起業もスポーツと同じ。プレイヤーの人数が「強さ」に直結する
最後のセッションのテーマは、「日本から、世界に通用するスタートアップを誕生させるには」。登壇者は、内閣府の石井芳明氏と、日本・イスラエルに拠点を置きルワンダにも活動を広げるサムライインキュベートの代表取締役、榊原健太郎氏だ。
内閣府の石井氏は、科学技術・イノベーション担当企画官として、スタートアップの応援とオープンイノベーションの推進に取り組む。榊原氏が代表取締役を務めるサムライインキュベートは、国内外のスタートアップ150社以上に投資やインキュベーション支援を行うほか、大企業に対しても、オープンイノベーションなど新規事業創出の支援を行っている。
児玉:そもそもスタートアップは何に困っていて、どういった支援を必要としているのでしょうか。
石井芳明氏(以下、石井):まずは資金調達ですね。起ち上げ時、そして世界で戦うにあたってのスケールアップの資金が足りない。また、経営陣の人材不足に困っている企業もあります。そしてもっとも根本的な問題が「信用力」の不足です。国民の7割はスタートアップに興味がなく、むしろ起業はリスクが高いと捉えています。
資金、人材、信用力の不足。これらを解決するための取り組みの一つが、経済産業省で行っている「J-start up」。有識者が選んだ「世界で戦えるスタートアップ」を、官民で集中支援するものです。
つづいて児玉氏が「なぜ日本のスタートアップは、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)になれないのか」と問いかけた。石井氏は二つの理由をあげる。一つは、「ある程度、国内にマーケットがあるから、そもそもグローバルを狙う起業家が少ないこと」。もう一つは、「起業家の数自体が少ないこと」。それを人気スポーツにたとえる。
石井:ぼくが子どもの頃は、人気スポーツといえば野球。しかしJリーグ発足後、三浦知良や中田英寿といったスター選手が生まれ、サッカーに人気が集まった。結果、才能ある選手が増え、かつては夢のまた夢だったワールドカップにまで出場できるようになりました。結局、数が質につながる。スタートアップもこれと同じです。
榊原健太郎氏(以下、榊原):大リーグでも、野茂英雄がロールモデルとなったことで、いまでは多くの選手が活躍していますよね。スタートアップにも、海外で成功するロールモデルが必要だと思います。
イスラエルでは「一日=一生」。「近々ミーティングを」といえば、翌日には開催
さらに話は、「グローバルで成功できる経営者に必要な資質」という話題に移る。
榊原:私自身は、世界を変えるために起業して活動を続けています。こういった志を持てるかどうかは大きなポイントではないでしょうか。戦後、日本は世界銀行などから融資を受け、高速道路や発電所、新幹線などを整備し高度成長期を迎えました。このとき融資をしてくれた世界へ、そしていまの日本をつくった先人への恩義を返しながら、生まれてきた子どもたちにこの国を引き継ぐべきです。
過去を知り、未来を見据えることができている経営者は、いま自分が価値を生み出さなければいけない理由を明確に理解している。そういう経営者にはパワーを感じます。
これを聞いた石井氏は、内閣府が主催する「日本オープンイノベーション大賞」で、大企業の若手有志のコミュニティー「ONE JAPAN」が経団連会長賞を受賞したことに触れた。
石井:経団連はエスタブリッシュメントだと思うかもしれませんが、彼らも若き日はチャレンジャーでした。だからこそ、ONE JAPANのような団体に夢を持つ。実際、「最近は上司に内緒で机の下でプロジェクトを進める若手が少ない」と残念がっている経営者も少なくありません。
経営者の話題はさらに広がる。児玉氏から「海外と日本の経営者、起業家の違い」を尋ねられた榊原氏は、日本とは大きく異なる環境に身を置く、イスラエルの起業家の考え方を語った。
榊原:イスラエルでは、起業家も毎日17時に家に帰ります。いつミサイルが飛んでくるかわからない状況ですから、一日を一生と考えて、家族との時間を大事にする。そのあとに、家でまた仕事に戻るんですよ。ミーティング一つ取っても、「近々会いましょう」といえば、その日か翌日にセッティングされる。日本だと、「じゃあ来週」とかになりがちですよね。
社内の起業家にインセンティブを。日本の大企業に必要なものとは
セッションは後半。せっかく内閣府の石井氏が登壇しているということで、「民間視点で国にお願いしたいことはあるか?」と児玉氏が榊原氏に話を振った。
榊原氏は「大臣の半分を民間人にしてほしい。そうしたら日本は大きく変わると思う」と即答。じつは、イスラエルのネタニヤフ首相は、かつては民間のコンサル会社に勤務していたという。石井氏は「大臣は……どうだろう」と苦笑いしながらも、「ただ、省庁の幹部は民間経験者がやるべきだと思います」と答えた。
反対に、「国がインキュベーターやVCに対して期待すること」を問われた石井氏は、「TECH(テック)系ベンチャーを応援してほしい。世界に通用するスタートアップを生み出すには、日本の技術を伸ばす必要がある」と述べた。
セッションの最後は、児玉氏から二人へ向けた「大企業に求めることは?」の質問で締めくくられた。
榊原:日本の大企業は、社内で起業した人へのインセンティブがない。子会社の社長になっても、億万長者にはなれないわけです。投資を行うCVCの担当者も同じ。このバランスを考えた、思い切った人事制度、評価制度をつくってほしいと思います。
石井:最近は、新規事業に理解がある経営層も増えています。若手も新しいことをやらなければと思っている。そうなったとき、中間層の役割は重要です。間をつなぐ彼らが理解し、応援してくれる必要があると思います。
リラックスしたムードのなか、本音の議論が交わされた『HIP Fireside Chat 2019』。共通して語られたのは、トップの本気度、若手のチャレンジ心、そして中間管理職の理解と協力なくしては、大企業で新規事業は生まれないということだ。
失敗や志の重要性も印象的だった。「世のため、誰かのためと思って失敗を恐れずに頑張れば、周りが自然と助けてくれる。そして、その熱が徐々に全体に広がり、イノベーションにつながっていく」という渡瀬氏の言葉に、頷く参加者も多くみられた。
当日会場に集まったビジネスパーソンの多くは、激動の時代に生きる企業人として、何かしらの危機感を持っていることだろう。直接、新規事業に関わったり起業家になったりしなくても、誰かが何かを新しく始める手助けはできるはず。そういった仲間たちの後押しがあってこそ、企業内部からのイノベーションが生まれるはずだ。