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経営危機に直面した『無印良品』を立て直した松井忠三が考える、「勝つ構造」の作り方
良品計画前会長 松井忠三
2015.08.24

創造性は、基本があった上で初めて生まれるもの

HIP:仕組みを社員全体に広めるために、取り組んだことはありますか?

松井:良品計画には「MUJIGRAM」という、全店舗で業務を統一するためのマニュアルがあります。すべての業務をマニュアルに落とすことで、知識がすべての社員に行き渡り、個人の経験に頼る必要がなくなりました。

HIP:マニュアル化という言葉だけ聞くと、個人の創造性や柔軟さなどとは離れている印象を抱きますが、そのあたりはどうなのでしょうか?

松井:日本ではマニュアルというと硬直的で創造性がなく、人間の自発性を奪うものだと思われがちですよね。無印良品のマニュアルは、現場で上がった意見を課長が確認し、OKであれば全社のマニュアルが変わるようになっています。マニュアルを改善するための意見が毎日寄せられ、刻々と変化しているので、ちゃんと現場で使われるものになります。

HIP:毎日変わるマニュアル! それはすごいですね。従来のマニュアルに対して抱く印象とはかなり異なります。

松井:音楽でもスポーツでも、すべての世界で基本がありますよね。創造性というものは、基本があった上で初めて生まれるものだと思うんです。基準を揃えるためにも、マニュアルは必要不可欠ですね。

社風作りは、徹底してやり続けないと定着しない。定着すれば、強い競争力になる

HIP:良品計画は、マニュアル化で社員の意識を変えていっていったんですね。

松井:そうですね。あとは、社風を変えていくために「残業をなくすこと」「挨拶をすること」などの仕組みの導入も進めました。

HIP:「残業をなくすこと」に取り組まれたのはどういった理由から?

松井:当時、終電の時間まで働いている社員が非常に多かったんです。会社と家の往復を繰り返すような状況では、新しい商品の知恵が出るわけがありません。そこで、金曜日だけノー残業デーにすることにしました。そして半年後に水曜日もノー残業デーにして、翌年の始業日からは全日残業なしに。これはさすがに時間がかかりましたが、実現できました。一度残業なしにしたら、徹底してやり続ける。始めたらやめないことが何より重要です。

HIP:仕組みを根付かせるには、根気が必要なんですね。「挨拶をすること」はどういった理由から始められたんですか?

松井:挨拶は軽視されることもありますが、大切なコミュニケーションです。人間関係を良くしますし、仕事の能率も上げてくれます。「先ず隗より始めよ」ということで、私が毎朝、8時から9時まで出勤してくる社員に挨拶を始めたんです。少しずつ挨拶が広がっていきましたが、しばらくすると「会長が立っていると嫌だ」っていう人が出てきて(笑)。立つ回数を1週間に1回にして、最後は1ヶ月に1回にして。これも、始めたらやめないのがコツなんですよ。やめてしまうと元に戻るので。

HIP:挨拶は基本的なことかもしれませんが、それを徹底して、会社のカルチャーにできるかどうかというのが大きいですね。

松井:社風を作るというのは難しいことをやるわけではなく、徹底できるかが鍵ですね。一流の企業へ行くと、全員がゴミを拾います。多くの会社は、ゴミを拾う係の人しか拾わないんですよ。

HIP:全社員というのはすごいですね。

松井:ここに、社風という大きな競争力が生まれます。全員がゴミを拾う会社と、決まった人しか拾わない会社では、天と地ほども違うんです。こうした社風を作るためには、できるまでやり続ける。やり続けて、途中でやめないようにしないと、社風にはならない。だから、社風を作ることができる企業は強いですよ。

HIP:仕組みの導入も社風作りも、忍耐が必要ですね。

松井:マニュアルや仕組みも、ただのツールになってしまうと、70%程度の達成度にしかなりません。残りの30%は、社風を変えることで初めて達成されます。社風と仕組みはセットですね。社風を変えるというのは、トップが本気になって動かないとできません。それをやり切ることが大事なんです。

結局、海外で成功するための奇策はないんです

HIP:海外展開についてはいかがでしょう。松井さんが社長に就任後、『MUJI』の海外展開が加速して、今では300店舗を超えるとのことですが。

松井:世界には、グローバルマーケットというものは存在しません。ローカルなマーケットがたくさんあるだけなんです。ローカルなマーケットに自分たちが持っている資産を合わせていく実行力が、海外展開で成功するために必要な要素の一つだと思います。

HIP:良品計画では、ローカルマーケットにどのように合わせていってるのでしょうか?

