シリコンバレーでは、新しいアイデアを「見つける」だけでなく「持ち帰れるか」がカギ。
『Fireside Chat 2018』は後半戦に突入。続いてはシリコンバレーと日本に拠点を置くベンチャーキャピタル、株式会社WiLでCo-Founder & General Partnerを務める松本真尚氏と、ANA株式会社 CS&プロダクト・サービス室 商品戦略部担当部長の大隅雄策氏によるセッション。
ANAでイノベーションを起こすべく、WiLのシリコンバレーオフィスに出向した経験のある大隅氏。大隅氏の働くさまから、松本氏はANAについて「ベンチャースピリットのある会社」と評する。
松本:まずは私たち二人がどういう関係にあるのかをお伝えしたほうが良さそうですね。私が共同創業したWiLは、主に日米のベンチャー企業への投資・育成を行うほか、大企業との連携による新規事業の開発支援やイノベーション促進のための研修などを手がけています。その一環で、私たちのシリコンバレーオフィスに、日本の大企業から担当者の出向を受け入れているのですが、そこにANAから大隅さんがいらっしゃったのが最初の出会いですね。
大隅:そうですね。新しいビジネスのタネを探すために、ANAの出向第一号社員として、シリコンバレーに派遣されたんです。どんなマインドセットをANAに注入すれば、自分たちが変わっていけるのか。イノベーションを起こすことができるのか。会社からは「面白いもの見つけたら帰っておいで」といわれていましたね(笑)。
松本:そこがANAさんのすごいところですよね。ほかの企業さんだと、明確なミッションを持って派遣されることが多いのですが、ANAさんはなにもやることが決まっていない状態で、担当の方がシリコンバレーにいらっしゃるんですよ。
ANAさんからは、これまで3名の方がいらしてくださっているのですが、最初の会話は決まって「明日からなにしましょうか?」なんです。ベンチャースピリットを忘れていないというか、大企業になってもこの姿勢を貫かれていることが凄いなと思いますね。そんなアバウトにオーダーをする会社が飛行機を時刻表どおりに運行しているのも凄いですが(笑)。
大隅:飛行機は、ちゃんと時刻どおりに飛んでいるので大丈夫です(笑)。
松本:冗談はさておき、会場のみなさんは「コンピテンシートラップ」という言葉をご存知ですか? これは継続的な「知の探索」をおろそかにすることで生じる経営の停滞を表す言葉です。イノベーティブな組織であり続けるためには、知識を深めていく「知の深化」と同時に、新しい「知」を得ようと継続的に探索していくことが必要なんですね。ANAさんを見ていると、まさにそれを体現しているなと。
大隅:そうですね。ぼくの役割はまさに「知の探索」でした。シリコンバレーで、新しい事業のタネや、現地の方との関係をつくり、いかに日本に持ち帰れるかが大きなミッションだったと思います。
「見つける」だけでなく、「持ち帰れるか」が重要で、野球のピッチャーとキャッチャーの関係のように、シリコンバレーで見つけて投げた「新しい知」を日本のメンバーにキャッチしてもらうことが必要なんです。当時は80個ほどのボール(提案)を投げてみたのですが、最初はなかなか誰もボールを受け取ってくれないのが悩みで……。
松本:私も、大企業のイノベーション支援を事業の一つとしているので、同じような事例をいくつも見てきましたが、多くの場合、キャッチする側の体制が整っていないんです。キャッチャー側は役員や社内メンバーとのリレーションが大事で、ピッチャーから提案を受け取った後、それを実行するまでを一つのシステムとして整えていかなければいけません。
トークの終盤「イノベーティブな企業であるために必要なマインドセットとはなにか?」という松本氏の問いかけに、大隅氏はこう答えた。
大隅:「YOLO」の精神で挑むということですね。これは「You Only Live Once」という言葉の頭文字を取ったもの。つまり「人生は一度きり」ということです。スティーブ・ジョブズのような生き方を想像してもらえればわかりやすいかもしれません。人生を一度きりと考え、後悔のないように取り組む。シリコンバレーの起業家に会うと、みんなこうした意識で事業に向かっていることがわかります。そんな場所に身を置くことが大事なのではないでしょうか。
成功のパターンを見つけるのは難しいが、失敗をノウハウとして再定義すれば、成功確率が上がる。
最後のセッションに登場したのは、ボストンにあるバブソンカレッジ准教授、山川恭弘氏とA.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明氏。山川氏は世界中にネットワーキングされたイノベーションコミュニティー「ベンチャーカフェ」のカントリーマネージャーを担当。梅澤氏は大企業クライアントに、長期ビジョンの策定、イノベーション支援を行っている。山川氏の専門分野である「起業における失敗」からトークは始まった。
