日本企業との接点にビジネスチャンス。海外スタートアップもILSに注目
- HIP
- ILSがスタートしてからの10年で、松谷さんはどんな変化を感じていますか。
- 松谷
- ディープテック系のスタートアップが多数参加してくれるようになったことに、変化の手応えを感じています。ディープテック系はアカデミアに近く、これまで大企業との協業はあまり盛んではなかった。しかし近年では、バイオや量子コンピューティングのようなディープテック関連のスタートアップが、ILSで活発に動いています。
ILSに参加する大企業は製造業が多く、ディープテックとの相性は良好です。ディープテック系スタートアップはマーケティングや営業が弱いことが多いので、多数の大企業とまとめて商談してニーズを探ることができるILSに、価値を感じてくれているようです。
ディープテック系の出展が増加(ILS2023より)
- HIP
- 大企業やアカデミア側の変化は。
- 松谷
- 大企業はオープンイノベーションを標榜しつつも、従来は特定部署から少人数で参加するケースがほとんどでした。しかし2023年のプログラムを振り返ると、大企業1社あたり平均4部署から参加し、全体では約3000人の大企業関係者が商談をしました。
それだけ、大企業もスタートアップとの協業に意欲的になったということでしょう。
商談会の様子(ILS2023より)
- 松谷
- 2023年からは大学の研究室への呼びかけも強化し、ユニークな技術を持つ研究者が参加してくれるようになりました。企業側から一番人気だったのは高精度の光エネルギー材料を専門にする京都大学化学研究所の研究グループで、16社の大企業と商談しています。
近年では大学発のスタートアップが増えていますが、良い技術を持っていても、事業をスケールさせなければ社会にインパクトを与えることが出来ません。だからこそ良いパートナーを見つけることが大切なんです。
技術トレンドを見ていると、脱炭素やエネルギー関連が盛り上がっていますね。また、数年前から海外投資家が注目していた宇宙関連のテーマも、2023年から国内大企業の関心を集めるようになっています。 - HIP
- 2023年のILSには26か国から約280社と、海外スタートアップの参加も急増していますね。
- 松谷
- 海外は積極的に開拓しにいきました。コロナ前には計20都市近くを回り、現地のスタートアップへPRしていた時期もあります。
こうした取り組みのかいもあって、現在では日本の大企業との接点を求める海外スタートアップが増えています。日本の大企業も海外売上比率が伸長しており、海外スタートアップとの接点は、日本のみならず世界中でのビジネスチャンスにつながります。
2023年のILSには113社の国内大企業が参加しました。1か所にこれほど多く日本の大企業が集まり、スタートアップと商談する機会は世界的に見ても珍しいはずです。
短期間で成果が出なくてもあきらめない。そんな大企業担当者に光を当てたい
- HIP
- ILSに参加する企業は、どんな成果を得ているのでしょうか。
- 松谷
- ILS2023では3121件の商談が行なわれ、そのうち約3分の1が協業に向けて動き出しています。数多くの商談ができるだけではなく、高精度で効率的なマッチングになっているわけです。
- HIP
- なぜ、そのようなマッチングが可能なのですか。
- 松谷
- 秘訣はILSの仕組みにあります。
参加するスタートアップや大企業、大学の研究室は、事前にプラットフォーム上でマッチング相手を探して商談を申請するんです。
またスタートアップは基本的に第三者の推薦を受ける招待制で参加していて、大企業との協業を希望し、かつ代表者が自ら商談に参加することを条件にしています。アクティブに動くプレイヤーが集い、素早く意思決定することで多くの協業が実現しています。
- HIP
- ILSでは有望スタートアップ企業が選ぶ「イノベーティブ大企業ランキング」を毎年発表するなど、大企業サイドへの後押しにも力を入れているように感じます。
- 松谷
- 大企業には一生懸命イノベーション創出に取り組んでいる担当者がたくさんいますが、1年程度の短期間ではなかなか成果が出ないのも事実。そうした人たちにも光を当てたいと思っているんです。
1年では新規事業の成果を経営層に報告できなくても、イノベーティブ大企業ランキングに選ばれれば、スタートアップから評価されていることは報告できるのではないかと。
ランキング上位企業の担当者は、本当に喜んでくれていますね。結果的に大企業同士の競争を促せますし、スタートアップにとっては「どの企業にアプローチすべきか」を考えるうえでの指標になります。
逆に大企業に対しては、ILSで大企業からの商談申し込みが多いスタートアップのトップ100を発表するなど、有望なスタートアップの情報も届けています。 - HIP
- ILSへの海外スタートアップの参加も増えているなか、日本の大企業が国境を越えた協業を進めるうえで留意すべきことは。
- 松谷
- 海外スタートアップのほとんどは、日本国内に拠点を持っていません。商談では何らかの成果を得て、次に日本を訪問するきっかけをつくりたいと考えています。その意味では、商談や契約をできる限りスピーディーに進めていくべきだと思います。
ILSでは海外企業との商談に無料で通訳をつけ、ストレスなくコミュニケーションできるようにしていますが、イベント後の2回目以降のコミュニケーションも迅速かつスムーズに進めることが大事です。
海外のスタートアップも積極的に参加(ILS2023より)
- HIP
- 海外スタートアップは、日本の大企業のスピード感をどのようにとらえているのでしょうか。
- 松谷
- 率直に言えば「遅い」ととらえていると思います。スタートアップとの協業に限らず、スピード感アップは日本の大企業の重要課題といえるのではないでしょうか。
新規事業を進める際には、既存の事業ポートフォリオを見直して何かを捨てなければならないことも、往々にしてあります。海外の大企業ではプロ経営者が短期間で業績を上げることにコミットするので、こうした判断が素早い。スタートアップへの投資や買収に関する意思決定も迅速です。
これは日本の大企業も見習うべき点でしょう。
東大工学部や産総研なども本格参加。最先端技術に触れられるILS2024
- HIP
- 2024年は12月2〜5日に、虎ノ門ヒルズでILSが開催されます。今年の見どころを教えてください。
- 松谷
- 今年はアカデミアからの参加がさらに増える予定です。ILS2024では東京大学工学部が初めて本格参加するのに加え、産業技術総合研究所や量子科学技術研究開発機構(QST)、物質・材料研究機構(NIMS)などの公的研究機関も登場します。
そして、大企業との協業を希望する国内外の有望スタートアップについても、これまで以上に多くの参加を見込んでいます。 - HIP
- これからのILSに向けて、松谷さんはどんな展望を描いていますか。
- 松谷
- これまでの活動を通じて、日本の大企業やスタートアップ、アカデミア、海外スタートアップが参加してくれるようになりました。
あと足りないピースは海外の大企業と投資家、そしてアカデミア。今後はこうした層の取り込みに注力したいと考えています。海外の大企業との出会いがあれば、日本のスタートアップも海外進出しやすくなるはずです。
ILSに参加するスタートアップは、「CES」や「SXSW」(サウス・バイ・サウスウエスト)などにも参加しているところが多い。ILSもそうしたイベントと肩を並べる知名度を持てるように成長させ、世界中の企業を受け入れ、グローバルトレンドが生まれる場所にしていきたいですね。