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「公文式」が49の国と地域で学ばれる秘訣とは? 教育サービスにおけるグローバル展開の第一人者が語る
公文教育研究会取締役相談役 角田秋生
2016.02.15

ヘアカット専門店「QBハウス」を経営する北野泰男氏がHIP talkのバトンを渡したのは、公文教育研究会取締役相談役の角田秋生氏。「公文式」という言葉を知らない人はほとんどいないだろう。公文教育研究会(以下、公文)では、高校の数学教師であった公文公(くもん とおる)氏が始めた学習指導法「公文式」をフランチャイズで展開し、現在は49の国と地域に展開している。

「子どもの育て方、教え方のベストプラクティスをグローバルで共有するという地道な取組みはなかなかできないこと」と北野氏も話していたが、教育のような無形のものを、言語や文化が異なる土地に広げていくためには、どういったことが重要になるのだろうか。同社において新しい事業の展開を手がけてきた角田氏に、サービスの質を保ったままサービスを世界に広めていくために大切なことを伺った。

取材・文:HIP編集部 写真:大畑陽子

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公文教育研究会取締役相談役 角田秋生

人は、最適な課題が目の前にあればやる気を起こします。難しすぎても、簡単すぎてもダメなのです。

HIP編集部(以下、HIP):角田さんは公文に入社される前は印刷会社に勤めていらっしゃったそうですね。異業種への転職ですが、どういったきっかけで公文に転職されたのでしょうか?

角田 秋生(以下、角田):教育の仕事への興味は、ありました。ただ、当時は高度経済成長期の最後の頃でもあり、就職選びは、今ほど大変ではなく、あまり深く考えませんでしたが、大学での研究テーマが「界面活性剤」でしたので、それが活かせそうな印刷会社への就職を決めました。しかし、社会人生活にも慣れ、30歳を迎える頃、「このままでいいのだろうか」と悩んでいたのです。そのときに出会ったのが、当時ベストセラーになっていた『公文式算数の秘密』(廣済堂出版刊・絶版)という書籍です。本屋で見かけて読んでみたところ、「こんな考え方があるのか!」と公文メソッドの革新性に驚かされました。「ここで働けるなら」と考えて転職を決意したのがきっかけです。

HIP:入社後、最初はどういったお仕事を?

角田:公文はフランチャイズ方式を採用しており、全国にいる先生方がフランチャイズオーナーとして自宅や貸会場などで教室を開いています。入社するとまずオーナーの先生方をサポートすることになるので、私も5年ほど現場でサポートを行いました。その後は社長室と経営企画室に5年ほど、新規事業を立ち上げる部署に10年いました。

HIP:新規事業というと、古くからあるものを受け継ぎつつも、新しいものを生み出さなくてはならないかと思います。角田さんは、公文の何を受け継がなければならないと考えて新規事業を立ち上げてらっしゃったんでしょうか?

角田:根底にあったのは、当然のことですが、会社の理念からは外れないということです。公文の理念とは、「個を尊重し、可能性を追求する」こと。この理念に基づいて、公文には「ちょうど」という考え方があります。人は、最適な課題が目の前にあればやる気を起こすということです。難しすぎても、簡単すぎてもダメなのです。ちょっとだけ背伸びして、頭と心が気持ちのいい汗をかけるような状態が「ちょうど」です。

大事なのは、先入観を持たずに顧客の話を聞いて、いろいろな角度から物事を見ること。

HIP:「ちょうど」を見定めるのはなかなか難しそうです。

角田:そうなのです。頭と心は外から見てもわからないことなので非常に難しいです。公文式教室の先生は子どもたちの「ちょうど」を見つけるすごさがあり、そのための研鑽を重ねてくださいます。この「ちょうど」を大事にするというのは、教室だけでなく公文という会社における原則になっていて、対象やテーマが変わったとしても重視していることです。

HIP:どのような事業においても「公文」としての理念を大切にされているんですね。

角田:はい。こうして理念を保ちつつも新しいターゲットや市場で事業を立ち上げたことで多面的に物事を見られるようになりましたし、既存事業における先入観をなくし、顧客が何を求めているのかを考える経験ができたことは貴重でした。同時に、外からの視点で見ることで公文のフランチャイズシステムや指導者の質の高さにも改めて気づかされました。その後、公文エルアイエルという書写教室を展開する会社の社長を6年半ほど務めましたが、そこでこの新規事業の経験を生かすことができました。

HIP:当時は「書写」へのニーズは高かったのでしょうか?