山川:私は、バブソンカレッジで「失敗学」を研究しています。「失敗」というのは起業には欠かせない要素で、新しいことに挑戦すると必ず失敗をするんですね。なので、どこまでを失敗と定義するのか、許容範囲のラインはどこかを考えることが、非常に重要になります。
また、失敗した人のその後の行動データを観測すると、面白いことがわかるんです。それは失敗を他人のせいにする人よりも、自分のせいとして捉える人のほうが、再チャレンジしたときの成功率が高いということです。
梅澤:常に反省をしろってことですよね。ぼくもコンサルタントとして、クライアントのさまざまな事例に日々向き合っています。成功のパターンを見つけるのは難しいですが、失敗をノウハウとして再定義することによって、成功の確率は高まると思います。
山川:そもそも新規事業において、最初に出てきたアイデアが正しいかというと、ほとんどの場合そうではないんですね。ユニコーンと呼ばれる成功企業を見ていても、必ずどこかで事業をピボット(転換)させている。失敗を受け入れて戦略を立て直しているんですね。
たとえば、Airbnbはもともとシリアルのパッケージ・デザイン関係のベンチャーだったのですが、ベンチャーキャピタル・アクセラレーターたちに「アイデアはイケてないけど、君たちはイケているから」というフィードバックをきっかけにピボットすることになり、軌道修正の道のりを経て、いまの宿泊事業にたどり着いているわけです。失敗が早くわかれば次のステップにつながるので、アメリカでは失敗を貴重な経験として捉える文化が根づいているんです。
梅澤:日本企業だと、失敗したら2度目のチャンスがないんじゃないかという空気はまだまだあります。でも大事なのは「打率」ではなく「安打数」や「得点数」。そして安打数を増やすためには、とにかく打席に多く立たなければならない。三振しても良いから一打席でも多くバッターボックスに入ってバットを振ることが大事なのです。それが日本の企業では、なかなかできていないというのが現状です。
失敗するのは、何か行動を起こした者のみ。行動こそがまず、何よりも重要だという考え方がアメリカの起業家では一般的だと山川氏は語る。
山川:私は起業家教育の際に「Action Trumps Everything」と繰り返し伝えています。「アクションこそがなによりも勝る。だからなにかやってみよう」という意味の言葉です。ただ、これには続きがあって、何でもかんでもやればいいということではなく、やった行動を省みるということが大事なんです。
バブソンカレッジには、1年生全員でチームを組んで、お金を出して、組織を立ち上げる授業があるんです。1年のカリキュラムのなかで事業を立ち上げて、経営し、フィナンシャルステートメントを作成して、会社をたたむまでを実践する一気通貫のカリキュラムです。ポイントは会社をたたむ経験ができるということ、ビジネスを通した対人関係をリアルに学べるということです。そうした経験を通じて自身の経営を振り返り、起業を学んでいくんです。
梅澤:アクションを起こし、振り返って学び、次のアクションを修正する。これは、起業に限らずビジネス全般の真理ですよね。私もクライアントの大企業の方にどんなに苦労してでもいっぱいトライしたほうがいいと伝えています。企業のなかで新規事業に取り組めるのがどれだけ幸せなことか。
命が取られることも、生活が危ぶまれることもなく、名刺を持って行けば多くの企業が会ってくれる。そうやって駆け回っていくうちに面白いネットワークができあがっていきます。そうした経験はいま在籍している企業では活きないかもしれないけど、次の場所にチャレンジをするときに必ず役に立つはずですよね。
終始リラックスした雰囲気のなかで行われた『Fireside Chat 2018』は、山川氏、梅澤氏のセッションをもって幕を閉じた。どんなアイデアやポテンシャルがあっても行動をしなければ、ビジネスはかたちにならない。だからこそ、その一歩を踏み出す勇気と、マインドセットこそが大事なのだというのが、8名の登壇者が共通して語っていたことだ。
印象的だったのが、仲間やメンターの重要性を語る言葉が多かったことだ。失敗を恐れずにチャレンジをする人を、誰かが見守っていてくれる。踏み出した一歩を、誰かが支えてくれる。
変化することをいとわないリーダーたちにとって、そうした仲間の存在や、支えてくれるコミュニティーが、第一歩を踏み出す後押しとなるのではないだろうか。