松井:たとえば、無印良品の店舗を出すときに用いている「出店基準書」や「MUJIGRAM」は、ある程度共通した内容にはなっていますが、各国の状況に合わせてローカライズされています。地域によって居住環境や商習慣は異なりますから、対応していかないといけません。

HIP:海外展開で成功する上で必要なことは何があると思いますか?

松井:3つあると思います。まず、先ほどの実行力。もう一つはブランドです。『MUJI』というブランドは、日本の禅や茶道のように、いろんなものを削り落とし、シンプルで質素に生活するという、日本の文化の根源的なところから発想されています。世界展開するときに、このブランドイメージの強さが大きく出てくる。

HIP:やはりブランドは大切な要素なんですね。

松井:そうですね。結局、海外で成功するための奇策はないんです。現地で商品を使ってもらうのが一番なんですよ。ネットで売ろうとしてもね、ブランド認知がないと売れません。やっぱり現場で物を使ってもらって、直接売るのが一番ですね。

HIP:ブランドの認知を広めるために取り組んでいることはあるのでしょうか?

松井:新しいお店には、必ず「What is MUJI?」というコーナーを作ります。そこに、無印の歴史を体現した商品を並べるようにしていて。ここで、MUJIを知ってもらう。2店舗目、3店舗目もこうしたお店作りをして、その地域の人たちにブランドを知ってもらいます。

HIP:とても地道に活動されるんですね。

松井:我々は基本的にあまり宣伝をしないブランドなんですよ。一番MUJIらしい商品をお店で使ってもらい、お客さんとコミュニケーションをしていくのが、基本的なブランドの浸透の仕方なんです。

HIP:海外展開で成功する上で必要な三要素、実行力とブランド、最後の一つは何でしょう?

松井:最後はビジネスモデルです。高いリターンがないと、海外では戦えません。良品計画のビジネスモデルは製造小売業。作った商品が売れるとメーカーとしての利益まで入ってくるため、粗利が非常に高いんです。それから、良品計画は生活雑貨専門店なので、グローバルで戦うときの相手はIKEAだけと言っても過言ではない。競合が少ないビジネスモデルというところもポイントだと思います。

最短経路に正解はない。迷ったら、遠い道のりを選んできた

HIP:社長になられてから、会社の立て直し、社内改革、海外展開への取り組みなど、決断の連続だったかと思います。どのように決断されていったのでしょうか?

松井:決断はそんなに難しいことじゃありません。重要な問題は常に頭で考えているので、意思決定に30秒もかかりません。

HIP:30秒もかからないんですか……!

松井:全体最適で物事を見ていると、想定外の質問が来ることは少なくなります。その視点に加えて、トップになっても現場で戦えることも重要です。物事を決断する際、第一線の社員と遜色ない力量で動けることは役立ちますから。日本の経営者はほとんどがお神輿に乗っちゃって、社員は社長を守ろうとする。海外の経営者はね、自分で動きます。トップが自分で動いていかない限り、組織は変わっていかないですよね。

HIP:ほかに、経営者として意識されていることはありますか?

松井:進む道を選ぶとき、迷ったら必ず遠い道を選ぶことですね。たとえば、私が社長になったとき、アウトレットを1つずつ閉鎖していった。アウトレットは大きな課題であった「在庫処理」という意味では非常に効率が良いんです。しかし、本質を考えるとどうなのか、立ち返りました。ユニクロやしまむらなど、アウトレットなしでビジネスをしている会社はちゃんとある。じゃあ、自分たちもそうしようと。

HIP:本質を捉えるためには、遠い道のりを選ぶ必要がある。

松井:最短経路に正解はありません。経営のレベルを上げていくためには、本質を突き詰め、遠回りを選ぶことが大切なんです。そして、要所要所では自分で出ていって、全体最適の仕組みを作ること。そうでない限り、経営はうまくいかない。私はずっとそうやってきましたし、これからもそうしていきます。

松井さんが選ぶ、次回のHIP talkゲストは……?

HIP:それでは最後に、次回のHIP talkのゲストをご指名いただきたいのですが、松井さんが今気になっている、イノベーティブなプロジェクトや人物を教えていただけますか。

松井:そうですね、ヘアカット専門店のQBネットでしょうか。アジアにどんどん進出していて、海外で一番元気な企業じゃないかと。あとは、岐阜県の大垣共立銀行ですね。離婚融資や手のひら認証など、ユニークな施策を次々と実施していて、注目しています。

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