を実行する仕掛けが整備できていなかったこともあり、事業化には至らなかったのです。

キッコーマン株式会社 経営企画部 副参事の加嶋雄一郎氏

加嶋:そこで、第3回は「何が何でも事業化するんだ」という大前提で、「提案者が最後までやりきること」を条件に掲げました。生まれた企画を関連企業に任せることもできたでしょうが、それぞれが現業に専念しているなか、横から急に「こんないいアイデアがある」と言われても、取り組むことは難しいですよね。

そのため、禰宜田は2017年5月に経営企画部へ異動となり、新規事業に専念してもらうことになりました。

新規事業は、数字よりも想いが大事。「提案者が何を実現したいのか」

加嶋:アイデアを募る方法自体も刷新しました。1、2回目は企画書の時点から、売上などの数字を盛り込んだ事業計画書の提出を求めていた。しかし、ビジネスなんて、動き出したら計画通りに進むことは稀です。ならば、数字よりも「提案者が何を実現したいか」という想いのほうが大事だと気づきました。

禰冝田:じつは、私が1、2回目に応募できなかった理由のひとつも、企画書の内容が複雑で、資料づくりに労力がかかってしまいそうだったから。現業をやりながらではなかなか応募できませんでした。

加嶋:第3回からは提案書のひな型をA4一枚にし、「どのようなユーザーペインに対して何ができる事業なのか」を、シンプルに記載してもらうようにしたのです。また、想いを込めたアイデアを磨き上げてもらうために、一人1案までの応募としました。

加嶋:さらに、「K-VIP」の運営には事業創出支援会社のゼロワンブースターさんにも入ってもらい、提案者を集めた合宿も行いました。提案者同士が議論を戦わせることで、とことんユーザーペインやユーザーニーズに向き合い、アイデアをブラッシュアップしていったのです。

ゼロワンブースターさんと話をしていても、新規事業立ち上げの経験に乏しい我々が「すべて自前」で新規事業を立ち上げることは難しいと、つくづく感じましたね。そもそも我々はベンチャー企業ではありませんから、彼らのような考え方ができません。そういう意味で、ゼロワンブースターさんの支援が必要でした。

禰冝田:ゼロワンブースターさんには、事業立ち上げに向けて走り出してからもアドバイスをいただきました。ありがたかったのは「愛のあるダメ出し」をしてくれるところ。一人で進めていると「もうゴールしていいんじゃないか?」と思い始める瞬間があるのですが、「全然ダメですよ」と厳しい現実を見せてくれました(笑)。

経営陣へのプレゼンはピッチ形式で。「売上」「利益」は語らない

加嶋:最終的に企画を経営陣に提案するときも、プレゼン形式ではなく3分45秒のピッチ形式にしました。ベンチャー企業が投資家に対して行うような、短時間でのインパクト勝負ですね。

禰冝田:ピッチは従来のプレゼンテーションとは異なり、とにかく短い時間のなかでアイデアを売り込まないといけません。そこで重要になるのは、細々した数字や背景を述べるより、「お客さまにどのような新しい価値を提供できるのか」を「情熱」や「想い」とともに伝えることです。

私もピッチでは売上や利益についてはあまり語らず、お客さまへの価値や事業の意義、それによりキッコーマンにどんな未来が開かれるかといったことにフォーカスしました。結果、CEOをはじめとした当社の経営陣6名とゼロワンブースターさん2名による審査の末、採択され、事業化に向けて動き出すことになりました。そこであらためて、キッコーマンという会社の懐の深さ、「挑戦」に対する想いを感じました。

HIP:事業化へ向け動き始めてからのお話もうかがいたいと思います。専任で取り組むことが決まったときは、どのような心境でしたか?

禰冝田:じつは当初は、「いままで担当していた仕事と並走させてください」とお願いしていたんです。それまでの職務にも強い思い入れがあり、粘ったのですが、ダメだと言われました(笑)。

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社内にもまずはピッチで説明。新規事業に不可欠な「巻き込み力」はどこから?

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