ジャーナリストの津田大介氏がモデレーターを務め、さまざまな業界で新たなムーブメントを起こしているイノベーターの経験をシェアするトークイベント「イノベーション・エンジン」(森ビル主催)。第3回目となる今回は、2015年4月23日、「“デジタル×クリエイティブ”で未来のメディアをつくる」をテーマに開催された。
ゲストは、スマートフォンをバルーンにのせて宇宙へ飛ばした「スペースバルーン・プロジェクト」など、尖った広告企画を仕掛ける「SIX」のクリエティブディレクター・野添剛士氏と、最先端のテクノロジーや新たなエンターテインメントを探求するメディアプロジェクト「SENSORS」 のプロデューサーで、日本テレビインターネット事業局の加藤友規氏。テクノロジーによって広告やコンテンツはどのように進化するのか。三人による熱いトークが繰り広げられた。
取材・文:HIP編集部
「広告」は今、どう変化しているのか?
まずは2人のゲストの紹介も兼ねたプレゼンテーションが行なわれた。「SIX」は、博報堂から2013年6月に事業分離した6人の精鋭クリエイター集団だ。野添氏は、もともと大手通信会社でエンジニアとして勤めていたが、2000年に博報堂に転職。テクノロジーと広告に精通した野添氏は、現在の広告シーンがこれまでとは違うものになっていると語る。
野添氏「『企業の認知を広めるために、クライアントのやりたいことに近い手法を選ぶ』というのが、これまでの広告でした。『消費者が企業のブランドを知っている』という認知を作ることが役目だったんです。しかし、テクノロジーを活用することによって、認知を作るだけではなく、リアルな現実の体験を消費者に提供できるようになってきました。」
たとえば、気象観測用のバルーンに乗せたスマートフォン(GALAXY SⅡ)に、SNSからの投稿を表示させる「スペースバルーン・プロジェクト」だ。リアルタイムでユーザーの投稿やアイコンを表示したスマートフォンを成層圏から映し出す同プロジェクトは、宇宙を舞台にした「現実の体験」をユーザーに提供した。
SIXは広告だけでなく、自社でプロダクトもつくっている。音楽に同期して歌詞を表示する「Lyric Speaker」(リリック・スピーカー)だ。リリック・スピーカーは、曲を再生するとデータベースから歌詞を引っ張り、スピーカーのディスプレーに表示する。歌詞は、曲調やムードによって表示のされ方がことなり、美しい歌詞表現をリスナーに提供する。「音楽のデジタル配信が当たり前になったことによって、歌詞をじっくり楽しむ機会が少なくなった」(野添氏)という現状に着想を得て、新しい音楽体験を提供するスピーカーを作ったという。このプロダクトは、アメリカで開催される音楽と映画、テクノロジーの祭典「サウス・バイ・サウスウエスト」で、アジア初の「Best Bootstrap Company」賞を受賞したことでも話題になった。
野添氏「普通の広告だったら、『音楽って感動するよね』とか、『こういう瞬間に音楽を聞くっていいよね』ということを伝える映像などを制作して、観る人に感動してもらう手法をとりますよね。それが、”認識を変える”ことです。リリック・スピーカーなら、音楽をもっと好きになる瞬間そのものを作ってあげられるんです」
SENSORSの取り組みは、番組づくりではなく、コミュニティづくり
一方、「SENSORS」は2014年10月からスタートした情報番組だが、ウェブメディアも運営し、最先端のテクノロジーやエンターテイメントにまつわる情報を発信している。プロデューサーの加藤氏によると、「僕らが知った情報をどんどんウェブで発信して、それをテレビがつまみ食いする」というまったく新しい制作形態を採用しており、テレビでは圧縮して放映した対談をウェブではノーカットで配信するという取り組みも行った。
加藤氏「2015年3月にはウェブとテレビとリアルイベントを連携させた「SENSORS IGNITION」を虎ノ門ヒルズで開催しました。リアルの場で関係性を築いて、それを情報発信していくというのもこれまでにテレビになかった試みです。テレビ番組というのはあくまで一つのアウトプットで、SENSORSのプロジェクトで出会ったクリエイターと一緒に事業を作っていきたいという想いでやっています」
モデレーターの津田氏は、「ドワンゴの川上量生会長は『テレビ局が本気を出したらネットで大勝ちするだろう』と言っていますよね。定額動画配信サービス・Huluの買収も含めて、日テレの取り組みはフロントランナーです」と語る。
加藤氏「テレビ局の中でもデジタルについての意識も徐々に変わってきています。局はこれまで、ファンを作りながらメディアをつくっていくという発想に欠けていたかもしれません。たくさんの人に観てもらっていることが前提に作られていることが多かったからです。しかし、そういった認識が通用する時代はそう長くは無いかもしれません。SENSORSはテクノロジーやエンターテイメントのジャンルに絞って、そのコミュニティでファンを作り、コミュニケーションをしながら楽しんでもらうというコンセプトで作っています。そういうことをテレビ局がきちんとできるようになったら、強いのかなと思います」
テクノロジーありきではなく、まずは「コンテンツありき」
ゲスト2人によるプレゼンテーションが終わった後は、フリートークへ。津田氏は、テレビとインターネットのメディアミックスについて早速加藤氏に質問をぶつけた。
津田氏「アメリカの大統領選挙の事例などを見ていくと、手元にスマートフォンやタブレットを置いてTwitterなどをしながらテレビを楽しむダブルスクリーンの視聴方法が主流になるように思えます。そうなってくると、これまでテレビ局が開発してきた、データ放送の『dボタン』はどうなるのか。ボトルネックになる可能性はないんでしょうか」
加藤氏「ボトルネックにはならないと思う。データ放送、ダブルスクリーンなど、多様なテクノロジーの使い方をさまざまな人が模索しています。むしろ、一つのツールに縛られてしまうことの方が怖い。一つの技術に固執してしまうと、クリエイティビティを損ない、ずっと楽しまれるようなコンテンツ作りはできないからです。面白いコンテンツを作りたいというビジョンが先にあって、最適な技術を採用していくべきだと思います」
このことについては野添氏も同意見で、「僕も(採用する)技術から先に考えて、クリエイティブを作ることはまずありません」と答えていた。
最後は、ゲスト2人に「新しい広告やコンテンツ作りにチャレンジするために必要なこと」について聞いて締めくくられた。
加藤氏「新しいコンテンツにチャレンジするためには、理解してもらえる仲間を社内にどれだけ作ることができるかどうかが重要です。メディアに対する閉塞感を打破し、ワクワクする未来を実現していきたい。社外のクリエイターとも一緒に仕事していきたいですし、スタートアップ企業を応援して、一緒にビジネスを作っていければいいなと思っています」
野添氏「昨今は、『広告』という言葉の概念が広がっています。(広告業界がどうなろうと)企業が活動していくなかで、ユーザーと絆を結んでいくための仕事はなくなりません。そういう意味で(テクノロジーの進化により)可能性が広がっていると感じています。僕らは広告を新しくしていきたい。クライアントと一緒に前を向きながら、デジタルを使ってどういうことができるのかを考えていきたい。そこまで含めて広告だと思っています」