成田国際空港、第2旅客ターミナルビルの連絡通路。その一角にある大型のLEDパネルに、来日した外国人観光客が思わず立ち止まる。そこに映し出されているのは、四季の移ろいや舞い踊る着物の大和撫子など日本文化を象徴する映像だ。驚くのは、このLEDパネルがトイレに設置されているということ。それも、空港内のトイレという、いわば“公衆トイレ”にである。その佇まいは、一般的に想像する公衆トイレとは大きく異なる。例えるなら、まるでデジタルアート作品を展示する美術館の一角のようだ。
このトイレの名称は「GALLERY TOTO」。「国内外から訪れる多くのお客様に日本のトイレ文化・技術力を世界に発信していく」というコンセプトのもと、きれいで快適なトイレ空間を体感してもらうために、TOTOが設置した。
デザインは「代官山T-SITE」や「SHISEIDO THE GINZA」などを手掛けた建築事務所「クライン ダイサム アーキテクツ」のアストリッド・クライン氏とマーク・ダイサム氏。なぜ、このような斬新なトイレが生まれるに至ったのか? TOTO株式会社 文化推進部の橋田光明氏を加えた三名に、「GALLERY TOTO」の意義や日本のトイレ文化について話をうかがった。
取材・文:林田考司 写真:岩本良介
“外国人が日本を訪れる最前線で新しいトイレをつくれる機会をいただけたのは、非常にありがたいことでした。
HIP編集部(以下HIP):「GALLERY TOTO」が成田国際空港に誕生したのは2015年4月。TOTOの最新機器を導入した体感型トイレとして注目を集めました。どういった経緯でこのような空間が生まれたのでしょうか。
橋田光明氏(以下橋田):最初は成田国際空港さまからオファーを頂きました。担当の方とお話をしたところ、「日本のトイレ文化や技術を世界に発信したい」という熱い想いをお持ちでした。
HIP:成田国際空港から「トイレ文化や技術を発信したい」という提案があったことは興味深いです。
橋田:外国人に日本の文化を知って貰うために有効な手段だと思っていただけたのでしょう。私たちには「TOTOであれば日本のトイレ文化や技術を世界に発信することができる」という自負もありますので、「そういうことならば是非」と、タッグを組ませていただきました。
HIP:TOTOはグローバル展開も積極的に行っていますね。
橋田:当社のヒット商品「ウォシュレット(※)」は、1980年の発売以降、国内の売れ行きは非常に好調です。海外でも売れてはいるのですが、国内ほどの普及率ではありません。空港という、外国人が日本を訪れる最前線で新しいトイレをつくれる機会をいただけたのは非常にありがたいことでした。
“過去にやったことがないものを手掛けたほうが面白いに決まっています。(クライン)
HIP:「これまでにない新しいトイレ」を考えるとき、トイレそのものはもちろん、空間設計も重要になりますね。そこで、「GALLERY TOTO」の設計を担当したのが「クライン ダイサム アーキテクツ(以下KDa)」のアストリッド・クライン氏とマーク・ダイサム氏。今回はコンペ方式ではなく、TOTOがお二人をご指名なさったとお聞きしました。
マーク・ダイサム氏(以下:ダイサム):お話をいただいたのは、2013年の秋頃だったと思います。
橋田:TOTOには『TOTOギャラリー・間』という文化施設があるのですが、お二人はそこで過去に素晴らしい展覧会を開いてくださったことがあり、面識がありました。「GALLERY TOTO」の話が動きはじめたときから、お願いするのはお二人しかいないと考えていたんです。
アストリッド・クライン氏(以下クライン):橋田さんは実際に、私たちの他の建築作品にも足を運んでくれましたね。
橋田:そうですね、特に星野リゾートが運営する「リゾナーレ八ヶ岳」内にあるリーフチャペルに感銘を受けました。
ダイサム:「リーフチャペル」は二枚の葉をイメージした形状で、一枚はガラス、一枚はスチールでつくられています。チャペルを覆うスチールの葉には約4,700個の穴が空いており、その穴を通り抜けた光が無数のパターンを演出します。
橋田:建築作品の素晴らしさは、やはり実物を見なければわかりませんからね。こういった仕掛けができる建築家にこそ、私たちは「GALLERY TOTO」を手掛けてほしいと思いました。この作品を見た瞬間から、他の建築家のことは考えられなかった。「リーフチャペル」をそのままトイレにできないかとさえ考えました(笑)。
HIP:KDaは、それまでトイレの設計を手掛けたことはありましたか?
ダイサム:建物のなかでフロアのどこにトイレを設置するかを考えたことはあったけど、トイレ自体を設計するのは初めてでしたね。
クライン:だからこそ、やってみたいと感じました。私たちは常に挑戦を続けたい。同じことを繰り返すより、過去にやったことがないものを手掛けたほうが面白いに決まっています。
“日本を訪れた海外のお客様が決して忘れられないトイレをつくりたい。(橋田)
ダイサム:それに、橋田さんの覚悟も凄かった。彼は最初のブリーフィングで「日本を訪れた海外のお客様が決して忘れられないトイレをつくりたい」と言ったんです。その言葉を聞いて、私たちはギャラリーのような見せ方を提案しました。すると橋田さんは「だったら、トイレは1つだけでもいいです」と続けた。
橋田:それくらい自由な発想でやってほしいという気持ちでした。当初、成田国際空港さんは小便器が10個近く、大便器ブースも10か所程度のトイレを望んでいたのですが、それでは普通のトイレになってしまいます。KDaさんには自由にデザインをしていただきたかったのです。
クライン:トイレで日本の文化や技術を体感してもらい、思い出として残すためには何があればいいのか。そう考えたとき、ブース自体がギャラリーのような空間で、便器が彫刻のように佇んでいるイメージが湧きました。閉鎖的で暗くて、必要に迫られて行く場所であるトイレを、「わざわざ行きたくなる場所」に変えたいと考えました。
橋田:そのアイデアを聞いて「GALLERY TOTO」は完成したも同然だと感じました。