理念や価値観を文化背景の異なる地に浸透させるためには、すり合わせることが「日常」だと思わないといけない。
HIP:2005年、角田さんが公文教育研究会代表取締役社長に就任されてからもグローバル展開が進み、現在は49の国と地域で展開されているそうですね。教育は国によって事情が異なるかと思いますが、どのようなことを心がけていらっしゃいますか?
角田:どの国であっても大事なことは、社員と先生の関係や人と人とのコミュニケーションであり、それがモチベーションを左右するということです。これは、何気ない言葉ひとつで崩れることもあります。暗黙知に近いので、形式知化しにくいのです。こうしたものを定着させていくには、暗黙知を人に蓄積させていく必要があります。そのために、公文の理念を体験してもらう研修を行ったり、先生が指導する様子を見てもらったりしています。
HIP:海外展開をする企業の中にはマニュアルで共有していくところも多いかと思いますが、公文式ではどのようにして各国で展開しているのでしょうか?
角田:もちろん、マニュアル化することも大切ですが、私たちが掲げているのは、「一人ひとりの生徒に合わせて指導する」という考え方です。マニュアル化することにより、もっと良い方法を追求することを妨げてしまうリスクも高まります。それは創始者公文公が言っていた「『こんなものだ』はいつもなく、『もっとよいもの』はいつもある」という公文式の考え方ではなくなってしまうのです。
HIP:ただ、せっかく暗黙知を得た人材が辞めてしまうとすべて失われてしまうというリスクもありますよね。
角田:海外では、ジョブチェンジすることは当たり前です。仰る通り、せっかく暗黙知を蓄積した人が、転職してしまうこともあり得ます。しかし、全員が辞めていってしまうわけではありません。「ジョブチェンジ」に果敢に挑戦し、あきらめずに「育て続ける」ということを大事にしているのです。自分たちの理念を伝えていくことに「ここまでやったら終わり」はありません。理念や価値観を文化背景の異なる地に浸透させるためには、すり合わせることが「日常」だと思わないといけない。これは、理念や価値観を大事にしている組織はどこも同じだと思います。
HIP:取り組み続けることが「日常」だとするのは、かなり根気が必要になりそうですね。
角田:先生たちも日常的に「すり合わせ」を行っていて、世界各地の先生が集まりベストプラクティスを学び合うことで、よりベターな学習方法を模索し続けています。公文は算数・数学教材において国を越えても共通した教材を使っているため、母国語が違ってもお互いに学ぶことができるのです。海外の実践例を取り入れていくことで、日本で生まれた公文式が磨かれていっています。
創始者の理念を明確にし、それを日常の業務につながるように翻訳していくことが大事。
HIP:他に海外でサービスを展開する上で、大事にされていることはありますか?
角田:一番大事なのは、片方の手は理念や哲学といった「芯棒」をしっかりと握っていること。これは離してはいけません。ただ、もう一方の手はフリーにしておいて、その土地の気質や文化に合わせて柔軟に対応していくこと。両方の手で「芯棒」を握っていると、臨機応変にいかない状態になってしまいますし、離してしまうと自分たちが事業をやる意味がなくなってしまいます。私たちのようなサービス業において大事になるのは、「何をやるか」よりも「どうやるか」なのです。対象となる相手にもいろいろな事情があるので、決まった対応をするわけにはいきません。
HIP:そこでも「個を尊重する」という公文の理念が生きているんですね。
角田:そうです。どんな理念の下で活動するのか、どういった事業をやるのか。こうした方針や計画を書いたものの、飾られているだけの場合も多い。大事なことは、どうやって日々の業務に反映させ、実践していくかなのです。
HIP:理念は掲げるだけではダメだと。
角田:創始者の公文公は、「悪いのは子どもではない」という言葉を残しています。これは、私たちが事業を考える際にも意識している言葉になっています。「悪いのは顧客ではない。顧客が求めるものを提供できていない私たちが悪いのだ」と。創始者の理念を明確にし、それを日常の業務につながるように翻訳していくこと。これが、新たな事業を展開しようとしている企業にとって大切なことではないでしょうか。
角田さんが選ぶ、次回のHIPゲストは……?
HIP:では、次回のHIP talkのゲストを角田さんにご指名いただけますでしょうか。
角田:フィットネスクラブを展開している株式会社ルネサンスの代表取締役社長、吉田正昭氏を推薦できればと思います。現在ルネサンス様ではベトナムでスイミングスクールを展開されておられますが、展開するにあたっての考え方にとても共感いたしました。
アメリカ発という印象が強いフィットネスクラブよりも日本企業としての印象を打ち出せるのではないかという想いや、スクールは「道」に通じるので東洋人のメンタリティにフィットするのではないかなど、現地のテイストを捉え、提供側が持つ想いを大切にしながら、強みを組み合わせていく発想からサービス分野における事業活動の本質が感じられます。
また、この事例に限らず、ルネサンス様からサービスビジネスについて多くのことを学ばせていただいております。ぜひルネサンス様にお願いしたいですね。
HIP:ありがとうございました!