緊急ドローンの飛来、急な計画変更、故障の発生など、あらゆる状況を想定したうえで、対処方法を具体化しなければいけません。
HIP:JAXAでは、ドローンの安全性に対してどのような研究・技術開発を行っているのでしょうか。
原田:いくつかの安全技術の開発を行っていますが、いま最も力を入れているのは目視外飛行を実現するための概念「UTM(Unmanned Aircraft Systems Traffic & Radio Management=無人航空機運航管理システム)」の研究開発です。
現在の飛行ルールは、操縦者またはその補助者が目視によって機体及びその周囲を監視して安全を確保することを基本としています。しかしそれでは物流のように長距離、広範囲の飛行を行う用途には実用化できません。目視に代わって安全を確保する方法が強く求められています。
そこで期待されているのが、UTMという概念です。これは、航空交通管理 / 管制の対象になっていない150m以下の空域で多数のドローンの飛行を可能とするための新たな交通体系であり、そのための交通管理 / 管制システムを「運航管理システム」と呼んでいます。私たちは、このUTMの構築を目指して2つの取り組みをしています。
1つ目は、UTMのステークホルダーが集まる産学官コンソーシアムでの活動です。2014年に、UTMの必要性を認識した研究機関と企業が東京大学の鈴木真二教授のもとに集まって勉強会を立ち上げました。2016年には、この勉強会のメンバーを中心に日本無人機運行管理コンソーシアム(JUTM)を設立し、無人機の安全な運航と社会実装の推進に向けた活動をしています。
HIP:JUTMはどれくらいの規模感なのですか?
原田:現在は、われわれ幹事メンバー12団体を含め、約180の企業、大学、研究機関、関係省庁等が参加しています。民間企業もいろいろな業界の方が参加されているので、活発な議論から新しいアイデアの手がかりが生まれているという印象がありますね。
HIP:UTMの実現には、空域や電波の管理、それ以外にもさまざまな課題が挙げられそうですね。
原田:安全な運航を実現するために、どんな情報を収集し、利用するか。またはどうやって電波の運用調整や空域管理を行うかなど、さまざまな課題があり、議論を進めています。多くの企業、大学、研究機関等に集まっていただき、これまでに二度大規模な実証実験を行いました。
HIP:UTM構築のための2つ目の取り組みは何でしょうか?
原田:もうひとつは、運航管理システムの開発プロジェクトです。JAXAでは2016年度よりUTMの基礎的な研究に着手しましたが、2017度からは経済産業省 / NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による「ロボット・ドローンが活躍する省エネルギー社会の実現プロジェクト」に参加し、運航管理システムの実用化、事業化を目指す企業とともに、その開発を行っています。
JAXAはここでほかの研究機関と一緒に、システムの全体設計を担当しています。これは運航管理の方法を定め、それを実現するシステムのアーキテクチャを設計する、という作業です。また。その検証・評価を行うためのツールとして、シミュレーターを開発しています。
HIP:目視外でたくさんのドローンが同時に運用できるようにするためには、あらゆる事態に対処できる、かなり複雑なルールや運行管理システムが必要になるわけですね。
原田:ほかのドローンや航空機との衝突を避けるために、飛行計画や位置情報を共有して安全な間隔を維持する必要があります。また、低い高度を利用するので地形や建造物の衝突対策も重要です。悪天候も避けなければならない。緊急ドローンの飛来、急な計画変更、故障の発生など、あらゆる状況を想定したうえで、対処方法を具体化しなければいけません。
HIP:無人機同士の衝突・墜落などの事故以外のリスクについてはどのように考えていますか?
原田:空港や国の重要な施設などに影響を及ぼすことは、回避しなければならない問題ですね。また、悪用によるセキュリティーやプライバシー侵害への対策も重要なテーマです。
いま、物流ドローンの先に、人を運ぶドローンの世界が見えてきました。
HIP:新しい産業においてゼロから仕組みをつくるという仕事は、壮大かつ難易度が高そうな印象を受けます。仕事を進めるうえでのポイントはありますか?
原田:運用、利用形態や、技術も急速に発展している世界なので、先に「こうあるべき」という最終形を固めてからシステムを設計するというやり方は現実的ではないと思っています。
ドローンそのものの安全性や信頼性も発展途上です。基準を定めて認証する仕組みも必要ですが、これも整備の途上にあります。そんな状況も踏まえて、まずは墜落しても人に危害を及ぼさない無人地帯など、リスクの低い条件に限定した運用を可能にして、データや実績を積み上げながら進めていく計画です。そしてそれによってドローンや運航管理の仕組みを改善しながら、段階的に運用範囲を広げてゆく、という取組みが必要になると思っています。
原田:それからスピードも重要です。政府は、2018年には山間部等での荷物配送を可能にし「2020年頃以降には都市部での目視外飛行を実現、ドローンの利活用を本格化させる」という目標を設定しています。とても厳しいスケジュールですが、JUTMやNEDOプロジェクトのメンバーで協力して実現させたいと思っています。
HIP:UTMの開発・整備という点で、日本と欧米を比較するとどのような状況にあるのですか?
原田:アメリカではNASAが先導し、AmazonやGoogleなども研究開発を行っていますが、制度をともなって社会実装されるのは2020年頃からだと思います。欧州でも昨年から本格的な研究開発が始まりました。2019年以降に段階的に実用化していく計画のようです。
HIP:2020年まで、あと2年。ここからが正念場になりそうですね。
原田:そうですね。ただ、「UTM / 運航管理システム」はこの数年間で完成するものではありません。ドローンの利活用や技術の発展に応じて、その仕組みも変わる必要があると思っています。たとえば、ドローンの運用は多くの分野で自動化の方向に進むと思いますが、「UTM / 運航管理システム」は当初より自動化が基本なので、両者の境目が変わってくるかもしれません。
運航管理システムがドローンを直接コントロールかもしれないし、ドローン側が自ら周囲の状況を認識して自律的に飛行するようになるかもしれない。中長期的には、個々のドローンを含めた大きなシステムとして、その発展を支える研究開発が必要になると考えています。
いま、物流ドローンの先に、人を運ぶドローンの世界が見えてきました。ドローンによる新しい都市交通(Urban Air Mobility、On-demand Aviation)が実現するかもしれません。