江崎グリコといえば、ポッキーやビスコなどを販売する業界最大手のお菓子メーカー。そんなグリコが2012年から手掛けているのが、オリジナル化粧品「gg(ジージー)」の開発・販売だ。創業の財である栄養素「グリコーゲン」を使ったローションやクリームなどのスキンケア商品をはじめ、2018年にはコラーゲンドリンクやサプリメントも加わり、1つのブランドとしてリニューアルされた。
お菓子から化粧品へ。まるで畑違いの分野に参入できた背景には、グリコが数十年にわたり行ってきた研究と、そこから生まれた独自技術があったという。
新規事業として未知の分野に挑む苦労や、ggのリリースから7年目を迎えた現在の課題などについて、ダイレクトマーケティング部の若林歩氏、研究・開発を担う健康科学研究所の八ッ橋宏子氏に聞いた。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:佐藤佑樹
「グリコの化粧品」を生んだ、創業の財「グリコーゲン」への思い
HIP編集部(以下、HIP):まずは江崎グリコが化粧品の開発・販売に参入するに至った、その背景から教えていただけますか?
若林歩氏(以下、若林):江崎グリコ(以下、グリコ)は1922年に栄養素「グリコーゲン」入りのキャラメルを発売したところからスタートしています。以来、創業の財であるグリコーゲンの研究を脈々と続けてきました。炭水化物や糖分などの摂取によって体内で合成され、肝臓に蓄えられてエネルギーの素となるグリコーゲンですが、肌にも良い効果を与えるとわかり、化粧品づくりに生かせるのではないかと考えたわけです。
HIP:自社のコア技術を活用して、新規の領域に進出されたわけですね。もともと美容分野への参入を見据え、研究されていたのでしょうか?
八ッ橋宏子氏(以下、八ッ橋):いえ、そもそもは化粧品としてではなく、健康食品として摂取する際のグリコーゲンの効果・機能性を研究していました。そのなかで、肝臓や筋肉に存在しているグリコーゲンが、じつは肌にもあり、年齢とともに減少していくことがわかったんです。そこで肌に対する効果を検証したところ、グリコーゲンが肌の潤いをアップさせること、細胞を紫外線ダメージから守ってくれることなどがわかってきました。
ただ、天然由来のグリコーゲンには不純物が混じっていたり、分子サイズが不均一であったりと、化粧品に使うにはさまざまな課題もありました。そこで、私たちがお菓子づくりで培ってきた糖質加工の酵素技術を用いて、純度が高く、より肌への効果が高い分子量サイズのグリコーゲンをつくることに成功したんです。それが、ggに使われている「EAPグリコーゲン」。EAPグリコーゲンが誕生したことで、化粧品開発の機運が一気に高まりました。
化粧品開発のノウハウはゼロ。2年にも及んだ、手探りでの商品開発
HIP:とはいえ、お菓子メーカーが化粧品を開発するというのにはやはり驚きがありますね。
若林:たしかにグリコが化粧品というと、突拍子もないチャレンジのように思われるかもしれません。ですが、化粧品以前にコラーゲンドリンクなどの開発・販売も行っていましたし、2002年からはα-アルブチンという独自に開発した化粧品の原料を、世界約40か国で販売している実績もありました。つまり、もともと「食品の力を美容に生かす」土台はあって、決して思いつきで始めたことではないんです。
HIP:「EAPグリコーゲン」も、化粧品の成分としてB to Bで販売することは考えなかったのでしょうか?
若林:もちろん、その選択肢もあったと思います。ですが、われわれにとって思い入れのあるグリコーゲンという成分は、やはりグリコとして自社ブランドで製品化したいという強い思いがありました。
HIP:まったく畑違いの領域への参入にあたっては、課題も多かったのではないでしょうか。
八ッ橋:おっしゃるとおり、最初は「何から手をつけていいか」という状態でした。原料販売を行うなかで化粧品メーカーとのやりとりはあり、業界の全体像は見えてきていたものの、実際に商品づくりを行うとなるとわからないことばかり。たとえば化粧品としての効果を評価するモニター試験一つとってみても、その評価軸や質問項目を手探りでつくるところからのスタートでした。
基礎研究の土台を大学の皮膚科と共同で構築するとともに、さまざまな化粧品展示会やセミナーに足を運んだり、原料販売の活動にも同行したりして、人脈づくりを積極的に行いながらノウハウを学んでいきました。課題を一つひとつクリアし、発売へと至ったのはプロジェクトのスタートから2年後でした。
パッケージづくりや広告表現……。他部署とも密なやりとりを重ねた
若林:マーケティングも同様に、最初は何もわからず、まずは他社の化粧品を買い集めて研究するところからのスタートでした。商品パッケージやボトルについても、社内の調達部の協力を得ながら、プロジェクトメンバーが自らリサーチし、工場を回って、オリジナルのものをつくりました。
また特に苦労したのは、広告などで商品の特徴をお伝えする際の「表現」について。独自成分であるEAPグリコーゲンは、肌の細胞一つひとつに強く働きかけ、ヒアルロン酸やセラミドといった潤い成分を自ら生成することがわかっていました。ですが薬機法上はそれをうたうことができず、ただ「保湿効果がある」としか表現できなかったんです。
HIP:「保湿」だけではEAPグリコーゲンの効能を十分に言い表すことができない。どんな言葉であればグリコの研究の成果を余すところなく発信できるか、知恵を絞る必要があったわけですね。
若林:そのとおりです。品質保証部の担当者が薬機法の勉強会に参加し、「この表現を使うためにはどんなエビデンスが必要なのか」といったことを学んだりもしました。それを研究所にフィードバックして追試験を行うなど、密にやりとりを重ねた結果、「自発保水」というワードにたどり着いたんです。「自ら潤う肌」を想起させる言葉として、これを採用しました。