角田:いえ、今でこそ「美文字」といった言葉が登場し、文字を綺麗に書くことへの注目は増していますが、私が社長に就任した1998年頃は、世の中から手書き文字は消え、すべて電子に移ると言われていました。

HIP:逆風が吹く中での社長就任だったのですね。書写を学ぶことへのニーズが今ほど高くない中、どのように会社を経営されたのでしょうか?

角田:就任して知ったことは、顧客が求めているのは必ずしも「綺麗な字を書けるようになること」だけではないということ。まず大切にしたのは、そのことでした。書写技術を教える教室だからといって、書写技術の向上だけを目的に通うとは限りません。学習を通じてこれまでできなかったことができるようになる嬉しさを感じ、また、時間に制約のある方は教室にいる時間を自分だけの時間として感じ、学ぶことそのものを楽しんでいる。そのように感じられました。だから、シニアの方、主婦の方など年齢を超えた学習者が集まってくれたのだと思います。大事なのは、先入観を持たずに顧客の話を聞いて、いろいろな角度から物事を見ること。そうすることで、事業の本質が見えてきます。

HIP:新規事業立ち上げの経験を積んだことがプラスに働いたんですね。

角田:そうですね。もし、経験の順番が逆だったら、大事なことを見落としてしまっていたかもしれません。

最悪のシナリオを想定しておくと、悪くなったとしても意外に大丈夫だと思えるのです。

HIP:初めて経営者として仕事をされるようになって、決断に困る局面などはなかったのでしょうか。

角田:ありました。公文エルアイエルの社長に就任した頃、本部が示す基準会費が東日本と西日本で違っていたのです。これはフランチャイザーとして同じ条件にしておく必要があります。

HIP:どうして差が出てしまったんですか?

角田:前任の社長のときに、学習プログラムとしての質向上がなされたので、基準会費の見直しに取り組み、まず東日本側の基準会費を上げました。西日本側もすぐ上げるつもりだったのですが、経済環境が急に悪化し、西日本側の基準会費を上げることが難しくなってしまったのです。その状況の中、私が就任しました。先生方にとって会費は収益に直結するところですから、東日本の先生方に西日本の低い基準会費に合わせてほしいと言ってもすんなり受け入れてもらえません。しかし、公文の哲学は、教育をより多くの人に届けることを大切にしています。経済環境が悪化している中で基準会費を上げることは、サービスを受けられる人を制限することになってしまいます。その考えのもと検討を重ねた結果、基準会費を下げる決断をしました。

HIP:先生方からの反発が起こることも予想できたかと思いますが、決断されたのですね。

角田:「先生が反発して全員辞めてしまったとしたらどうなるのだろう?」などということまで考えていました。しかしそれは、会社の中で考えるべきことではないので、独り自宅で考えるようにしていましたね(笑)。最悪のシナリオを想定しておくと、そこまでにはならないなという気持ちになり、意外に大丈夫だと思えるのです。精神的にも落ち着きます。難しい決断を下す場合は、現実を正しく見るためにも、ネガティブなシナリオをも想定しておくことは大切だと思います。そこから、バラ色のシナリオに広げていくという感じでしょうか。

HIP:いろいろな場面で活用できそうな考え方ですね。基準会費を下げると決めてからは、すぐに実行されたのでしょうか?

角田:いえ、実行するまでには2年の月日を要しました。その間に、先生方との信頼関係を向上させることが先決で、それが改善されてきた段階で、なぜ、そうしなければならないのかといった事情をお伝えしていきました。

HIP:いきなり実行はされなかった。

角田:いきなりは無理でしたね。力づくで行っていたら、きっとうまくいかなかったと思います。信頼関係ができた後でさえ、かなりの反発があったほどですから。ただ、実行してから1年ほど経過すると、次第に会員数が増えて、教室の収益がもとに戻り始めました。多少の反発があっても決断して良かったです。危機を乗り越えたことで本部にいる社員にも自信がつきましたし、その決断と遂行のプロセスを通して、教室の先生方も私たちへの信頼を高めてくれました。それが、その後の発展につながりました。

HIP:難しい決断をしたことで、結果的に事態は好転したんですね。

角田:本部にいる私たちは、経済予測や競合分析などの俯瞰した視点を持ち、未来を見通していかないといけません。一方で、先生方は一人ひとりの生徒を見つめ「公文式」の現場を作っていく。私たちは、先生のご努力を裏切ってはいけません。互いの役割を明確にしながら、一緒に作り上げていくという意識が大切だということを身をもって学ぶことができました。

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