2017年、2018年に続き、今年で三度目の開催となった『HIP Fireside Chat』。「Fireside Chat」とは、直訳すると「暖炉脇の会話」。海外のビジネスコミュニティーではよく行われる、カジュアルな形式のトークイベントで、登壇者同士の本音の会話を参加者も近い距離で楽しめる。
今年は『変化を起こすプレイヤーになる条件』をテーマとし、新橋と虎ノ門をつなぐ新虎通りに誕生したばかりのスペース「THE CORE」で開催。産官学で活躍する6名のプレイヤーたちを登壇者に迎え、3つのテーマに沿ったトークセッションが行われた。モデレーターは、アンカースター代表取締役でキックスターターのカントリーマネージャーも務める、HIPアドバイザー児玉太郎氏。
「世界と日本」「大企業とスタートアップ」「経営層と中間層と若手」のキーワードのもと、イノベーション創出のために必要なものについて、存分に語り合った。
取材・文:笹林司 写真:朝山啓司
「わからないときは正直に言え」。文化と言語のギャップを飛び越える方法とは
最初のセッションのテーマは、「グローバル化の進む時代、日本のビジネスパーソンに足りないもの」。登壇者は、起業家教育で全米を代表するバブソン大学にて、准教授を務める山川恭弘氏、そしてベンチャーキャピタルWiLで日本企業の変革の支援を行う小松原威氏だ。
トークセッションは児玉氏の「海外ってどう?」というストレートな質問から始まった。まず答えたのは、前職でSAP ジャパンに勤めていた小松原氏。SAPはドイツに本社を置き、世界130か国で事業を展開するグローバル企業で、統合基幹業務システム(ERP)の大手だ。小松原氏は自ら手を上げてシリコンバレーのラボで3年間働いたという。
小松原威氏(以下、小松原):それまではほとんど海外経験がなかったのですが、シリコンバレーで感じたのは「みんなほとんど日本のことを知らない」。周囲の人から「どんな国なの?」と興味津々に聞かれました。一応、世界三位の経済大国なのに……結構、ショックでした。
では、存在感がある国はどこか。小松原氏は「圧倒的に多いのは、インド人。次が中国人」と語る。このコメントに児玉氏が、「インド人は聞き取りにくい英語を話す人もいますよね」と感想を述べる。このように、話題が自由に展開することこそ、Fireside Chatの面白さだ。
児玉太郎氏(以下、児玉):でも、そういうとき一番良くないのは、わからないのに「YES」と言うことだと思います。「YES」と言えば、「いまのスピードで話しても理解できるんだ」と思われる。わからないときはわからないとはっきりと伝えるべきです。
山川恭弘氏(以下、山川):私の授業にも、10か国を超える国から生徒が集まっています。発言を聞き取りにくいときは、一旦授業を止めて、丁寧に尋ねる。わからないままだと、価値観をシェアできなくなります。そのために私が大事にしているのは、完璧でない英語で話しても大丈夫、恥ずかしくないというコミュニティーをつくることですね。
小松原:私は、文化が異なる人とのコミュニケーションの際、話した内容を絵で表現するやり方も使えると思っています。たとえば日本人同士で「家」といえばある程度同じような像が頭に浮かびますよね。しかし、文化が変わるとそうはいかない。絵にすれば、そういった齟齬がなくなります。
「空気を読む」文化がNG。日本のイノベーションを阻害する最大の要因
児玉氏も「日本には阿吽の呼吸があり、空気が読める人が多い」と同意する。一方で、「逆をいえば、日本では空気が読めないとコミュニケーションが取れない。これは海外では異質。日本人はそのことに気づいてないのでは」と問いかけた。
山川:空気を読むことには一長一短があると思います。やるべきことが決まった状況なら、空気を読んだほうが実行はラク。一方、何か新しいアイデアを出そうというときはダメです。「出る杭は打たれる」という諺もありますが、これこそ日本でイノベーションが生まれにくい最大の要因の一つだと思います。アメリカではむしろ「出ない杭は埋もれる」。自分の意見をアピールすることが求められる。
小松原:日本企業は、属人的な暗黙知が支配していますよね。そしてその暗黙知は公に共有されないため、入社以降時間をかけて盗むしかない。終身雇用や年功序列の体制にも原因があります。
しかしシリコンバレーをはじめとして、世界では人の出入りが激しい。属人的な要素に頼っていてはやっていけません。そこで重要になるのが「型」。その代表的なものが、イノベーションを生むための方法論「デザイン思考」でしょう。型を共通言語としてコミュニケーションが取れれば、文化や言語の壁も乗り越えられます。
「失敗」を讃えよ。チャレンジしないことこそ恥と思うべき
山川教授の専門である起業家教育とはまさに、デザイン思考などに代表される「方法論」を教えること。と思いきや、バブソン大学で教えているのはもっとシンプルなことだという。それは「行動すること、失敗すること、人を巻き込むこと」。
山川:海外で評価されないのは、チャレンジをしない人。失敗してもチャレンジをした人は讃えられます。しかし、日本の文化は真逆。ビジネスマンはみんな優秀なだけに、失敗しないようブレーキを踏んでしまいます。これが、海外と日本の差を生んでいるのではないでしょうか。
一方、ドイツの会社で働いていた小松原氏は、「ドイツでも失敗は許されない」と語る。
小松原:ドイツは日本以上に100点を目指す文化です。しかし、失敗が許されない環境では、やはりチャレンジも鈍る。だからドイツでは、「Experiment(実験)」という言葉に置き換えています。
山川:実験には失敗も成功もないですからね。「Pivot(方向転換)」という表現もよく使われますね。
児玉:とはいえ、失敗の文化が根づいていない日本で「失敗してもいい」と思えるようになるのはなかなか大変そうです。何から取り組めばいいのでしょうか?
小松原:私の場合は、「イベントに参加した際には必ず手を挙げる」というマイルールをつくりました。日本語でも英語でも、どんなイベントでも必ず質問したり意見を言ったりしようと。恥ずかしい思いもしましたが、徐々に度胸がつきましたね。
山川:日本企業で失敗が許容されるようになるには、まずは人事評価など、制度を変えるべきだと思います。失敗を評価する指標をつくろうとしている企業もでてきているので、期待しています。
もしかしたら、日本人が失敗を嫌がる最大の要因は、「恥ずかしい」という気持ちにあるのかもしれません。でも、失敗があってこそ学びがある。成功ばかりでは、なぜ成功しているのかわからない。胸を張って失敗してほしいと思います。